第43話「帳面にない一人」
帰りの人数は、5人だった。
昨日の運送員の話を聞いて、俺はその欄へ線を引いた。
6人になるかもしれない。
まだ見つかっていない人を、救助済みと書くことはできない。だが、見つけた時に載せる場所を空けることはできる。
「人数が変わると、全部変わるのか?」
イグナスが俺の紙を見る。
「全部じゃない。少なくとも、帰りの席と救護の道具は変わる」
「俺が歩けば、一人載る」
「お前が歩けるままとは限らない」
俺は彼の案を消さなかった。
使える場合もある。ただ、その場合だけに頼る計画には戻れなかった。
城へ入る前に、軍の運搬担当と相談した。
外の拠点まで人を運ぶため、担架と固定用の器具を追加する。入口の外から先は、軍の輸送へ引き継ぐ。
誰かを助けるために、元から予定していた負傷者の場所を潰してはいけない。
必要な費用は3600ルーン。
避難器具と搬送の手配、救護に使う補充品を含む。
救助用の別袋から2000を出し、残り1600を通常の現金から払った。
別袋も総現金の中に含まれている。2000を使ってから、3600をもう一度全部引くような計算にはしない。
52920から3600を引く。
残る現金は49320ルーンだった。
用意した器具を受け取り、番号と数量を確かめる。
助けられるかどうかは、まだ分からない。
支払ったら人が1人増えるのではない。その人へ届く準備をした、という記録だけが今は残る。
城の外側の保管所へ通じる入口は、軍の偵察が確認していた。
魔王のいる奥とは別の場所だが、敵兵がいないと約束されてはいない。
イグナスが先頭に立ち、ガルドが後ろを守る。
リシアは壁の反応を読み、エレナは担架の紐を持った。
俺は荷を小さくし、空けてある道を覚えながら進んだ。
見た目が同じ扉でも、帰りに曲がる側が違えば別の場所だ。
目印に使う布を、勝手に敵の道具へ結ばない。柱と壁の角、隊の判断で触れてよい場所をリシアに確かめる。
俺は布札を低い位置へ付けた。
兵が倒れた時に見える高さと、元気な俺の目の高さは違う。
エレナがそれを見て頷いた。
保管所には、空の荷車が1台あった。
台車の裏へ、誰かが身を縮めていた。
イグナスがすぐには触れず、名乗る。
「王国の討伐隊だ。民間の運送員を探している」
返事は小さかった。
「俺です」
男が顔を上げた。
昨日聞いた衣の色と、手首の運送組合の札がある。だから絶対に同じ人、と決める前に、来た便と、最後に荷を下ろした場所を聞いた。
エレナはその間に傷を見た。
足首を傷めている。歩けないほどではないが、無理をすれば城の通路で動けなくなる。
食事も少なかった。
「先に少し水を飲んでください。話は、短くで構いません」
彼女が言うと、男は受け取った器から二口飲んだ。
運んだ空車を返してもらえず、城の中で荷の整理まで命じられたという。
逃げようとして足を傷め、保管所へ戻った。
元気に働ける相手だけが、荷札の受け取り欄にいるわけではなかった。
帰り道を説明すると、男は台車へ目を向けた。
「これを持っていかないと、組合に怒られます」
俺は台車の札を確かめた。
民間のものだった。
ただ、今ここで人と車を同時に運ぶと、避難の幅が足りなくなる。
「車がここに残ることを、軍へ報告します。まずあなたが戻って、どこに置いたかを話してください」
「俺がなくしたことには?」
俺は彼の言い換えより、顔の方を見た。
叱られる理由を、もう自分の中で決めている。
「ここへ来た経緯を聞いてから、組合が確認します。俺が車の返却を完了したと書くことも、台車が盗まれたと断定することも、今はできません」
男は黙った。
「あなたが戻らなければ、組合には説明する人までいなくなる。物の話は、外でしましょう」
イグナスが静かに続けた。
男はようやく、台車から手を離した。
担架へ移る前に、エレナが短い処置をした。
俺は買った器具を広げ、ガルドと固定を確かめる。
先日の点検で教わった溝へ指を置いた。
布が噛んでいない。正しく閉じる。
ガルドは、見たか、と尋ねるだけだった。
「見た」
「よし」
彼は担架の前を持った。
イグナスが後ろを持ち、俺は進む道を開ける。
通路の角で、敵兵が二人現れた。
リシアが低い光を床へ走らせ、足の位置を崩した。大きく爆発させない。担架の人まで揺らせない場所だ。
イグナスは持ち手を一度ガルドへ預け、普通の剣で槍を払う。
俺は余計な一歩を前へ出ず、担架が止まる場所を示した。
エレナが男の頭を支える。
ガルドは担架を壁の陰へ寄せ、盾を前へ出した。
新しく調整した留め具は、鎧と担架の紐を引っ張り合わなかった。
兵の一人は退いた。
もう一人は、槍を落として両手を上げた。
イグナスは追わず、武器を足で遠ざける。
「外の軍へ引き渡す。勝手に立つな」
俺たちだけで敵兵を連れて歩けば、担架の護衛が足りなくなる。
近くまで進んでいた軍の班へ合図し、確保と引き渡しを頼んだ。
人が1人増えると、善い話だけが増えるわけではない。必要な手も、確認も増える。
だが、そのために人を予定違いと呼ぶつもりはなかった。
俺は男へ、もう少しで外へ出ると知らせた。
彼は、俺の布札を見ている。
「その札、帰る道ですか」
「そうです」
「荷物の行き先かと思いました」
「今日はあなたにも使います」
彼は薄く笑い、目を閉じた。
