第4話「返せる箱と返せない箱」
返すための薬の箱を、俺は念入りに包んだ。
角へ布を当て、紐で固定する。封に触れないよう持ち上げると、昨日より大きな荷物になった。
「これで、いいと思います」
「あなた、買う時より慎重ね」
リシアが、箱の下へ手を添えた。
正しい指摘だった。買う時の俺はいなかったが、返金を受ける時の俺には、3600という具体的な期待がある。
「もう使えない状態にしたら、返すどころではありませんから」
「旅へ持っていく時も、そのくらいお願い」
彼女の杖は、俺の包んだ箱より細い。それでも、当たり方によっては箱の封を破りそうだ。リシアは杖を反対の手へ移した。
注意しているのは、俺だけではない。
薬店には、昨日と同じ店員がいた。
俺の包みを見ると、少し首を傾げる。リシアが返品する箱だと告げて、ようやく奥の机を空けた。
布を外す。
紐を外す。
紙の角当てを外す。
箱を置くまでに、時間がかかった。
「剥がした物は、全部持ち帰ります」
机が包装材で埋まったのを見て、俺は先に断った。
店員は笑わず、箱の番号を見た。笑う暇もなく、店には次の客が入ってきていた。
俺が慎重にした時間も、相手の仕事の時間を使う。
店員は箱を光にかざした。
蓋の印を見て、細い線を指でなぞる。封の線が、箱と蓋をまたいでつながっていることを確認するためだ。
俺は蓋を押さえたくなったが、手を引っ込めた。扱い方を知っている人の仕事に、余計な手を出さない方がいい。
「こちらは、条件どおりです。6本分、3600になります」
銀貨が36枚、机へ並んだ。
俺は枚数を数えて、店の戻し票の金額を照合する。
昨日まで7400だった財布は、11000になる。
増えた。
正確には、買った金の一部が戻った。
思わず笑いそうになったところで、店員が別の小箱を指した。
「こちらも、返品ですか」
「こちらは、条件を聞きたいだけよ」
リシアが、小箱を開いた。
中には別の薬が2本ある。片方の瓶には、青い糸が巻いてあった。
「店の封が、輸送中に剥がれたの。中身は使っていない。これは、返せる?」
俺は、その箱も返品できればと考えた。
財布が増えた直後なのに、増える可能性を見つけると目が向く。
店員は首を振った。
「申し訳ありませんが、封のないものは通常の返品にはできません。中身を確認する方法に、費用がかかります」
「見た目で、分からないんですか」
「似た色の薬もありますし、薄められている場合もあります。店で封をした物でなければ、次のお客様に出せません」
俺は、小瓶を見た。
俺たちは薄めていない。使ってもいない。だが、相手はそれを俺の顔から確かめるわけにはいかない。
いったん受け取り、別の客へ売った時、問題が起きれば店が説明しなければならない。
「分かりました。通常返品にはしません」
リシアも頷いた。
薬の性能を確認する彼女が、封をただの飾りと考えるはずはなかった。
ただ、青い糸の瓶をしまわずに、店員へ向けた。
「これは、購入した物と品目が違っていたの。封が剥がれた瓶はそのまま使う。でも、この1本は、配送時の確認をお願いしたい」
店員が、元の伝票を取り出す。
俺は返品票を脇へ避けた。
返金できない物が、すべて正しく届いた物とは限らない。
同じ箱に入っていても、別の話だった。
伝票には、止血薬2本とある。
青い糸の瓶には、消毒用と書かれていた。
瓶の底の番号は、購入の控えに載っていない。代わりに、隣の棚の商品番号と合う。
店員は、一度奥へ引っ込んだ。
配送に出した時の記録を、別の担当者と確認するという。
すぐに終わるとは言わなかった。
「待つ間に、他の買物をしていいですか」
俺が尋ねると、リシアは俺の包みを見た。
「今日は、買物の予定はないわ。先に店の邪魔にならない場所へ移りましょう」
包装材の山を抱えて、店の入口の横へ立つ。
外の通りには、朝の匂いが残っていた。焼いたパンと、濡れた石の匂い。
俺の腕の中から、紙の角当てが1つ落ちる。拾うためにしゃがむと、リシアが残りを持ってくれた。
「減らすために来たのに、紙が増えてますね」
