第47話「最終決算の赤い線」
王都の門が見えた時、俺はまず人数を数えた。
5人。
昨日も、一昨日も同じように数えた。
今日だけは、それを報告書の最初へ書ける。
イグナスが門の前で振り返った。
「残高は?」
「到着した輸送の支払いを済ませてから」
「人数は、もう分かるな」
「5人」
彼は笑った。
俺の返事を聞いてから、王都へ入った。
魔王を倒した日から11日が過ぎた。
軍の救護拠点で休み、状態を確かめてから出発した。帰路は戦いに急かされず、負傷した人を無理に歩かせない日程にした。
軍が守る区間と、隊が手配する区間を分ける。
帰還の輸送と宿泊、食料、報告の作成に必要な費用は、合わせて7000ルーンだった。
最後の明細を照合して払い、40120の現金は33120になった。
残った金は、俺たちの戦功の取り分ではない。
委任された活動のための資金だ。王都で照合を終え、国庫へ返す手続きをする。
魔王を倒したから余りを貰える、という契約はなかった。
門の兵は、俺たちを見て声を上げた。
勇者の帰還が、先に王都へ届いている。
イグナスは剣を高く掲げる代わりに、手を振った。
リシアはまだ長く立つと疲れるので、出迎えの場所へ移る前に座れるか確認した。
エレナは薬の袋を持ち、ガルドは荷を降ろす。
王都へ戻っても、荷は自分で降ろさなければならなかった。
「勝ったんだから、荷車も勝手に片付いていいと思うんだが」
ガルドが呟く。
「片付くと、俺が何をどこへ置いたか分からなくなる」
俺が言うと、彼は丁寧に箱を下ろした。
礼を言う兵の横で、借りた器具の番号を確かめる。
勝利の見出しと、返す金具が、同じ朝にある。
どちらも王都へ戻ってきた証拠だった。
帰りの街道では、麦橋町に立ち寄った。
別便で届いていた、勇者の署名のある道案内の板が、組合の壁に掛かっている。
道案内の文字は消えていなかった。
イグナスは約束した窯の前に立ち、店へ来る人を案内した。
勇者がいるせいで人が集まり、入口が詰まりかけたので、途中から列を二つに分けた。
「道案内なのに、人を止めてるぞ」
俺が言うと、彼は真面目に歩く方向を変えた。
パンは本人が買った。働いた代金として公費へ入れる契約ではない。
俺は食べながら、最初にここを通った時の財布の軽さを思い出した。
その時も5人だった。でも今は、誰の仕事がどこへつながるか、少し分かる。
オルネスは王都へ向かう便の確認で町にいた。
救助した運送員は組合へ戻り、まだ重い荷を持たずにいるという。
台車も戻った。本人の負担にするという話にはなっていない。
「報告が先に来たから、荷だけ戻った時に人を探し直さずに済んだ」
オルネスは言った。
俺は彼の訂正した輸送表を受け取る。
古い重複が直っていることを確認し、以前の表と合わせて保管した。
間違いを消した表と、直した経緯が分かる紙が、両方ある。
彼は、今度は空樽を置いていかないようにと言った。
俺たちの荷に樽はない。
「僕が置き忘れないために言ったんだよ」
彼は笑い、御者へ声を掛けた。
運ぶ人は、英雄が勝ったあとも運ぶ。
俺たちはその道を通って、王都へ戻ってきた。
会計審査の机は、以前と同じだった。
ゼフィナが控えを並べ、俺たちに座るよう言った。
「まず帰還の確認から」
俺は1枚目を出した。
隊員5名、帰還。
救助した運送員は、軍の救護拠点から組合へ引き継がれた。オルネスの確認も届いている。
軍と神殿へ渡した物と記録は、それぞれの受領先を示した。
全てを5人が持って帰ったわけではない。使った場所へ残した物、返した物、別の仕事へ引き継いだ物がある。
ゼフィナは人数と引き継ぎを確かめてから、資金の表へ進んだ。
「では、赤い線を見ます」
俺は少し身構えた。
赤い線は、怒られる箇所だけを示すものではない。
訂正した場所、追加の説明が必要な場所、最後に締める欄。それぞれ意味を分けてある。
同じ色でも、全てを間違いとして読むわけではなかった。
当初の公費は120000ルーン。
途中の追加60000と、最終の追加80000を合わせ、公費の交付は260000。
これに、薬の返品による3600、荷車の保証金が戻った4000、護衛の業務代1800、古い輸送費の誤集計による返金4800、神殿の薬代補填2400がある。
全部の受け取りを合わせると、276600ルーンだった。
だが理由は別々だ。
返金を新しい公費の承認として見せない。業務代も個人の報奨金へ勝手に移さない。
委任状の範囲で生じた活動資金は、同じ隊の会計へ記録し、残りを返納する。
これから出る個人の報奨金とは、別の契約になる。
俺はその区別を説明した。
ゼフィナは金額を自分の表と合わせた。
イグナスは、今度は横から自分の財布を出さなかった。
業務代の1800についても、契約の控えを出した。
道中で護衛をした時に受け取った分だ。
その時の隊の任務に付随した収入として、委任状の範囲で管理している。
イグナスの剣が働いたから、イグナス一人の報奨金になるわけではない。
逆に、これから王国が個人の功績へ出す報奨を、全部この帳面へ取り込む理由もない。
ゼフィナは、分けた欄を指で確認した。
「同じ人が受け取っても、受け取る根拠が違います」
俺は、同じ名前の下に、役目がいくつもあることを見た。
隊の担当者として持つ袋と、自分で昼食を買う財布。その2つを、これからも混ぜない。
最初に引き継いだ時、既に111580が支払われていた。
