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異世界に転生したら、勇者パーティーの経理担当になった  作者: 雨宮 弦


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第35話「数字を直した人」

 会計審査の机に、同じ箱の受領書が2枚並んだ。

 1枚では、俺たちが受け取っている。

 もう1枚では、王都の臨時調達部署が受け取っている。


「同じ日に、同じ3箱を、2か所に置く技術はありますか」


 ゼフィナがリシアへ尋ねた。


「私にはありません。あったら、薬を半分しか買わなくて済むわね」


「物を増やす相談は後でお願いします」


 俺は紙の端を押さえた。

 朝からここに集まったのは、箱を増やすためではない。

 俺たちへ追加で請求された4800ルーン。その根拠になった3箱が、本当に隊へ届いたかを確かめるためだ。

 この金はまだ払っていない。

 既に返してもらった古い輸送費の4800とも別件だ。同じ額だったので、担当者の説明は何度もその2つを混ぜようとした。

 ゼフィナは机の上に紙を置き、古い誤集計、新しい追加請求、と2つの見出しを書いた。


「今日、金額ではなく案件ごとに答えてください」


 この一言が、俺の3ページの説明より役に立った。


 臨時調達部署の主任は、輸送組合が間違えたのだと言った。

 実際、組合には別の誤集計があった。

 原本と写しを別の輸送として足し、正規の4800を二度数えた。合計9600が初期の輸送費に含まれ、あとから余分な4800が返された。

 間違いがあったことは、オルネスも隠していない。

 だが、一つの間違いを認めた人へ、別の3箱まで押し付けてよいわけではない。


「同じ経路の紙に間違いがある以上、今回も組合の記載を信用する理由は薄いでしょう」


 主任の声は穏やかだった。

 俺は自分が最初に2枚の請求を見た時、不正だと決めつけかけたことを思い出した。

 先に疑う相手を決めると、あとから来る情報は全部その顔になる。

 ゼフィナはオルネスへ向き直った。


「古い誤集計を見つけた手順を、説明してください」


「僕の部下が発送番号を照合しました。運行そのものは1回です。原本と控えの番号が同じで、集計の欄だけ2つありました」


「今回の3箱は?」


「積みました。ですが届け先は、こちらの部署の倉庫でした」


 主任が口を開きかけた。

 ゼフィナは片手を上げ、順番を止めた。


「届けた人から聞きます」


 襲われた輸送員は、腕に布を巻いて座っていた。

 エレナが椅子の位置を調整し、長く話し続けないよう先に頼んでいる。

 俺たちが助けに走った人だ。

 ただ、襲われたことだけで、証言の中身が全て正しいと扱うことはできない。

 彼が何を見て、どこまで覚えていて、何は紙で確認したのかを分ける。


「3箱を下ろした場所は?」


「王都の臨時調達倉庫です。門の色は緑で、荷車を中庭へ入れました。受け取った人が、別の棚へ運ぶと言いました」


 彼は受領書の番号を言い、数字の途中で止まった。


「最後の数字は、控えを見ないと」


「見て構いません」


 ゼフィナが写しを渡した。

 襲撃の時に散った紙の一部は、兵が現場で記録して回収している。全てが戻ったわけではないが、この番号の原本は部署側にも残っていた。

 番号を記憶していないことと、配達をしていないことは同じではない。

 主任は腕を組み、荷を一時保管しただけだと言い直した。


「その後、討伐隊へ渡す手配をしました」


「では、引き渡した日時と担当者は?」


 俺の前にある新しい受領書には、隊が麦橋町にいたとされる日付がある。

 その日、俺たちは峠の宿にいた。

 イグナスの署名に似た文字もあるが、彼は書いていないと述べている。似ていないという主観より、引き渡しが成立する場所と時間を確かめる方が先だった。


「代理人が受け取ったのかもしれません」


「隊が依頼した代理人の記録はありません」


 イグナスが答えた。


「俺の名で受け取れる人を、外に頼んではいない」


 勇者だから信じろ、とは言わなかった。

 彼は、正規に受け取った時の伝票と、隊の荷の一覧を並べた。

 剣は今日、審査室の外にある。


 リシアが薬と触媒の使用記録を説明し、ガルドが荷車へ載せられる量を示した。

 エレナの救護に使った分は、神殿の確認を経た別の控えで照合する。患者の名前を、主任へ渡す必要はない。

 俺は4人が話すところを聞きながら、相手の説明を1行ずつ控えた。

 俺の帳面が全部正しいはずだ、と怒鳴るより、4人が実際に触れたものを話す方が強い。


「隊へ3箱を渡したと言うのに、代わりに降ろした荷はないんですね」


 ガルドが尋ねた。


「魔法で軽くしたのでは?」


 主任の返事に、リシアが静かに首を振る。


「軽くしても容積は消えない。私の術式の記録にもないわ。3箱を一緒に運べば、少なくとも天幕か食料を下ろす必要がある」


 ガルドは自分の鎧を指した。


「俺を下ろせば、重さはどうにかなるぞ。箱の場所は空かん」


 ゼフィナは笑わずに書き取った。

 俺にはそれが、今日いちばん面白かった。


 正式な写しを用意する費用は400ルーンだった。

 曖昧な口約束の控えで済ませず、部署の入庫記録、印の登録記録、荷の移管票を照合用に取得する。隊の現金残高は39920へ減った。

 印は隊が出発した後に登録されている。

 それだけなら、後日発行された証明書かもしれない。

 だが受領書は、その印で以前の当日に確認したことになっていた。作成日は空欄のまま。印を使った帳面の記録には、王都の倉庫内で3箱を別費目へ移した日付がある。

