ありったけ
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せっかく友達になった行商はあっけないほどあっさり帰った。
泊っていけばいいと誘ったけど、故郷に用事があるらしい。
でも、その用事が終わったら遊びに来ますと言ってくれた。
森の奥に消えていく行商をオスと一緒に見送って、
散らばった残りの物を片付ける。
「リーフは良い奴じゃな」
「そうだね。優しい子だった」
「…。…そうじゃな…」
行商は確かに優しかった。
自分なんかよりもずっと落ち着いてて、小柄で可愛らしい。
このオスもああいうメスの方が好きなんだろうか。
心なしかオスも良く笑っていた気がする。
それを思うと胸が痛い。
「…こんなもんじゃな」
「最初より綺麗になったね」
散らばったついでに掃除もして、玄関がかなり綺麗になった。
これでいつまた行商が来ても大丈夫だ。
次はもっと仲良くなれるだろうか。
オスとも仲良くなってしまうだろうか。
それを考えると不安で堪らない。
このままじゃダメだ。
「…主。ちょっと付き合って欲しい場所があるのじゃ」
「もちろんいいよ。このまますぐ出掛ける?」
「いや、外じゃないのじゃ」
オスの手を引いて階段を上がる。
オスは不思議そうな顔をしながらも大人しくついてくる。
薄暗い寝室の目立たない場所に、実は隠し扉がある。
そこを開けると更に上に続く階段があって、
この森を一望できる展望台に繋がっている。
「…わぁ…。…ねぇドーラ…空が近いよ…」
「気持ちよいじゃろ?」
此処なら森を一望どころか、森の先の平原まで見える。
本当はこの場所にオスを案内する気はなかった。
お気に入りの場所だったけど、秘密にするために一生来ないつもりだった。
「此処は景色が綺麗だね。
湖も見えるし、もっと早く教えてくれてもよかったのに」
「…主には、ずっと内緒にしておきたかったのじゃ…」
「…どうして?
…ドーラだけの、とっておきの場所だった?」
「…もう、耐えられないのじゃ…」
ふとした瞬間、泣き崩れてしまいそうだ。
此処に来れば森が見渡せてしまう。
だからオスが何かを思い出すかもと不安だった。
行商が去っただけでこれだけ寂しいなら、
このオスが去ったらどれだけ寂しいのかと怖くなった。
それに、このオスが他のメスに盗られるかもと、
そんな心配が増えてもう限界だ。
「耐えられない?僕はどうすればいい?」
「…しばらく森で暮らしてみてどうじゃった?」
「えっと、すごく楽しかったよ?」
「…でも、出来る事はほとんどしてしまったのじゃ…。
…後はこんな毎日がずっと続くだけ…。
…退屈じゃろ…?」
「そんなことないよ。
まだまだ、僕はドーラと一緒に…」
「…それに、リーフの方が、主に似てたのじゃ…。
…主じゃって似てるメスの方が好きじゃろ…?」
「似てるかはわからないけど…僕はドーラが…」
もしそれが本当でも、他に気になるメスに出会うかもしれない。
これ以上の不安を溜めこむ事ができない。
だから、思いの丈をありったけの大声で叫ぶことにした。
「主はー!わしが拾ったからわしの物じゃー!
だから勝手に、逃げちゃダメなのじゃー!」
「…ドーラ…」
「主はわしの物なのじゃー!
誰にも、リーフにも渡さないのじゃー!!」
森全体に響き渡るほどの大声で叫ぶと少しだけすっきりした。
本当に行商にも聞こえてたらいいな。
「僕、勝手に逃げないよ?
ずっと此処に居るって約束した」
「その約束じゃ、まだ足りなかったのじゃ…。
主の記憶が戻って、もし、わしの事が怖くて逃げ出したくなっても…。
…無理やり力づくで…居座らせてもよい…?」
こんな一方的な約束、受けるわけがない。
わかってるけど、言わずにはいられない。
怒らずに聞いてくれて、優しい言葉で曖昧に慰めてくれればいい。
怖がらないから大丈夫とか、そんな言葉が欲しかった。
「いいよ。僕はドーラの物でいい」
「…よいのじゃ…?」
「それでドーラが安心できるならそれでいい。
ずっと傍に居るよ、ドーラ」
その言葉が聞こえた瞬間、思い切り抱き着いた。
我慢できず、オスの許可も取らずに唇を奪う。
ずっとずっと、直接味わってみたかった。
これでこのオスは、自分の物だ。
…。




