第29話「返金は勝利じゃない」
4800ルーンが戻ってきた。
俺は金額を確かめ、喜ぶ前に、古い報告を開いた。
そこには9600の輸送費が載っている。
当初の支払は、その金額だった。
正しかった金額は、4800だった。
「返金の理由は、組合の誤集計でよいですか」
俺が尋ねると、窓口の担当者は頷いた。
「同じ依頼の原票と集計用の写しを、別の仕事として合計していました。運んだ回数は、1回です」
俺は2枚の紙を見た。
こちらは、同じ金額、同じ日付、同じ便。
原票と写しで、置かれる場所が違っていた。それを請求の集計へ取り込む時、2回分として足したという。
俺たちへ届いた正式な請求は、2つを合計した9600。
隊はそれを払った。
紙に証明があり、現金の出金も一致した。
それでも、請求内容には誤りがあった。
王都で提出した初回報告は、支出した事実を確認したものだ。
そこへ新しい事実が出た。
受理されたことを盾にして、直さない理由にはできない。
俺は元の数字へ、勝手に線を引かなかった。
支払った9600の記録は、そのまま残す。
今日4800を返されたことを、別の日付で加える。
結果として、輸送へ残る費用は4800。
過去に払っていないことには、しない。
照会の追加費用は、200ルーンだった。
正式な返金票と、訂正の写しを受ける。
残高40370に4800を足し、200を引く。
44970。
増えた財布を見て、イグナスが言った。
「助かった。これで、次の移動に余裕がある」
「はい。ただ、俺たちが新しく稼いだ金ではありません。多く払っていた分が戻りました」
「荷車の保証金と、同じか?」
「戻った金という点は同じです。今回は、預けると決めた物ではなく、請求の誤りでした」
俺は短く説明し、彼に返金票を見せた。
勇者は内容を確かめ、受領した金貨と銀貨の数を照合する。
額が戻ることで今日の行動が楽になるのは、事実だった。
それを喜ぶことまで、止める必要はない。
ただ、見つけた自分の戦功にしてしまうと、誰が何を直したかが見えなくなる。
返金は、窓口だけの仕事ではなかった。
オルネスが組合の控えを照合し、集計を担当した人が重複を認め、王都の責任者が訂正を承認した。
俺は、その確認文を読んだ。
誰かが単に、勇者へ礼をして袋を渡したのではない。
紙を直し、返す額を決め、同じ誤りがほかにないか調べる仕事が続いている。
「ほかの隊も、同じ請求を受けていますか」
俺が聞くと、担当者は一覧を見た。
「可能性があります。今、同じ集計の期間を確認しています」
「では、うちの分が戻ったから終わりではないですね」
「はい。こちらから、該当する取引先へ通知します」
俺はその手順を、記録した。
俺たちに戻す金だけ先に確定したので、受領する。
他部隊の分まで俺が勝手に金額を決める必要はない。
同じ誤りがありそうだと伝え、確認する担当へ渡す。
できる仕事を増やすことと、権限のない仕事を取り込むことは違う。
窓口を出る時、エレナが担当者へ礼を言った。
「訂正の連絡を、ありがとうございます」
相手は、少し驚いた顔をした。
謝る準備をしていたのかもしれない。
エレナは責任を消すつもりで言ったのではない。
直すための仕事が進んだことにも、返事をしたのだと思う。
俺も、同じように礼を言った。
返金されたことは確認した。訂正をした人の仕事も確認した。
拠点へ戻ると、もう一方の紙を机へ出した。
追加4800の請求。
こちらは、今回戻った4800と、たまたま額が同じだった。
額が同じだから、同じ誤りの結果とは限らない。
俺は2つを重ねなかった。
「この紙は、返金で解決したわけではないのね」
リシアが尋ねる。
「はい。こちらは、新しい追加の依頼があると言っています。古い輸送の集計とは別です」
