奇妙な音の正体
鱗を飾ってから平穏な日々が続いた
最近は夜鳥の羽ばたく音にも慣れて
目が覚めない日も増えてきた
だけど、今日は聞きなれない音で目覚めた
カンッ、カンッ、と木で木を叩くような甲高い音
それが等間隔でずっと聞こえてくる
ドーラは眠り続けたままだ
という事は
ドーラにとっては日常的な音なんだろう
なら不必要に起こす事はない
もう一度眠ろうと目を閉じたけど
徐々に近づいてくる音がやっぱり気になった
既に大樹にかなり近い
もしかして窓から覗けば正体がわかるかもしれない
しかし、今日もドーラが乗っているので動けない
少々迷ったけど
そっとドーラを身体から降ろすことにした
「…主…トイレじゃ…?」
起こさないように気を付けたが無理だった
起こしてしまったことを謝りつつ、
この謎の音について質問した
音は行商人が来た時の合図だった
森で採れないパン粉やイモなど
そう言った必需品を定期的に運んでくれる
因みにその代価はドーラの鱗らしい
「…言ってなかったんじゃけど…
…玄関近くに抜けた鱗を置いておく場所があるのじゃ…」
「ドーラの鱗は綺麗だもんね」
「…くふふ…じゃろ…?
…それとすまないんじゃけど、食事が遅くなるのじゃ…」
その理由はドーラにあった
僕以外からは本当に恐れられる存在だから
行商人がいる間、一階に降りない約束をしているそうだ
その約束をしたのは魔女という話だけど
あまり共感できず、とても寂しい約束だと思った
ドーラは説明しながら僕に再びよじ登った
いつの間にか甲高い音はしなくなって
その代わりに一階で物音がするような
何かをしてる気配がする
「…昨日、主の鼓動を聞いてたら
…寝るのが遅くなって眠いのじゃ…」
「ならもう少し眠って待とうか」
頭を撫でるのも慣れてきた
撫でるとドーラは目を閉じて
すぐに眠ってしまいそうだった
なら僕も眠ろうと思ったけど
先程の会話の一部分が心に引っかかる
会話を思い返しているとハッとした
さっき代金は鱗だと言ったけど
果たして窓際に飾った僕の鱗は無事だろうか
「…ねぇ、ちょっと気になったんだけど…
…僕の鱗を持っていったりするかな…?」
「…あ~…どうじゃろうな…
…もしかしたら、ありえるかもしれんのじゃ…」
「どうしよう
一言、それは僕のだよって言ってこようかな…」
「…主になら新しく何枚でも優先してあげるんじゃけど…
…それじゃ、ダメじゃ…?」
「ドーラの気持ちはすごく嬉しい
…でも、最初に貰ったあの鱗がいいんだ」
あの鱗は特別だ
服も靴も魔女の物を借りているだけだから
初めて僕の物になった、僕だけの宝物
だからどうしても、あの鱗がいい
理由を聞いたドーラはゆっくりと僕から降りた
そして意外にも背中を押してくれた
「…そんなに言うなら…
…行ってきてよいのじゃ…」
「いいの?」
「…わしは行くわけにはいかないから…
…主一人で行くしかないのじゃ…」
ドーラは決して僕を一人にしなかった
それなのに今は行っていいと言ってくれた
信じてくれたみたいで、それが本当に嬉しい
「待っててねドーラ
あの鱗は、僕が必ず守るから」
「…くふふ…大げさじゃな…
…なんだか…鱗が羨ましいのじゃ…」
意気込んでベッドから降りた
少し寂し気に見えるドーラを
慰めるように何度も何度も撫でる
「…大丈夫だからね
大樹から出ない約束はちゃんと覚えてるよ」
それを聞いたドーラは満足そうに頷いた
寝室を後にし、一人で階段を降りる
途中で一階の様子を伺うと
玄関に見慣れない荷物があるだけで
肝心の行商の姿は確認できなかった
先ほどは鱗を守る使命感で頭がいっぱいだったけど
一人になると心細く、
知らない誰かに近づくのは緊張するものだとわかった
しかし今更引けない
深呼吸を何度か繰り返し
いよいよ一階に辿り着いた
案の定というべきか
行商は窓際に飾った僕の鱗の前に居た
慎重な性格なのか手を触れている様子はない
ただ思い切り顔を近づけて
静かに鱗を眺めているだけだった
「それ、僕のなんだ」
「ひゃぁ!」
声を掛けると叫びながら飛び上がってしまった
それから僕を見つけ、目を丸くしている
その表情がだんだんと険しく
警戒しているものに変わった
…。




