恐ろしい事
湖で星を見てから数日が経過した
その間に川に仕掛けた魚を捕ったり
その場で数匹焼いて食べる事もした
僕もなんとなくだけど
森での暮らしに慣れてきた感じがする
ただ、最近一つだけ気になる事がある
ドーラは決して僕を一人にしない
それが嫌なわけではなく
時折見せる不安げな表情を
どうにかしたいと思っていた
ある夜、ドーラがトイレに席を立つ
食事も終わり、後は歯を磨いて眠るだけだ
待っている間、ふと玄関から外に出て
星を少しだけ見ようと思った
「…逃げちゃダメじゃ!!」
戻ってきたドーラが叫び、
一目散に走って抱き着いてきた
背中に抱き着く彼女はひどく脅えているみたいだった
「…ドーラ、僕は逃げないよ
すぐそこから星が見えるかなって」
「…星…?
…な、なんじゃ…それだけじゃったか…」
ドーラは誤魔化すように笑うけど
その目に少しだけ涙が滲んでいるのが見えてしまった
…。
血の気が引いた
玄関に向かうオスを見た時、
心臓が止まるかと思うくらい驚いた
今日は勘違いだったけど、
いつか、本当に起こる危険性はまだある
最近は毎日一緒に眠っている
こうして捕まえていないと不安で眠れない
オスは自分と一緒に居たいと言ってくれた
でも、記憶が戻ったらどうなるかわからない
そうやって信じきれない自分が嫌だった
でも、どうしても怖い
「…今日は、主に乗って眠りたいんじゃけど…」
つい我儘を言ってしまった
でも怖い思いをしたから
今日は抱き着いて眠るだけじゃ物足りない
オスは優しく許可してくれた
オスに身体を重ね、慎重に体重を掛けていく
それから胸に耳を当てると
少し早目の鼓動がよく聞こえて
やっと安心することができた
「…重たいじゃ?」
「…平気だよ…」
普段より口数が少ない気がする
それに小声だ
想像したより苦しいのだろうか
それか、これはあまり考えたくないが
顔が近いとやっぱり怖いのだろうか
「…や、やっぱり…」
やっぱり降りると言いかけた
でも言い終わる前に
オスは頭を撫でてくれた
身体のこわばりが解けていった
魔女より撫でるのが上手いのはずるい
「やっぱり、なんて言おうとしたの?」
「…なんでもないのじゃ」
「そっか
…さっきは驚かせてごめんね…」
オスは悪くない
自分が勘違いしただけ
それに、オスだって自由に行動していいはずだ
「…次から、一緒がよいのじゃ…」
でも口から出たのはそんな言葉だった
一人で外に絶対に出ない
そんな約束オスの方から言い出した
正直、束縛するようで気が引ける
でも結局は頷いてしまった
いつからだ
オスより自分を優先するようになったのは
出会った時はそんなことなかった
湖で勘違いした時だって
泣くのは我慢できなかったけど
一瞬だけ、別れを受け入れていたはずなのに
でももう無理だ
今更帰ると言っても絶対に許せない
オスの記憶が戻る事が怖い
記憶が戻り、自分を怖がれる事が怖い
もう帰す気はない
でも怖がるオスを無理やり居続けさせる
それもきっと難しいのだろう
だから今のうちに
記憶が戻らないうちに
自分は無害だと
ドラゴンは怖くないんだと思わせたい
せめて怖がられず、対話さえできれば…
楽しかった記憶があれば、まだ希望はあるはずだ
「…今日は何か、思い出せそうじゃった…?」
「まだ何も思い出せなそうだね」
「…ゆっくりでよいのじゃ」
できれば思い出さなくていい
そんな言葉を言えるはずもなく
自分の胸に今日もそっと閉まっておく
…。




