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怒りの理由

♢



初めて見た龍人は怒りに満ちていて、これは死んだなって思った。

一体、どこで何を間違えたんだろう。

普段通り、鱗と物資を交換しに来ただけなのに、一体どうして。


いや、簡単に諦めたくない。

もしかしたら、話が通じる相手なのかもしれない。

だから勇気を出して、話しかけてみるべきだ。



「…あ、あのっ…!」



でも、ダメだった。

声を掛けた瞬間、私に向かって走り出してしまった。

そもそも会ったのも初めてだし、言葉が通じるのかもわからないや。


本格的に死を意識した脳が走馬灯を見せてくる。

家族や故郷の思い出が一瞬にして鮮明に蘇る。

他にも初めてした取引に失敗した商談、

色々な事が次々に頭に浮かび、すぐ消えていった。


現実では視線も逸らせず、龍人を見つめている。

初めて見た龍人は恐ろしく、それでも美しい。

今からあの鋭い爪で私を攻撃するのかな。

痛いのは、嫌だな…。



「…誰か、助けてよ…」



誰にも頼らないように生きてきたつもり。

一人で、ずっと頑張ってきた。

そんな私には、最後に縋る相手の名前も思い浮かばなかった。


もうダメだ。

潔く全てを諦めた。

全てを諦めるとようやく目を閉じる事ができた。

これで襲われる瞬間を見ずに済む。


両目を固く閉じ、これからくるであろう衝撃に身構える。

次の瞬間、私の後ろの方で凄まじい轟音がした。

その直後、龍人と思わしき悲痛な叫び声が聞こえた。



「…主っ…!」



その声にすぐさま後ろを振り返った。

あらゆるものが散乱し、その中に私の荷物も巻き込まれている。

その中心で、龍人があの男の人を抱き抱えて揺すっていた。



「…主…!どうして…目を開けるのじゃ!