「番号が同じでも、数量は増えていたわね」
「箱5つが、8つになっていました。残る3つの受取人を照会しています」
彼女は薬の箱の一覧を出した。
こちらが受けた物の番号は、全部ある。追加の3箱に対応する物はない。
ガルドは輸送車へ載せた場所を、図へ書き直した。
聖剣は専用箱。薬と魔石、天幕、炊事道具。
それ以上を受け取っていたら、御者の受領も必要なはずだ。
こちらの記憶だけで否定するのではなく、相手側の受渡しを確かめる。
軍からは、印の照会が進んでいるという連絡が来た。
まだ正式な結果ではない。
新しい請求書の発送日が、組合の手配記録より後なのは分かる。発行した部署は臨時の調達窓口だとされている。
その窓口が、隊のこの便に指示を出したか。
根拠を調べるため、中央へ書類が回っている。
俺は返答待ちの期限を更新した。
期限が延びたから、疑いが消えたことにはならない。
疑いがあるから、全額を不正と書くことにもならない。
「敵の荷札より、こっちの紙が難しいですね」
俺が呟くと、イグナスは2枚を見た。
「味方の紙だから、正しいと思いたくなる」
「そうです。初回の輸送費も、払った事実と領収が合っていたので、請求の集計まで確認していませんでした」
「隊が運んだ回数は、俺たちも言えたはずだ。次は、そこも書こう」
彼は自分の仕事を、自分から加えた。
俺が来る前だから誰かの責任ではないという話にも、経理が来たのだから全部経理が悪いという話にもしない。
どこを確認すれば気づけたかを、皆で手順へ戻す。
紙の番号と、実際に運んだ回数をつなぐ。
新しい確認用紙には、依頼、実施、請求、支払、受領の5つの欄を作った。
同じ日に終わる仕事もあるが、別の日の物もある。
原票と写しには、同じ取引番号を残す。紙の枚数を仕事の数にしない。
追加の依頼は、元の依頼を訂正するのか、別の仕事なのかを示す。
ガルドは、その紙を見て眉を寄せた。
「欄が増えた。俺には、どこへ書けばいい?」
「実施のところです。何をどこへ運んだか、分かる範囲で教えてください。残りはこちらで確認します」
「なら、できる。全部書けと言われたら、夜が終わるぞ」
俺は笑って、彼の欄に小さな印をつけた。
便利な用紙を作ったつもりで、使う人の仕事を増やすところだった。
全員が全欄を埋める必要はない。各自の見た物が、あとでつながればよい。
オルネスの確認文の最後に、短い注意があった。
訂正通知の番号は、新しい請求の番号として扱わないこと。
俺はそれを見て、目を閉じた。
誤りを直すための紙が、また請求へ足される可能性があるのか。
紙の増え方には、終わりがないらしい。
イグナスへ文を見せると、勇者は真面目に頷いた。
「同じ魔獣を2回倒したことにしない、ということだな」
「だいぶ、分かりやすいです」
俺は用紙の余白へ、訂正は新規の活動ではない、と書いた。
魔獣という字は書かなかった。
組合の人が次に読んだ時、俺たちが何を討伐したのか照会されたら困る。
返金を含む残高を、全員で確認した。
44970。
今日増えた金は、追加の予算交付ではない。古い誤集計の返還である。
当初の公費総額を、4800増やしたことにもしない。
同じ活動費の中へ、戻った金を入れる。
最終的に使わず残れば、返納する対象だ。
俺はその扱いを、受領の欄へ書いた。
その夜、ガルドが食卓で俺を見た。
「今日は、嬉しそうな顔が短かったな」
「戻った金を見ていると、見つけた自分を褒めたくなりそうで」
「褒めてもいい。ただ、俺たちが出した分が戻っただけなのは、忘れるな」
俺は頷き、温かいパンを割った。
まだ答えの出ていない請求書は、机の袋に残っている。
明日は、その紙の出所を確かめる。
俺は食事を終えてから、訂正通知だけをもう一度読み、指定された番号の位置へ綴じた。