俺が来てから、最後の帰還費までに支払った額は131900。
合わせて243480ルーン。
受け取った総額から引くと、33120が残る。
机の上の現金と、帳面の残高は一致した。
俺はそこで肩を下ろしかけた。
ゼフィナの筆が、初期の未精算の欄へ来る。
「開幕時の31600は、ここに含まれていますね」
「はい。既に払われた費用で、当時は裏付けの確認が済んでいなかった分です。新しい借金として差し引いてはいません」
薬と寄付、保証金。それぞれに確認した紙が付いている。
保証金は戻っているが、払ったことを初期の支出から消したわけではない。返金は受け取りの履歴として載せた。
赤い線の1つが、閉じた欄へ変わった。
ゼフィナは最終の緊急調達を確認した。
4500の固定材と救護品は、軍の受払記録と一致する。
その前の2000の修復材も、設置した場所と未使用の残りが示されている。
緊急用の高級薬は、14000の購入に含まれていた。使った時にまた代金を引いていない。
俺は使用記録と購入明細を別々に出した。
「使った物と、支払った時期を分けたのは適切です」
ゼフィナは言った。
「ただ、この補足の紙が1枚、別の束に入っていました」
俺はすぐに確認した。
軍から借りた金具の修復引き継ぎが、隊の購入品の束へ入っている。
現金の計算は変わらない。だから放置してよい誤りでもない。
受領先を示す束へ移し、索引を直した。
魔王を倒した報告の上にも、小さな訂正は載る。
それで戦功が消えるわけではなかった。
リシアは薬の残りを説明した。
未使用の品は、軍へ引き渡す分と、隊の正式な管理下に残す分を分け、担当者の承認を受ける。
高い薬が余ったから、彼女が無駄な買い物をしたとはならない。
予備を用意した理由と、使わなかった結果の両方を残す。
エレナは共用の救護が今も神殿へ引き継がれていることを伝えた。
彼女が戻ってきても、箱を自分の物に戻さない。
ガルドは盾の修復を受けた経緯を短く説明し、イグナスが最終戦で使った剣の手順を補った。
俺の帳面は、一人で全部を見たという顔をしなくて済んだ。
4人が説明できる範囲を、4人の言葉で残している。
審査の終わりに、ゼフィナは残金の返納先を示した。
国庫の窓口へ、現金を持参する。
受領証を受け取り、それを最後の支出と対応させて締める。
口座へ送ったつもりで済む世界ではない。
袋を運ぶ担当と、確認に立ち会う担当を決める。
「残高が少なければ、もっと評価が高かったでしょうか」
俺は聞いてしまった。
全てを使わなかったことに、まだ少し不安がある。
ゼフィナは俺の計画書を見た。
「必要な支出が済み、未履行の約束がなく、残金の所在が分かる。それを確認しています。残高を小さくする競争ではありません」
俺は頷いた。
見栄えのために20000を減らす計画を拒んだのに、最後の見栄えは気にしていた。
同じ癖は、一度の戦いでは消えない。
少なくとも、そのために今から買い物を増やすつもりはなかった。
国庫への返納は、関連する引き継ぎの確認が揃ったあと、1週間以内に行う。
俺は残金を別に封じ、封の番号を記した。
もう旅先で自由に支払うための袋ではない。
隊の活動で生じた残りを、返すために保管する。
個人への報奨金が支給されても、この袋へ混ぜない。
新しい任務が決まっても、新しい委任と会計を作る。
最初の帳面を何でも払う袋へ育ててはいけなかった。
最後にゼフィナが、1枚の書面を出した。
王国の討伐隊の経理担当として、俺を正式に任命するものだった。
始まりは急な引き継ぎだった。途中で委任の範囲を確かめ、仲間の仕事を覚え、失敗を直した。
書面には、数字を計算する能力だけが記されているわけではない。
支出の根拠を確認すること。専門家と相談すること。活動の記録を引き継ぐこと。
俺は自分の名前を見た。
佐倉直人。
この世界でまだ慣れない字の並びが、役目の下にある。
「受けます」
俺は答えた。
「今の会計を終えることも、その役目ですね」
「はい。返納の受領証を持ってきてください」
ゼフィナは平然と言った。
任命されたその場で、次の小さな仕事が来た。
俺は少し笑った。
外へ出ると、ハルゼが待っていた。
イグナスの剣とガルドの鎧を見て、まず頷く。
「持って帰ったな」
「5人も帰ったぞ」
ガルドが言う。
「そっちは見れば分かる」
ハルゼは彼の腕を軽く叩いた。
俺は壊れた場所を説明し、前線の職人の控えを渡す。
自分の作った物がどこで変わったかを、本人が読めるようにする。
俺は紹介状のお礼を言った。
彼は帳面ではなく、5人の顔を見た。
「安く済ませたか?」
「必要な分を使いました」
「なら、よし」
俺はその短い答えを、今日の審査の続きを聞くように受け取った。
帰り道、イグナスが俺の任命書の筒を持ってくれた。
「これで、正式にナオトの席があるな」
「今までも仕事はしてた」
「仕事だけじゃない。隊にいる理由を、毎回説明しなくていい」
俺は返事をしなかった。
口にすると、少し声が変わりそうだった。
エレナが、昼食の席も5人分あると教える。
リシアはもう店を決めていた。
ガルドは椅子の丈夫さだけ確認したという。
必要な確認をそれぞれが済ませ、俺を呼んでいる。
俺は封じた残金を安全な保管場所へ預け、預りの控えを受け取った。
その袋で昼食を買うことはない。
軽くなった手に、任命書の筒が戻ってきた。
俺は5人で食卓へ向かった。




