二つの条件
彼が何もかも忘れている事は理解した。
会話をして、人柄が良いのもわかった。
だけど、同じ女性として龍人には注意をしておく。
「主さんが良い人なのはわかりました。
でも、素性のわからない男性を家にあげちゃダメですよ?
ドラゴンを襲う人なんていないと思いますけど、寝てる時、襲われちゃったり…」
「…わ、わかってるのじゃ…」
念の為の忠告のつもりだった。
なのに、龍人には多少の動揺が見られた。
もしかして既に心当たりでもあるのだろうか。
ドラゴンを襲って無事な種族がいるなんて想像もつかないし、
まして彼がそんな事をするなんて思えない。
まだ地面に横たわってる彼をもう一度よく観察する。
今の会話を聞いて彼に後ろめたさは感じない。
やっぱりそういう事をする人にも見えないから、気のせいだろう。
「…主さんって、なんの種族なんですかね?」
「リーフもわからないじゃ?」
「…うーん…。こんなに特徴がない種族は見た事が…」
強いて言えば私と同じ森人に近いなと思った。
でも森人にも多少の特徴があってそのどれも見当たらない。
森人の一番の特徴は長くて先が尖っている耳。
それに加えてある一定の髪色しか生まれない。
緑か金色、または二色が混ざった混合色。
まぁ、それも他種族と子供を授かるとその限りじゃない。
だから結局、特定には至れない。
それでも可能性があるならと一応彼を試してみる。
「ねぇ主さん。---、-----?」
「え?ごめん、なんて言ったの?」
「わからなかったですか?
ですから…、---、-----?」
「…ごめん、もう一回いい…?」
「聞き取れなくていいんです。
今のは森人の言葉なので、普通はわからないはずなんです」
という事は、おそらく森人じゃない。
なら完全にお手上げなので考えるだけ無駄だと判断した。
さて、これからどうしよう。
彼も無事だから、私はそろそろ邪魔になるかな?
部屋の片づけは大雑把にだけどほとんど終わっている。
帰るには良い頃合いかもしれない。
それを言い出すタイミングを伺っていると、彼のお腹が大きく鳴った。
「…そういえば、とっくに朝食が済んでる時間じゃな…。
用意してくるから、もう少し寝てるのじゃ」
「僕も手伝うよ」
「今日はダメじゃ!
リーフ、主が動かないように見張ってて欲しいのじゃ」
「えっ、…まぁいいですけど…」
立ち上がった龍人の背中を二人で見送った。
うっすら感じていたが、龍人はかなり過保護な性格をしてる。
だからいきなり攻撃してきたのかもしれない。
彼を傷つける者は問答無用で排除するし、
逆に彼を助ける為なら誰の言う事でも聞き入れる。
それが今の今まで敵だと思っていた相手でもそうなんだろう。
見方によってはただ純粋なだけ。
今日、私はかなり恐ろしい目に合った。
でも知れば知るほど、龍人の性格が好きになる。
そんなことを考えてると再び彼のお腹が鳴った。
そういえばまだお礼を伝えてない。
横になってる彼に向き直り、頭を下げた。
「あの時、庇ってくれて助かりました」
「あはは、すごい勢いだったね。
ドーラがああして走るのは初めて見たよ」
「…もう、呑気な人ですね…」
思わずそんな言葉が口から零れた。
こんな目に遭ったのに龍人に対して恐怖が無い。
それに、行商人に対しても態度が普通と違う。
普通なら恩を着せるような事を言うか、対価を求める。
でも、彼はそんなこと言わなかった。
「何処か、痛む箇所とかないですか?」
「…えーっとね…そんなに痛むところはないかな?」
意識を失っている間に軽く見たが、本人に聞くのが一番だ。
無理が無い程度に身体を動かしてもらい、痛みが本当にないか確認してもらう。
「多分大丈夫そうですね。
…何か、私に出来る事ありますか?」
「うん?」
「助けて貰った、お礼にです」
「気にしなくていいよ。
最初は僕も緊張しちゃって、上手く話せなかったから。
…怪しかったよね?」
「…でも、私も落ち着いて対応できてたらもっと違ったと思うんです。
それに、本当に感謝してるから何かお礼がしたいんです…」
「…そう?…そうだね…」
行商人がお礼と口にしたなら、大半はお金を要求するだろう。
場合によっては食べ物や物資、少ない可能性を考えれば私の身体。
でも、彼が口にしたのはどれとも違った。
「…ドーラを、許してあげて欲しいんだ」
「それが主さんの願いなら、ちゃんと言葉にしますね。
私はドーラさんに襲われた事を許します」
私にも落ち度があるし、彼に助けて貰った。
