夢
料理を振舞ったのは初めてだった
魔女は料理やら調理やら色々教えてくれたけど、
出来上がったものを食べた事はなく、食べられないと言っていた
だからオスが料理を食べる時には緊張したし、
一心不乱に食べる様子は変わってると思ったけど、すごく嬉しかった
強いて言えばあと少しパンが柔らければきっと完璧だった
しかし、あのオスは何処から来たんだろう
丘に痕跡もなかったし、
拾った場所を見せても記憶が戻らなかったならお手上げだ
でも思い出したらやはり帰ってしまうんだろうな
あのオスにとっては良い事なんだろうけど、
なんでこんなに胸が痛いんだろう
自分を慰める為なのか、無意識に唇を触っていた
なるべく考えない様にしていたのに
一度意識してしまうともう駄目だった
オスが枝を嚙み潰せないから交換してあげた
そのせいでオスの味を知ってしまったのだ
気づいた時は心臓が煩くて、オスに聞こえたらどうしようかと思った
思い出すだけでも鼓動が強くなり、そっと胸に触れる
「…心臓…」
その瞬間、あのオスも胸を押さえていた事を思い出した
嫌な予感がした
お湯の中でも血の気が引いていくのがわかった
階段を降りた後に胸を押さえていたし、
枝も噛み潰せないほど衰弱しているのかもしれないし、
あれだけ昼寝をしたのに、またすぐ眠ってしまったし…
不安に駆られて思い返すと心当たりがいくつもあった
薄暗い部屋で見たオスの顔が、魔女の最期と重なる
そう思った瞬間にはお風呂から立ち上がっていた
…。
森で彷徨う夢を見た
僕はなぜか子供の姿で薄暗い森を彷徨っている
いくら歩いても景色は変わらない
一体どこまで歩けばいいんだろうと考えるが
目指す場所がない事に気が付いた
それが悲しく、座り込んで泣いてしまった
森でじっとしているのは怖かった
徐々に身体も冷え、寒くて震えている
この感覚を覚えている
怖い
「…ドーラ…会いたい…」
丘で倒れていた時、会いたい人の名前はわからなかった
でも今はドーラに会いたい
そう強く願うと同時に、僕は目覚めることができた
目覚めると森の中ではなくベッドの上だった
そして目と鼻の先にドーラが居る
突然の事に困惑していると深紅の瞳が僕を見た
「…怖い夢でも見てたのじゃ…?」
「…夢…」
優しい声でそう語り掛けてくれた
まだ夢の恐怖感は完全には抜けず、身体が少し震えているが
ドーラの温かい身体に触れていると安心できた
左手のすぐ近くに尻尾の先端がある
迷った末にそれを捕まえてみることにした
「…くふふ…くすぐったいのじゃ…」
そういって一度は逃げた
でもおちょくるように僕の手をなぞりに戻ってきた
捕まえては逃げられてを繰り返し、
最後は逃げられない様に少し強めに握り、僕が勝った
僕はうなされているし泣いているし、大変だったと教えてくれた
夢の内容を話すと何も言わずに頭を撫でてくれた
「怖い夢を見て起きると、魔女がこうしてくれたんじゃ」
「…温かいね…」
何も言わず、しばらく撫でてくれた
身体の震えが完全に消えるとドーラも動きを止めた
「…そろそろ落ち着いたようじゃな?
わしはあっちのベッドに行くから尻尾を離して…
…主…?」
尻尾を離さない僕を不思議に思っているだろう
でも行ってしまうなら手を離したくない
今はまだ、ドーラに触れていたかった
「…今日は一緒に寝ようよ…」
「…。」
ドーラは迷っている様子だった
それでも一度僕から離れようと浮かせた身体を
再度ベッドに沈めてくれた
「…主は思ったより甘えん坊じゃな…
…今日だけ…特別じゃ…」
笑われてしまったけど、それでも構わなかった
ドーラは温かくて心地が良いから
これを手放すことにならずに済んで本当によかった
…。