寝室
食事が終わるとドーラがまた食器を集めだした
今度こそ手伝わせてもらう為に意気込んで調理場まで付いていく
やっぱり最初は断られたが
今度は心の準備をしているので簡単には引き下がらない
幾度かの押し問答の末、僕の意思が固いとみるとしぶしぶ承諾してくれた
ドーラが洗った食器を僕がタオルで拭いていく事になった
簡単な作業だけどお皿を落とさないか少し緊張する
「二人ですると、らくちんじゃな」
「ほんと?手伝ってよかった」
「…ほんとに、よかったのじゃ…」
「次も手伝うね」
「…。」
ドーラは明確に返事をしてくれなかったが、小さく頷いてくれた
片付けがひと段落した辺りから身体の異常に気が付いた
立っているのにも関わらず目を閉じてしまうほど眠い
丘で感じた眠気の比ではない
許されるならこのまま床で眠りたかった
「眠そうじゃな?
眠る前にする事があるんじゃけど、頑張れるかの?」
眠る前に必ず行う魔女との約束がある
木の枝を使い、歯を綺麗に磨く事だ
約束の中でも特に重要視されていて
これを忘れるとひどく怒られたらしい
そんな大事な約束なら僕も守りたい
なんとか力を振り絞って歯磨きを教わろう
ドーラは何処からか枝を持ってきた
「これを噛んで先っぽをほぐして、それで磨くのじゃ」
目の前でドーラが実際に噛み、枝先が繊維状に変化した
いとも簡単そうに見えたが僕が噛んでも変化がない
今度こそと気合を入れてもう一度噛んだが
ほんのり歯型が付いただけだ
ドーラは眠いから力が入らないんだと励ましてくれたけど
結局、ドーラが先に作った枝と交換して貰った
この後に予定はなく、僕はベッドで眠るだけで
ドーラはお風呂を済ませた後に同じく眠るだけのようだ
あの長い階段を往復させる気にはならず
二階まで送るとの申し出を断った
「そんなにふらついてちゃ危ないのじゃ」
断ったけど、強制的にドーラが僕の手を取った
問答無用で手を引かれ、長い階段を上がっていく
二人で様子を見ながら歩いたが、
今度は休むことなく寝室にたどり着けた
寝室に真っ暗だ
眠りやすいようにこの部屋に光源は無く
窓から差し込む星明りが唯一の頼りだ
案内された朝と同じベッドに横たわる
すぐに身体が脱力して眠りに落ちていくのがわかった
もう限界だったが、最後に一言だけでもと口を動かす
「…今日はほんとに…いろいろ、ありがとう…ドーラ…」
「…わしも久々に楽しかったのじゃ…」
上手く言えたか不安だったが伝わったようだ
安心するともう指一本動かせない
「…主…?…くふふ…もう眠ったのじゃ…」
ドーラが何度か僕を頭を撫でる
その感覚を感じながら、僕は眠りにつく
…。
オスがあっという間に眠った事に驚きながらも笑みが零れた
そういえば自分もよく魔女に見守られながら眠ったものだ
一緒に眠る事も多々あったが
そうでない場合は頭を撫でられ、寝かしつけられた
そんな事を思い出して自分もオスを撫でてみた
去り際に後ろ髪を引かれる思いで振り返る
暗い寝室では少し離れるとオスの顔は見えない
一日中行動を共にしたせいか、なんとなく離れがたい
胸の奥の寂寥感を誤魔化すように頭を振って階段を下りた
浴室に着くと雰囲気がいつもと違う
辺りを見渡しても普段と変わりなく、
何が引っかかっているのかわからない
だが、お湯に浸かると違和感の正体がわかった
このお湯から微かにオスの匂いがするのだ
オスの匂いに包まれながらの入浴は
まるで寂しい自分を慰めてくれている気分になった
今日は本当に楽しい一日だった
…。