怒りの理由
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初めて見た龍人は怒りに満ちていて、これは死んだなって思った。
一体、どこで何を間違えたんだろう。
普段通り、鱗と物資を交換しに来ただけなのに、一体どうして。
いや、簡単に諦めたくない。
もしかしたら、話が通じる相手なのかもしれない。
だから勇気を出して、話しかけてみるべきだ。
「…あ、あのっ…!」
でも、ダメだった。
声を掛けた瞬間、私に向かって走り出してしまった。
そもそも会ったのも初めてだし、言葉が通じるのかもわからないや。
本格的に死を意識した脳が走馬灯を見せてくる。
家族や故郷の思い出が一瞬にして鮮明に蘇る。
他にも初めてした取引に失敗した商談、
色々な事が次々に頭に浮かび、すぐ消えていった。
現実では視線も逸らせず、龍人を見つめている。
初めて見た龍人は恐ろしく、それでも美しい。
今からあの鋭い爪で私を攻撃するのかな。
痛いのは、嫌だな…。
「…誰か、助けてよ…」
誰にも頼らないように生きてきたつもり。
一人で、ずっと頑張ってきた。
そんな私には、最後に縋る相手の名前も思い浮かばなかった。
もうダメだ。
潔く全てを諦めた。
全てを諦めるとようやく目を閉じる事ができた。
これで襲われる瞬間を見ずに済む。
両目を固く閉じ、これからくるであろう衝撃に身構える。
次の瞬間、私の後ろの方で凄まじい轟音がした。
その直後、龍人と思わしき悲痛な叫び声が聞こえた。
「…主っ…!」
その声にすぐさま後ろを振り返った。
あらゆるものが散乱し、その中に私の荷物も巻き込まれている。
その中心で、龍人があの男の人を抱き抱えて揺すっていた。
「…主…!どうして…目を開けるのじゃ!
…血が!血が出てるのじゃ…!!」
見れば頭から流血しているようだ。
そこでやっと、彼が私を庇ってくれた事に気が付いた。
よく思い返せば目を閉じる瞬間に、確かに彼が動いた気がする。
…彼が、なぜか私を助けてくれたんだ。
「…主っ!主っ!」
龍人の声に我に返った。
龍人は気が動転しているのか、血を止める様子がない。
やみくもに意識を戻そうと揺すっているだけだ。
あれは危険な行為だ。
頭に衝撃を受けた場合、揺らすのは絶対に避けるべきだ。
でも、私はせっかく助かった。
もう一度、私に矛先が向かう前に逃げた方が良い。
荷物を諦めて今すぐ外に飛び出せば高確率で生き残れる。
どちらにせよ、悠長に考えている時間はない。
一度だけ深呼吸をして、覚悟を決める為に自分の頬を叩く。
「動かさないでください!」
「…っ!」
立ち上がり、龍人に向かって出来るだけ大声で叫んだ。
龍人は私の存在を忘れていたのか、身体がビクっと震えた。
驚いた表情で此方を見る龍人からは大粒の涙が零れる。
そんな表情の龍人でも、対峙すると身体が震えそうになる。
でも、彼を助けたい。
此処が正念場だろと、自身に気合を入れる。
「頭をぶつけたなら揺らすのは危ないです。
とにかく動かさないように安静にして、それにまずは血を止めないと」
「…あ、ああ…」
「綺麗なタオルと水を用意できますか?」
「…ま、任せるのじゃ!」
龍人は彼をそっと地面に置いた。
それからすぐに立ち上がり、飛ぶような速さで走っていく。
想像以上の素直さに少しだけ面食らう。
きっと龍人にとって大事な人なのだろう。
とりあえず、その辺を考えるのは後回し。
まずは彼の傷の確認をしなくてはいけない。
幸い、出血元の額の傷は思ったよりも浅かった。
打撲というより、ぶつかった拍子に何かで少し切った感じ。
これなら衝撃は少なかったかもと、そんな期待が持てる。
まだ意識はないけど、呼吸も落ち着いてる。
顔色もそこまで悪くない。
しかし、彼に助けて貰えるとは思わなかった。
怪しいからと威圧的な態度を取ってしまったから、私の印象は悪いはず。
それでも、彼は命の危険を犯してまで私を助けてくれた。
「…どうして、助けてくれたんですか…?」
「…。」
当然、彼は何も答えない。
それから戻ってきた龍人と彼の治療をした。
