沢山の洗濯物
♢
オスと同じ作業をするのは楽しかった。
自分が洗った食器を丁寧に拭くオスの姿が好きだった。
でも二人分の食器ではあっという間に終わってしまう。
呆気なくて物足りない。
もっと一緒に何かしたい。
いつかオスが記憶を取り戻し、古巣に帰ってしまう運命だとしても、
それまでにせめて沢山の思い出を作りたい。
それくらいなら望んでもいいはずだ。
「…あ、そうじゃ!」
そうだ。オスの服を洗おう。
オスがこれから着るかもしれない服を全部洗えばいい。
これは長い時間が掛かるからきっと満足できる。
それに昨日寝た時も少しだけ古い服から埃っぽい匂いを感じた。
それが無くなれば、もっともっとオスの匂いを感じられる。
「主が着るかもしれない服を洗いたいんじゃけど、手伝ってくれるかの…?
…ついでじゃから、他のも全部洗ってしまいたいんじゃけど…」
「もちろんいいよ。
あ、でも洗い方は教えてくれる…?」
「よいのじゃ!?洗い方は任せるのじゃ!」
オスはあっさり受け入れてくれた。
自分だけの時はタオルくらいしか使わない。
でも服の洗い方だってばっちり魔女に習っている。
さて、そうと決まれば服を集めよう。
オスに貸してる服は全部魔女のお古だ。
タンスから衣類を全部引っ張り出し、脱衣所の抜いた服も持ってきた。
自分で言っといてなんだけど、かなり多い。
「何処で洗うの?お皿と一緒?」
「大樹の裏に川が流れてるからそこで洗うのじゃ」
オスと一緒に大量の服を抱えて大樹の裏に移動する。
適当に服を一枚ずつ手に取り、オスに教えながら一緒に洗う。
「こうやって、優しく揉むように洗うのじゃ」
「…こうかな?」
「…くふふ…そんな感じじゃ」
正直、オスは少し不器用だ。
それでも一生懸命に洗う姿が愛おしく感じる。
きっと根が真面目なんだろう。
結局、七割以上は自分が洗ったはずだけど、とても楽しい時間だった。
後はこれらを干すだけ。
洗い物が少ない時はその辺の枝に引っ掛けておく。
でも今日は大量なのでロープを張って、そこに干そう。
魔女が居る時だってこんなに一度に洗った事はない。
綺麗な服がこうも並ぶとなかなか壮観なものだ。
「ふぅ。大変だけどなんだか気持ちいいね」
「洗い物は清々しい気分になってよいものじゃ。
後は乾くまでほっとくんじゃけど、時間がかかるんじゃよな~
…待ってる間に主は何かしたいことあるじゃ?」
「したいこと?僕、あっちに行ってみたい」
オスが示した方向を見ると川の流れに沿って続く細道だった。
あの道を進むといくつもの川が合流し、最後に湖に着く。
「あっちは湖があるのじゃ」
「湖?」
「とても大きな水溜まりじゃ。
危ない道じゃから手を繋いで行くのじゃ」
この道は木々が生い茂り、いつだって薄暗い。
それに片側が川で石が沢山あって、転ぶと危険だ。
いつかの魔女がそうしてくれたように、オスと手を繋いで歩くことにした。
「この道も魔女との約束があるのじゃ。
夜は真っ暗になるから、絶対に通っちゃいけないのじゃ」
「わかった。必ず覚えておくね」
「夜鳥を見つけたらすぐ引き返すんじゃよ?」
「…まだ居ないよね?」
オスは時間の感覚がわからないらしい。
まだまだ夜鳥が出るはずもないのにずっと上を見上げている。
その姿に悪いと思いつつ、つい笑みが零れる
「…くふふ…まだ夜鳥は寝てる時間じゃ…」
「…そっか…よかった…」
よかったと口にはしたが、それでも心配そうだ。
そして、やっと前を向いたと思ったら、
自分の手を引いて湖に向かって走り出した。
「急ぐと危ないのじゃ!」
「でも夜が来る前に急ごうよ!」
「…くふふ…主は仕方のない奴じゃ!」
本当は危ないからと、もっとちゃんと注意をするべきだ。
でもこんな風に手を引かれたのは初めてだ。
だから楽しくて、また笑ってしまう。
こんな顔じゃ怒るに怒れないから、今日は許してあげよう。
走った甲斐もあってあっという間に森を抜けた。
視界が広がり、広大な湖が姿を見せる。
丘で空を仰ぐのも好きだけど、
目の前で広がる湖の方が清々しい。
「…。」
あんなにはしゃいでたオスも言葉を失っているようだ。
無意識なんだろうけど、繋いだ手にかなりの力が入っている。
痛みはないが、簡単には振りほどけなさそうだ。
それがなんとなく嬉しい。
「…少し、歩いてみるのじゃ?」
「…うん…」
オスは湖をかなり気に入った様子だった。
視線はずっと湖に奪われて、歩く速度もゆっくりだ。
「…ねぇ、このまま湖を一周しない?」
「このままじゃ?