入口の前で、担架を下ろして手を替えた。
疲れてから無理に持ち続けると、落とす危険が増える。
エレナが男の様子を確認し、リシアが外の軍へ手信号を送った。
俺は見えている通路の範囲を言い、ガルドが安全を確かめる。
軍の運搬班が来るまでの短い待ち時間に、イグナスは男へ尋ねた。
「奥へ通じる道は、見たか?」
「大きい扉の手前までです。荷は右へ、兵は左へ行くように言われました。奥は、見ていません」
知らないことを、知らないと言ってもらえた。
俺は聞いた範囲を控えた。城の全部を知る案内人が増えたわけではない。
助けた人へ、次の戦いの責任まで載せる必要はなかった。
外から来た運搬班へ、今の状態と処置を引き継ぐ。
エレナは薬を使った時間も知らせた。
俺は担架の番号を照合し、外へ持ち出す器具の引き渡しを記した。
拠点へ戻る途中、俺たちは6人の合図を試した。
戦闘に加わる6人目が増えたのではない。
合図が鳴ったら、誰へ知らせればよいか。知らない音を聞いて、一人で道を変えないでほしい。
男は笛の音を2つ聞き、短い返事をした。
「俺は勝手に走らない。近くの人に言う」
それで十分だった。
ガルドが、歩けるようになっても無理をするなと付け加えた。
「走る仕事は、今は休みだ」
「走ると荷を落とすので、普段もあまり」
「なら慣れてるな」
男は笑った。
エレナも笑い、休む場所を示した。
この人が無事に横になって初めて、人数の欄へ6を書けた。
隊の5人と、救助した一人。役割は分けて残す。
軍の連絡役が、台車の回収は今すぐにはできないと言った。
そのまま敵の保管所へ入れば、別の荷と混ざっている可能性がある。安全を確かめてから回収班が行く。
俺は男へその予定を伝えた。
彼は台車の目印を詳しく話した。側面の欠けと、取っ手に付けた青い紐。
俺は札の番号と合わせて軍へ渡した。
名前だけ、番号だけ、見た目だけ。どれか一つで決めるより、組み合わせれば取り違えにくい。
男は横になったまま、これも代金になるかと尋ねた。
「捜索の扱いは軍と組合が確認します。今日の搬送を、あなた個人への請求として持ってきたわけではありません」
俺は言葉を短く区切った。
安心させるために、今後のあらゆる費用が無料だと約束する必要はない。
少なくとも、寝台の上で財布を探さなくてよいと伝えられた。
夕方、オルネスへ送る報告を用意した。
救助した人の確認と、残った台車の位置。連絡が届くまで本人を働かせないことも、軍の救護担当から添えてもらう。
俺は報告の費用を、今日の手配の連絡分に含まれている範囲で確認した。
軍の便へ同封できる。
遅れを避けるために別の使者を頼む必要はなかった。
金を使ったあと、使わなくて済んだ金まで勝手に浮いた収入にはしない。
残る現金は49320のままだ。
救助用の別袋は空になっていた。
空袋へ済、と書くのはやめ、支払の控えを入れた。役目が変わっただけで、捨てる袋ではない。
食事を渡す時、男はパンを半分残した。
明日も同じだけもらえるか分からないから、取っておくと言う。
エレナは、今夜と明朝の食事が用意されていることを、軍の担当者へ確かめてから伝えた。
励ますだけでは、彼の手がパンから離れない。
次に誰が持ってくるかを知らせると、男は残りも食べた。
俺は明日の準備をしながら、声を聞いていた。
薬も食事も、用意されていると紙に書かれただけでは、受け取る人の安心にはならない。
誰が、いつ、どう渡すか。俺が金を運ぶ袋を待った時と、同じところで人は困る。
御者の荷札の確認は、本人の同意を得て軍に頼んだ。
昨日話した別の御者が、拠点に残っている。顔と便を確かめてもらい、間違いなく探していた人だと分かった。
安心した相手は、台車を置いたと聞くと、まず本人が戻った方がよいと言った。
男はようやく、なくしたと決めつけずに話せるようになった。
俺は二人の確認を記し、持っていた荷札を返した。
金の受領票のように、俺がそのまま保管する必要はない。本人の仕事へ戻す物だった。
ガルドが毛布を運んでくる。
これも軍から貸された物なので、俺は貸出の担当を聞いた。
「毛布を借りるたびに、名前を聞くのか」
男が不思議そうに言う。
「帰す人が分からないと、ここに置きっぱなしになるからです」
「俺も車を置きっぱなしに」
「あなたは、戻してもらうための説明ができました。今は休んでください」
彼は毛布を引き寄せた。
帰す物と帰る人を、同じ調子で責めなくてよかった。
俺は寝台の横に、明朝来る救護担当の札を置いた。
夜、イグナスが城の奥へ進む計画を置いた。
明日は、ラグゼオンへ向かう。
救助した運送員は外の軍が守る。5人が奥へ進み、城の外へ戻るまでの道を確保する。
俺の帳面には、3600の支出と、6人が外へ出た時刻が残った。
イグナスは、人数が増えると計画が困るなと言った。
「変わる。困るとは限らない」
俺は答えた。
「空けた席が役に立った」
エレナが救護の袋を閉じる。
ガルドは盾の裏を一度見たが、今日の一人をすぐに線へ足さなかった。
明日、俺たちが戻ってからにするつもりらしい。
リシアは緊急用の薬の結び目を確かめた。
俺は城の入口で使った布札の残りを数えた。
次に道を付ける時、今日と同じ場所ではない。
帰る人がいることだけは、変わらなかった。