だから私の中では既に水に流した気になっていた。
本音を言えば許すも何もない。
でも、それが彼の望みなら、そう言う事にしておこう。
「ありがとう、リーフ」
そういって安心したように笑う彼の顔は印象的だった。
しばらくして食事の準備が整った。
龍人と協力して彼をテーブルに連れていく。
そこには三人分のスープとパンが並んでいた。
「あれ?まだ誰か居るんです?」
「一応、リーフの分のつもりだったんじゃけど…。
…もしかして、いらないじゃ?」
「いいんですか?それじゃ、ありがたく…」
まさか龍人の手料理をご馳走になるなんて思わなかった。
龍人は彼と並んで座るだろうから、反対側を選んで座る。
目の前のアツアツのスープと香ばしいパンに喉が鳴る。
「それじゃ、いただきますじゃ」
「いただきます」
「…いただきます」
二人が行儀よく挨拶したので私もそれに倣う。
龍人の作ったスープにはこの周辺の森でしか採れない木の実がたっぷり入っている。
ずっと、この木の実が食べてみたかった。
龍人の縄張りを荒らさないように一生懸命見て見ぬふりをしてきた。
それをついに食べる事ができる。
これだけで今日の苦労が報われた気分だ
行商中は乾燥させたパンなど保存食ばかりだ。
仮にこの木の実がなくても、温かい食事はそれだけでもありがたい。
死を感じた後の食事は私を落ち着かせるのに十分効果的だった。
食事が終わるとすぐに龍人が片付けに向かった。
手伝うと言ってみたけど、待ってて欲しいと言われたので従った。
でも、さっき食べた木の実は美味しかったな。
ちょっとだけでもいいから、摘んでいいか聞いてみようかな。
なんて、心に余裕ができたのかそんなことを検討しながら待つ。
やがて、洗い物を終えた龍人がバツの悪そうな顔で私に向かってきた
「どうしました?」
「…もう、色々持って来てくれないじゃ…?」
「なんでそう思ったんですか?」
「…約束を破ったらそうなるって…気を付けろって…。
…昔、魔女が言ってたのをさっき思い出したのじゃ…」
魔女という名前は両親から聞いて知っている。
此処は元々、父親がその魔女と契約して行商に来ていた場所。
それを私が無理を言って代わってもらった。
確か、かなり前に亡くなったとも聞いている。
「鱗なら今まで以上にもっともっと持ってっていいのじゃ!
足りなければ、今すぐ身体から剥ぐから…。
…わしが嫌いなら、主の分だけでもよいから…じゃから…」
龍人は泣きそうになりながら、必死に言葉を探している。
隣の彼は初耳だとばかりに驚いて、龍人に詰め寄り説得し始める。
「鱗を剥ぐなんてそんな事しちゃダメだよ!」
「…主は黙ってるのじゃ…必要なのじゃ…」
「でも!」
龍人と彼が話している間によく考えてみる。
確かに怖い目にあった。
本気で死を感じたのも初めてだ。
これを理由に契約を破棄して二度と来ないことも出来る。
または二倍、三倍の鱗も要求できるだろう。
龍人や彼と話して感じた事も含めて、色々加味して、答えが決まった。
「二人とも落ち着いてください。
私が言う条件を二つ吞んでくれたら、また来ます」
「…なんじゃ?なんでも言って欲しいのじゃ」
「ドーラさん。自分を犠牲にするのはやめてください。
痛い思いをして剥いだ鱗で買ったパンを、彼が食べると思うんですか?」
「…。」
「誰も幸せになりません。自分を大切にしてください。ね?」
「…わかったのじゃ…」
そう説得をすると素直に受け入れてくれた。
その時、龍人より彼の方がホッとしている様子だった。
彼は声には出さなかったけど、
視線を此方に向けて、口の動きだけでありがとうと伝えてきた。
「…二つ目の条件はなんじゃ…?」
「私と、友達になってくれますか?」
最初、龍人は何を言ってるのかわからないという表情だった。
でも言葉の意味を徐々に理解して、最後には笑って頷いてくれた。
「あ、それと友達として言いますけど、
何があっても暴力で解決しようとしちゃダメですよ?」
「わ、わかってるのじゃ…」
「まずは落ち着いて会話をする事!
それも約束できますね?」
「…わかったのじゃ…
…リーフはちょっと魔女みたいじゃ…」
「それじゃ、今後とも宜しくお願いしますね」
此方から手を差し出し、固い握手を龍人と交わした。
ずっとこの爪が恐ろしかったのに、今はそう感じない。
これで心強い味方ができた。
もっと仲良くなればこの森も探索できるかもしれない。
終わってみればすべてが良い感じに落ち着いた。
後、ついでに彼とも握手をしておいた。
…。