…くふふ…こんな調子じゃ明日の朝までかかるのじゃ」
「あはは、広いもんね」
長い時間を掛けて湖を一周するのも確かに悪くない。
でも今日は朝から洗濯をした。
オスの体力的にも時間的にも、今からじゃ厳しい。
「此処は夜に来るのがよいのじゃ」
「夜?」
「夜の方がこの場所は綺麗なのじゃ」
星の明かりが水面に反射して、とても明るくなって幻想的だ。
それを見るのが好きで、気が向くとよく足を運んでいる。
もし、もしそれをオスと見る事ができたならどんなに素敵なんだろう。
そう思ったけど、口にできなかった。
いつまで居るかわからないオスに、伝える勇気が後少し足りなかった。
「でも、夜はあの道を通れないんだよね?」
「簡単は話じゃ。
明るいうちに来て、夜を過ごして、明け方に帰るのじゃ」
「なるほどね。…今日もそうする?」
「…今日じゃ?ん~、でも寒いから毛布とか、それに食べ物とか…。
それをするには色々準備してからの方がよいのじゃ」
「…そっか…残念…」
「…本当はわしじゃって、主にも見せてあげたいのじゃ。
…でも、でも今日は我慢するのじゃ」
「…うん、わかった」
誘ってくれたのは素直に嬉しかった。
でも本当に準備が必要だし、オスの体調が心配だ。
少し考えたが、泣く泣く断念することにした。
「洗濯物が乾くまでまだまだ掛かるのじゃ。
ちょっと座って休むのじゃ」
「そうだね」
木陰に移動して並んで座る。
オスはやっぱり疲れていたのか、落ち着くとなんだか眠そうだ。
でもちょうどいい。湖はお昼寝にもぴったりだ。
横になって寝ていく事を勧めるとオスも頷いてくれた。
「…主…?…くふふ…もう眠ったのじゃ…」
横になって一瞬でオスは眠った。
相変わらずの寝つきの良さに笑ってしまう。
自分が近くに居るのに寝てくれるというのは、
怖がられてない気がして、なんとも言えない嬉しさを感じる。
「…手、借りてよい…?」
強く握られた手の感覚が忘れられない。
一応声を掛け、勝手にオスの手に触れる。
「…もうちょっと、よい…?」
もう一度小声で呼びかけた。
反応が無いのをいい事にもうちょっと身体を寄せる。
もう少し、あと少しと移動を繰り返し、
結局目一杯に身体を寄せて、最終的には一緒に寝ころんで腕に抱き着いていた。
まぁ、オスが起きる前に離れれば問題ないだろう。
だから少しの間だけ許してもらおう。
だけどオスの安心する匂いを嗅いでいるうちに、
いつしか自分も眠ってしまった。
…。