「包んだのは、あなたよ」
「返金額に気を取られました」
「なら、次は重さも見積もって」
彼女は紙を重ね、俺の紐で結んだ。
同じ紙が、小さな束になった。
世界が変わっても、仕事ができる人の片付けは速い。
しばらくして、店員が戻った。
店側の詰め間違いだったという。青い糸の瓶を回収し、正しい止血薬を渡された。
交換であって、現金の返金はない。
配送担当者の署名が入った交換票を、俺は受け取った。
「こちらを、元の購入の紙と一緒に保管します」
「その方が、数量を確認しやすいと思います」
店員の返事に、リシアが新しい薬の番号を控えた。
元の瓶が1つ減り、正しい瓶が1つ増えた。財布は変わらない。
俺は、金が動かない取引も記録しなければ、持っている物の数が合わなくなると思い直す。
部屋へ戻る途中、リシアが箱を少し持ち上げた。
「返せた分は、いらなかった薬だったわけじゃないのよ」
「分かります。必要になる可能性が、減ったんですね」
「そう。前の迎撃で使わずに済んだ。次の行程に合わせて数を変える。今度買う時も、同じ種類を買うかもしれない」
俺は頷いた。
返品できたから、初めから買わなければよかった、と過去の判断を切るのは簡単だ。
その時には、魔獣が何体来るか分からなかった。
迎撃を終えて初めて、返せる箱が残ったのだ。
「報告には、そう書きます」
「どんなふうに?」
「迎撃用の備えとして購入。未使用の封付き6本を、行程変更に伴って返品」
リシアは少し考え、もう一つだけ加えた。
「戦闘時の必要数は、維持。そこもお願い」
財布を増やすために、戦う薬までなくしたわけではない。
俺は彼女の言葉を、そのまま控えた。
机に戻ると、イグナスが俺の包みを見て立ち上がった。
「返せなかったのか?」
「これは、包装だけです。薬は6本返せました」
「そうか。こんなに包んでいたのか」
リシアが箱の大きさを両手で示すと、勇者は俺の紙束を見直した。
比べるのは、やめてほしい。
俺は銀貨36枚を出して、全員に確認してもらった。
「3600が戻りました。残高は11000です」
昨日からの支出を指で追ったイグナスが、頷いた。
ガルドは枚数を見てから、壁の紙を見る。
「これで、全部片付いたか?」
「薬の確認は、店の写しが出たらまとまります。ただ、金が戻ったことと、支出の証明が済んだことは、別です」
「なるほど。袋が増えても、机の紙は減らんか」
「減らす方法も、考えます」
4人の仕事の記録と、店の紙、交換票、返品票。すべてを毎回全員に読ませるつもりはない。
原紙は俺が保管し、一覧には、残っている数量と次に必要な確認だけを書いた。
リシアはそれを見ると、返却後の薬を箱へ戻した。
箱の中に隙間ができている。
彼女は小さな回復薬を1本、その隙間ではなく、俺の荷物の横へ置いた。
「これは返品する方には入れないで。あなたの分」
「昨日も、飲みましたけど」
「昨日飲んだ1本は、もう使えないでしょう」
まっとうな返答に、反論できなかった。
エレナが俺の肘を見て、今度は少し笑う。
「痛みが減ったら、使わずに取っておいてください。持っているだけで安心できることもありますから」
俺は回復薬を、鞄の取り出しやすい場所へ入れた。
価値がある物を、使わずに持っている。
経理の机にいた頃も分かっていたはずのことが、異世界の小瓶一つで、妙に具体的になった。
壁の残高を11000へ直すと、ガルドがその横に、俺のまとめた紙束を置いた。
「これも、捨てなくていいだろ。雨が来たら、靴に詰められる」
「薬を返品するための包装が、靴を乾かす紙になるんですね」
「物は、使えるうちは使う。だが、薬の紙と混ぜるなよ」
俺は、包装、と大きく書いた。
今日戻ったのは、3600ルーン。
持ち帰ったのは、正しい薬1本と、包装材と、俺のための回復薬だった。
金の増え方より、荷物の減り方の方が難しい。
そう思いながら紐を結ぶと、イグナスがそれを見て言った。
「その結び方は、逃げる時にほどけるぞ」
勇者の無料講習は、今日も終わらなかった。




