束縛
オスと一緒に夜の湖で過ごした日から、数日が経ったある日。
自分がトイレから戻ると、オスが玄関に向かって歩いていた。
それを見た瞬間、血の気が引いて思わず叫ぶ。
「…逃げちゃダメじゃ!!」
ついにこの日が来てしまったんだと思った。
叫びながらオスの元に走り、勢いそのまま、背中にギュッと抱き着いた。
オスは今、怖がっているだろうか。
なんて言えば、説得できるだろうか。
どう引き留めようか混乱していると、オスがそっと手に触れた。
「…僕は逃げないよ。
…なんとなく、此処からでも星が見えるのかなって、思っただけなんだ…」
「…ほ、星…?
…な、なんじゃ…星じゃったか…」
また勘違いをしてしまった。
慌てて笑ったから、誤魔化せたはず。
オスに見えないように背中を向けて、零れそうだった涙を拭う。
今のは本当に怖かった。
いつか本当に逃げ出そうとしたら、その時、どうすればいいんだろう。
オスはずっと此処に居てくれるって言った。
でも、記憶が戻らない限り、絶対じゃない。
これはオスが悪いわけじゃないし、今のオスの気持ちも嬉しい。
でも、怖いものは怖い。
どうしても恐怖が振り払えない。
絆が出来れば出来る程、恐怖が大きくなっていく。
今日は抱き着いて眠るだけじゃ、全然足りない。
「…今日、主に乗って眠りたいんじゃけど…」
「乗る?いいよ。どうすればいい?」
図々しいとは思いつつ、そう告げる。
思った通り、オスは笑いながら許してくれた。
いつものように手を繋ぎ、寝室へと急ぐ。
窓際のベッドに先に寝ころんでもらう。
心臓の音も聞きたいから、
頭の位置を調整しながら、ゆっくり身体を重ねた。
「…重たいじゃ?」
「ううん、平気だよ」
その言葉に安心して、力を抜いて体重を預ける。
オスの鼓動が、少しずつ早くなっていく。
その音を聞いていると、やっと心が癒されていった。
「…さっき、驚かせてごめんね…?」
ふと、オスが謝りながら頭を撫でてくれた。
オスが謝る必要はない。
本当はオスだって、自由に星を見に外に出たっていい。
行動を縛るつもりなんて、これっぽっちもない
でも、そんな思いとは裏腹な言葉が、口から勝手に出ていた。
「…次からは、一緒がよい…」
「わかった。
一人で外には絶対に出ないって、約束する。
だから、安心してくれる?」
「…。…絶対じゃ…約束じゃ…」
躊躇ったのは一瞬だけ。
束縛する気なんてなかったのに、結局頷いてしまった。
いつからだろう。
オスより、自分を優先するようになったのは。
湖で勘違いした時は、一応オスを見送ろうとした。
泣いてしまったけど、別れる覚悟をしたはずだ。
だけど、今はもう無理。
今更帰ると言われても、認められるはずがない。
だから、どうかこの我儘を許して欲しい。
記憶が戻っても、一緒に居てくれるって言ってくれたらいいのに。
それがきっと一番安心できる。
でも、記憶が戻って怖がられるくらいなら、
今のまま、不安を抱えたままの方がずっとずっといい。
せめて、あと少し記憶が戻らないままで居てくれたなら、
自分は無害なんだと、ドラゴンでも怖くないんだと、
そういう思い出を沢山作れたら、逃げないで居てくれるかもしれない。
その考えに、縋りつく。
「…今日は何か、思い出せそうじゃった…?」
「全然。まだ何も思い出せない」
「よいのじゃ。ゆっくりでよい…」
「うん、ありがとう…」
ずっと思い出さないでいい。
そんな言葉は、言えるはずもない。
今記憶が戻ったら、オスは逃げ出さないで居てくれるだろうか。
それとも、思い出が足りないだろうか。
そんなことを考えながら、オスの胸で眠りについた。
…。




