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行商人

鱗を窓辺に飾り、何事もなく平穏に日々が流れた。

最近は夜鳥の羽ばたく音にも慣れて、その音で目覚めない朝も増えた。


そう思っていたある日、夜鳥とは別の聞きなれない音が聞こえてくる。

木と木がぶつかるような、甲高い音。

それが何度も何度も一定の間隔でずっと鳴り続けている。

ドーラを見れば変化はなく、眠ったまま。


という事はドーラにとって聞き慣れた音なんだろうと判断した。

穏やかに眠るドーラを起こして確認することもない。

僕ももう一度眠ろう。


そう思ったけど、音が徐々に近づいて大きくなってきた。

流石に近づいてくるのがわかると気になって眠れない。

もしかして窓から覗けば正体がわかるかも。

そっとドーラの腕から抜け出そうとすると、すぐにドーラは目を覚ました。



「…主…トイレじゃ…?」

「ごめん、起こしちゃったね。

 この音が気になって窓から外を見ようとしたんだ」

「…音…?…ああ、行商人が来たんじゃな…」

「行商人?」



ドーラはやはり音の正体を知っていた。

この音は行商人が来た合図。

森で採れない色んな物資を持ってきてくれるそうだ。

基本的にはパン粉や芋、塩といった食料品。

時々鍋や日用品が傷んでくると勝手に交換もしてくれる。



「そっか、あの粉は森で採った事ないもんね。

 気が付かなかった」

「…くふふ…わしも説明するのを忘れてたのじゃ…。

 …それと、主には悪いんじゃけど…、

 …ちょっと、食事が遅れるのじゃ…」

「大丈夫だよ。でもどうして?」

「…行商人がいる間、わしは姿を見せないようにしてるのじゃ…」



理由は魔女が行商人と交わした契約。

行商人が怯えないようにお互いに姿を見せることなく取引を終える約束。

行商人は必要な物資を持ってくるし、

ドーラは抜けた鱗を用意しておくそうだ。



「…玄関に…抜けた鱗を置いておく場所があるのじゃ…」

「鱗で交換してるんだ。

 やっぱり綺麗だから皆が欲しがるんだね」

「…そうなんじゃろうか…?

 …用途は知らないのじゃ…会ったことないから…」



気が付けば外からの音は聞こえなくなった。

代わりになんとなく一階で気配を感じる。

でもドーラは気にした様子がなく、ただ眠そうだ。

下に降りれないなら、やっぱり僕ももう一度眠ってしまおう。



「教えてくれてありがとう。

 なら、もう少し一緒に眠ろうよ」

「…うむ…それがよい…」



寝直すために体勢を整える。

布団はまだ温かく、よく眠れそうだ。

後は目を閉じるだけになったところで、ある心配事が浮かんできた。



「…ねぇ、行商の人は僕の鱗は持っていかないよね?」

「…んん…?…あ~…もしかしたら…持ってくかもじゃな…」

「…心配だな…。

 あれは僕のだよって、言った方がいいかな」



あれは僕の宝物。

誰にも奪われるわけにはいかない。

あまりに心配で眠る気分ではなくなる。



「…主になら…何枚でもあげるのじゃ…。

 …新しいのじゃダメじゃ…?」

「ドーラの気持ちはすごく嬉しいよ。

 でも、初めてもらったあの鱗がいい。

 僕の一番の宝物なんだ」



ドーラと一緒に窓辺に飾り、何日も眺めて愛着もすごい。

同じドーラの鱗を貰えるのだとしても、どうしてもあれがいい。

しかし、ドーラが一階に降りられないなら諦めるしかない。

本当に残念な気持ちで溢れかえる。


そんな僕の気持ちが伝わったのか、

ドーラが僕をベッドから押し出そうとしてくれた。



「…なら、伝えてきた方がよい…」

「…いいの?」

「…わしは行けないから…

 …主一人で、大丈夫じゃ…?」

「…任せてドーラ。

 僕は絶対、あの鱗を守ってくるから」

「…くふふ…少し、大げさじゃないかの…?

 …なんだか、鱗が羨ましく思うのじゃ…」



ベッドから離れる時、ドーラが寂しそうに僕に手を伸ばした。

その手を強く握り返す。



「少しだけ待っててね。

 約束はちゃんと覚えてる。大樹からは出ないから」

「…ん…」



ドーラは僕の言葉に小さく返事をした。

ゆっくり指を一本ずつ離して、ついに僕と離れる。



「…いって、らっしゃいじゃ…」

「うん、いってくるね」



小さく手を振るドーラが愛しくて、

もう一度近づいて、頭を撫でてから布団を掛け直した。


鱗を守るという使命を胸に寝室を後にする。

階段を降りる前、一階を覗いてみた。

玄関に大きな荷物が見えるから、やっぱり行商人が居るようだ。


でもその肝心の人影は見当たらない。

此処からでは窓辺に飾った鱗も見えない。

とりあえず、様子を伺いながら階段を降りる。


一歩踏み出した途端に心細くなった。

ドーラと離れた事もあるだろうけど、知らない人に会う事に少し不安を感じる。

何度か深呼吸を繰り返しながら、ついに一階に辿り着く。


居た。

予想通りと言うべきか、窓辺の鱗の前にその子は立っていた。

触っている様子はない。

ただじっと鱗を見つめている。


僕に気付いた様子もない。

最後に目を閉じて、もう一度深呼吸をしてから声を掛けた。



「それ、僕のなんだ」

「ひゃぁ!」



余程驚いたのか、その子は大きく叫び声をあげた。

そしてすごい勢いで振り返り、僕を見つける。

目を大きく見開いた後、何度も瞬きをした。


驚いたその表情がだんだんと怪訝な物に変わっていく。

その子は今、僕を警戒しているのだとわかる。


…。

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