 部署内の担当者が、その移管先の控えを持ってきた。

 輸送員の記憶と、部署の原本と、隊の行程。3つが同じ方向を示した。

 3箱は隊へ渡らず、部署の別の調達へ流用されていた。

 追加の4800は、隊が受け取ったという紙を根拠に、その穴を埋めようとする請求だった。

 主任の声が小さくなった。


「先に必要があったのです。後で説明する予定でした」


 ゼフィナは紙を裏返さなかった。


「必要と、権限と、説明は別です。他の隊が受け取ったことにはできません」


 俺もよく、必要な物を先に使ってから書類を揃える。

 だからこそ、誰が使ったかまで入れ替えた紙を、急ぎだったので済ませるわけにはいかなかった。


 その場で全ての処分が決まったわけではない。

 ゼフィナは、隊への追加請求を取り下げる手続きを命じ、部署の支出と在庫の調査を別に続けると告げた。

 輸送員への襲撃については、捕らえられた者の証言と、兵が押収した紙を調べる。今日の資金請求の矛盾と、襲撃を指示した人物を、証拠なしに同じ欄へ置くことはしなかった。

 俺は逮捕を命じないし、罰の重さを決めない。

 支払っていない4800は、返金として現金へ足さない。

 無効になった請求を帳面の外へ消すのでもなく、照会を終えて取り下げられた履歴として残す。


「残高、変わらないのか」


 ガルドが小声で聞いた。


「400の費用は減った。あとは、払わずに済んだだけだ」


「勝った気分で飯を増やすのは?」


「自分の財布なら」


「隊の財布は?」


「聞く前に分かってただろ」


 彼は頷いた。少なくとも、同じ3箱のように2つの財布を行き来するつもりはないらしい。


 審査室を出る前に、ゼフィナが訂正報告の文案を俺へ見せた。

 輸送組合の誤集計を訂正した、とある。

 間違いを記録するのは必要だ。

 でも、それだけでは、誰がどう見つけたかが残らない。


「ここへ、組合が自分で発送番号を照合して、他部隊の分も確認したことを入れてください」


「既に返金した額も載っています」


「はい。お金が戻ったことだけだと、催促されて払ったように見えます。オルネスたちは処理そのものを直した」


 オルネスは俺を見た。


「僕を褒めるために、間違いを薄めなくていいよ」


「薄めない。間違えたことと、直した仕事を両方書く」


 俺にも同じことが必要だ。

 初期の輸送費を確かめた時、俺は払った根拠があることで安心し、原本と写しの集計重複を見落としていた。返金を受けた経緯と、今後は番号を照合することを、自分の担当の欄へ書いた。

 自分の誤りが報告に載ると、胸の中が少し狭くなる。

 そこへゼフィナが、短く承認の印を押した。


「気づいてから修正した記録があれば、次に同じ説明を一から聞かずに済みます」


 褒められた感じはしなかった。次の仕事が具体的に減る感じはした。

 俺にはそっちの方が効いた。


 昼を過ぎて、神殿の近くの小さな広場で輸送員を見送った。

 彼はすぐに遠距離の便へ戻らず、腕が治るまで王都の荷の整理を担当するという。

 ガルドが、箱を持とうかと聞いた。


「今日は運ばなくていい荷なんです」


「そうか。じゃあ持たん」


 分かりきった返事なのに、相手は笑った。

 仕事をしないことが、次の仕事の準備になる日はある。

 イグナスはオルネスへ、看板を返したか確認された。


「返した。ちゃんと」


「勇者の署名を付けて返してほしいと、渡し場が言っています」


「書類か?」


「記念です」


 俺は少し黙った。

 先日は売れないと言った板が、今日には別の価値を持っていた。


「備品の裏なら邪魔にならない。道案内の文字は消すなよ」


 イグナスは、俺にも署名を求めた。


「経理の署名まで付いてる方が、返したことが分かるだろ」


「それは受領票に書く」


 俺は表ではなく、小さな控えに名を書いた。

 オルネスがそれを丁寧に袋へ入れた。

 紙の役割を、誰も間違えなかった。


 保留解除の通知を受け取る前に、俺は主任の書いた旧い説明を袋から出した。

 もう必要ない、と捨てかけたのだ。

 リシアが俺の手を止める。


「訂正前の説明がなくなると、どこを直したか分からなくならない?」


 俺は紙を開き、右上に訂正前と記した。

 使わなくなった計算と、存在しなかった計算は違う。


「捨てたいほど嫌だった?」


「少しな」


「私も失敗した術式を置いておくのは嫌い。でも似た失敗をした時、同じところへ戻らずに済む」


 彼女は俺の保存用の袋を持ち上げた。


「これまで全部を正しく扱った人の帳面より、どこを直したか分かる帳面の方が、今の私たちには使いやすいわ」


 俺は紙をしまった。袋は薄い1枚分しか重くならなかった。

 夕方、王国軍から次の呼び出しが来た。

 交付の保留は解除される。だが最後の討伐へ向かう費用は、改めて計画を出してほしいという。

 食卓でその話をすると、リシアが使う薬を書き始め、エレナが救護の備えを挙げた。ガルドは鎧の具合を確かめ、イグナスは帰りの道を地図へ引いた。

 俺の前に、必要なものが四方向から来る。

 少し前なら、まず安くしようと思ったはずだ。

 今は金額をまだ足さずに、帰ってくるためにどれが要るかを聞いた。


「全部聞いたら、いくらになる?」


 イグナスが尋ねる。


「高い」


 4人とも手を止めた。


「でも、そのまま出す計画を作る」


 ガルドはパンを1つ増やす相談をやめ、地図の端を押さえてくれた。

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