傷口を洗い、タオルをそっと押し当てる。
それを龍人に任せ、私は他に怪我がないかを慎重に調べる。
幸い、頭に小さなこぶがあるくらいで済んでいた。
龍人は何も発言する事はなく、悲痛な表情で彼を撫でている。
こうして見ると、私を襲ってきた龍人とは思えない。
「…ちょっとだけ、荷物片づけますね…」
「…。」
返事はなかったけど、小さく頷いてくれたように見えた。
そっと立ち去る事もできるだろうけど、もう少し彼の様子がみたい。
とりあえず、自分の荷物から片付けよう。
荷物も着替えとかタオルだけで、商品が無かったのはよかった。
もし、彼がこれにぶつかってくれてたらいいな。
衝撃を少しでも和らげてくれていたらと考えれば、少し気が楽になる。
「…あれ…ドーラ…僕は、どうなったんだっけ…」
「気が付いたのじゃ!?…よかった、本当に…」
「…どうしたの…?…泣かないでドーラ…」
しばらくして、彼の意識が戻ってくれた。
彼は状況がわからないみたいだけど、泣いている龍人を慰めている。
あまり二人の会話を盗み聞くのも悪いと思い、
なるべく気にしないように、黙々と片づけをした。
一通り終わった後、声を枯らした龍人が私に話しかけてきた。
「…行商…主を助けてくれてありがとうじゃ…」
「いえ、私にも原因があると思いますから…」
元はと言えば二人の関係を見抜けなかった私の落ち度だ。
大事な彼を無理やり連れ出すように見えたなら、怒って当然だと理解も出来る。
でも、龍人にお礼を言われるとは思っていなかった。
龍人はただ恐ろしい存在だと決めつけていた。
今回の事は、色々と反省することが多そうだ。
出会ってしまったからにはお互いを少しは知るべきだろう。
彼も無事だったことだし、とりあえず自分の紹介から始めた。
「私は森人のエメラ・リフレイン。
エメラでもいいですし、知り合いからはリーフと呼ばれてます。
お二人はドーラさんと主さんでいいんですよね?」
「…それでよいのじゃ…。
…リーフ…襲い掛かってすまなかったのじゃ…」
「…主さんに助けて貰いましたから、水に流します。
でも、一応理由だけ聞いても?」
「…えっとじゃな…」
理由はわからないけど、彼は家から出ない約束をしてる。
それを私が無理やり連れ出そうとしたのが見えて、頭に血が上った。
簡単に言えばそんな感じだった。
「…ごめん、僕がちゃんと説明できなかったからだね…」
「でも実際、なんで何も教えてくれなかったんですか?」
「僕、何も覚えてないんだ」
「…はい?」
「名前もドーラに付けて貰ったし、何もかも助けて貰ってる」
「…本当ですか?」
もう少し詳しく教えて欲しいと頼んだ。
彼は目覚めてから今日までの事を"楽しそうに"話してくれた。
龍人も懐かしむようにそれを聞いて、時々微笑んでる。
普通なら信じられない話だけどあまりに自然だ。
私は相手が嘘をついているかどうか、判断できる。
行商をしていて自然に身に付いたスキルだ。
100%とは言えないが、それなりに自信もある。
だからおそらく、彼は嘘を一つも言っていない。
「…本当に何一つ覚えてないんです?」
「残念だけどね…。
そのせいでドーラに迷惑を掛けちゃうんだけど…」
「全然、迷惑なんて感じてないのじゃ!
…そんな事、主は気にしなくてよいのじゃ」
噂なんて当てにならないなと、二人のやり取りを聞いてて思った。
確かに龍人は襲われ、恐ろしい思いをした。
でもそれは彼を守るための行動だった。
「…私、ドラゴンがずっと怖いものだと思い込んでて…
…ドーラさんは優しい人なのに…ごめんなさい…」
先入観に踊らされていた自分に反省し、頭を下げて謝罪した。
自分で見た事もないのに決めつけるなんて、最低だ。
「…頭を上げて欲しいのじゃ…。
…主を助けてくれて、心から感謝しているのじゃ…」
「…そう言ってくれると、助かります…」
死を感じたのは初めてだし、助けて貰ったのも初めてだ。
色々あったけど、お互いの事をよく知れた。
彼が何者なのかは、もっと詳しく聞かないとわからないけど、
とりあえず、龍人には多少好感を持った。
…。