 …血が!血が出てるのじゃ…!!」



見れば頭から流血しているようだ。

そこでやっと、彼が私を庇ってくれた事に気が付いた。

よく思い返せば目を閉じる瞬間に、確かに彼が動いた気がする。

…彼が、なぜか私を助けてくれたんだ。



「…主っ!主っ!」



龍人の声に我に返った。

龍人は気が動転しているのか、血を止める様子がない。

やみくもに意識を戻そうと揺すっているだけだ。


あれは危険な行為だ。

頭に衝撃を受けた場合、揺らすのは絶対に避けるべきだ。

でも、私はせっかく助かった。

もう一度、私に矛先が向かう前に逃げた方が良い。

荷物を諦めて今すぐ外に飛び出せば高確率で生き残れる。


どちらにせよ、悠長に考えている時間はない。

一度だけ深呼吸をして、覚悟を決める為に自分の頬を叩く。



「動かさないでください!」

「…っ!」



立ち上がり、龍人に向かって出来るだけ大声で叫んだ。

龍人は私の存在を忘れていたのか、身体がビクっと震えた。

驚いた表情で此方を見る龍人からは大粒の涙が零れる。


そんな表情の龍人でも、対峙すると身体が震えそうになる。

でも、彼を助けたい。

此処が正念場だろと、自身に気合を入れる。



「頭をぶつけたなら揺らすのは危ないです。

 とにかく動かさないように安静にして、それにまずは血を止めないと」

「…あ、ああ…」

「綺麗なタオルと水を用意できますか?」

「…ま、任せるのじゃ!」



龍人は彼をそっと地面に置いた。

それからすぐに立ち上がり、飛ぶような速さで走っていく。


想像以上の素直さに少しだけ面食らう。

きっと龍人にとって大事な人なのだろう。

とりあえず、その辺を考えるのは後回し。

まずは彼の傷の確認をしなくてはいけない。


幸い、出血元の額の傷は思ったよりも浅かった。

打撲というより、ぶつかった拍子に何かで少し切った感じ。

これなら衝撃は少なかったかもと、そんな期待が持てる。


まだ意識はないけど、呼吸も落ち着いてる。

顔色もそこまで悪くない。


しかし、彼に助けて貰えるとは思わなかった。

怪しいからと威圧的な態度を取ってしまったから、私の印象は悪いはず。

それでも、彼は命の危険を犯してまで私を助けてくれた。



「…どうして、助けてくれたんですか…?」

「…。」



当然、彼は何も答えない。

それから戻ってきた龍人と彼の治療をした。

傷口を洗い、タオルをそっと押し当てる。

それを龍人に任せ、私は他に怪我がないかを慎重に調べる。


幸い、頭に小さなこぶがあるくらいで済んでいた。

龍人は何も発言する事はなく、悲痛な表情で彼を撫でている。

こうして見ると、私を襲ってきた龍人とは思えない。



「…ちょっとだけ、荷物片づけますね…」

「…。」



返事はなかったけど、小さく頷いてくれたように見えた。

そっと立ち去る事もできるだろうけど、もう少し彼の様子がみたい。

とりあえず、自分の荷物から片付けよう。


荷物も着替えとかタオルだけで、商品が無かったのはよかった。

もし、彼がこれにぶつかってくれてたらいいな。

衝撃を少しでも和らげてくれていたらと考えれば、少し気が楽になる。



「…あれ…ドーラ…僕は、どうなったんだっけ…」

「気が付いたのじゃ!?…よかった、本当に…」

「…どうしたの…?…泣かないでドーラ…」



しばらくして、彼の意識が戻ってくれた。

彼は状況がわからないみたいだけど、泣いている龍人を慰めている。

あまり二人の会話を盗み聞くのも悪いと思い、

なるべく気にしないように、黙々と片づけをした。


一通り終わった後、声を枯らした龍人が私に話しかけてきた。



「…行商…主を助けてくれてありがとうじゃ…」

「いえ、私にも原因があると思いますから…」



元はと言えば二人の関係を見抜けなかった私の落ち度だ。

大事な彼を無理やり連れ出すように見えたなら、怒って当然だと理解も出来る。


でも、龍人にお礼を言われるとは思っていなかった。

龍人はただ恐ろしい存在だと決めつけていた。

今回の事は、色々と反省することが多そうだ。


出会ってしまったからにはお互いを少しは知るべきだろう。

彼も無事だったことだし、とりあえず自分の紹介から始めた。



「私は森人のエメラ・リフレイン。

 エメラでもいいですし、知り合いからはリーフと呼ばれてます。

 お二人はドーラさんと主さんでいいんですよね?」

「…それでよいのじゃ…。

 …リーフ…襲い掛かってすまなかったのじゃ…」

「…主さんに助けて貰いましたから、水に流します。

 でも、一応理由だけ聞いても?」

「…えっとじゃな…」



理由はわからないけど、彼は家から出ない約束をしてる。

それを私が無理やり連れ出そうとしたのが見えて、頭に血が上った。

簡単に言えばそんな感じだった。



「…ごめん、僕がちゃんと説明できなかったからだね…」

「でも実際、なんで何も教えてくれなかったんですか?」

「僕、何も覚えてないんだ」

「…はい?」

「名前もドーラに付けて貰ったし、何もかも助けて貰ってる」

「…本当ですか?」



もう少し詳しく教えて欲しいと頼んだ。

彼は目覚めてから今日までの事を"楽しそうに"話してくれた。

龍人も懐かしむようにそれを聞いて、時々微笑んでる。


普通なら信じられない話だけどあまりに自然だ。

私は相手が嘘をついているかどうか、判断できる。

行商をしていて自然に身に付いたスキルだ。

100%とは言えないが、それなりに自信もある。

だからおそらく、彼は嘘を一つも言っていない。



「…本当に何一つ覚えてないんです?」

「残念だけどね…。

 そのせいでドーラに迷惑を掛けちゃうんだけど…」

「全然、迷惑なんて感じてないのじゃ!

 …そんな事、主は気にしなくてよいのじゃ」



噂なんて当てにならないなと、二人のやり取りを聞いてて思った。

確かに龍人は襲われ、恐ろしい思いをした。

でもそれは彼を守るための行動だった。



「…私、ドラゴンがずっと怖いものだと思い込んでて…

 …ドーラさんは優しい人なのに…ごめんなさい…」



先入観に踊らされていた自分に反省し、頭を下げて謝罪した。

自分で見た事もないのに決めつけるなんて、最低だ。



「…頭を上げて欲しいのじゃ…。

 …主を助けてくれて、心から感謝しているのじゃ…」

「…そう言ってくれると、助かります…」



死を感じたのは初めてだし、助けて貰ったのも初めてだ。

色々あったけど、お互いの事をよく知れた。

彼が何者なのかは、もっと詳しく聞かないとわからないけど、

とりあえず、龍人には多少好感を持った。


…。

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