第28話「請求書が2枚ある」
同じ番号の紙が、2枚あった。
1枚には、2800ルーン。
もう1枚には、4800ルーン。
俺はしばらく見比べてから、足し算をしなかった。
まず、同じ仕事かどうかを確かめる必要がある。
連絡拠点へ戻ると、隊宛ての請求が届いていた。
前に麦橋町で手配した、荷物の輸送に関する物だという。
支払った2800の伝票は、俺の帳面にある。到着時に同じ料金を二度払わないと、オルネスに確認した。
届いた紙は、追加の手配と書かれていた。
車の番号、受取先、同じ便の番号。
金額と数量だけが、違っている。
「これは、支払っていませんよね」
俺が聞くと、イグナスは首を振った。
「先にナオトへ渡した。俺の方では、払っていない」
安心した。
紙が来た時に誰が払うかを決めておいてよかった。
勇者が必要だと思って承認することと、窓口で実際に金を渡すことは分けてある。
どちらか一人が全部覚えている形では、隊が分かれて動いた日に困る。
俺は2枚を机へ並べた。
支払済みの伝票は、組合の共通形式。
新しい紙も、見た目はよく似ている。
右上の番号は同じ。字の形も、印の色も近い。
印があるから正しいと、先に考えたくなる。
ガルドが、机の向こうから紙を覗いた。
「同じ番号なら、同じ物じゃないのか」
「同じ取引の写しである可能性はあります。ただ、同じ物なら金額が違う理由を確認したいです」
「書き間違いかもしれんか」
「はい。だから、まだ不正と決めません」
言いながら、俺は自分へも言い聞かせた。
不審な金額を見ると、誰かが悪いことをしていると結論を急ぎそうになる。
見つけた側の正しさを証明したくなる気分は、節約を成功と考えた時に少し似ていた。
必要なのは、気分ではなく事実だった。
照会のために、400ルーンを使った。
組合への連絡と、元の輸送記録の写し。
残高は40370。
追加の4800は、払わないまま照会中へ置いた。
請求があることと、支払う義務が確定していることを、同じ欄にしない。
オルネスからの返答は、その日の午後、巡回の窓口を通じて届いた。
彼自身が今この部屋へ来たわけではない。組合の控えの写しと、短い確認文が送られてきた。
番号は、俺の支払済み伝票と一致している。
記録された金額も、2800。
追加の輸送は、組合の通常の手配には載っていなかった。
ただ、そこで終わりではない。
公用の臨時手配が、別の担当部署から依頼される場合がある。
組合の窓口を通らず、現地の輸送担当へ指示が来ることもあるという。
オルネスの確認文には、その可能性を確かめるよう書いてあった。
同じ番号を使っているからといって、彼が作った紙だとは限らない。
イグナスは、俺たちの行程を思い出した。
荷が到着した時、箱の数を確認した。薬と魔石、天幕、炊事道具、聖剣。
増えた物はない。
道が変わった日はあったが、その時の手配は別に確認している。
リシアは薬の箱の番号を出した。
「こちらの箱は、最初と同じ。途中で新しく受けたのは、砦の補給よ。この輸送の紙に足す物ではないわ」
エレナは救護で使った車を示した。
森の運送員を戻した時の搬送は、600の手配に含まれている。
同じ輸送という言葉でも、日付と相手、目的が違う。
俺はそれを一覧へ並べ、追加4800が対応しそうな仕事を探した。
まだ、見つからない。
「払った記憶がないだけでは、証明にならないんですね」
俺が言うと、リシアは頷いた。
「私たちが別の場所で動いた時間もあるもの。自分が知らない仕事だから、存在しないとまでは言えないわ」
正しい返事だった。
俺は隊の会計担当でも、世界中の輸送を見てはいない。
払った仕事の根拠は持てる。していない仕事を全部、見て確認することはできない。
それでも、請求する側が依頼と完了を説明する必要はある。
俺たちが説明できないことを、そのまま支払う理由にはしない。
軍の連絡官に、公用の臨時手配を照会した。
どこが依頼したか。誰が受けたか。荷の受取人。完了の日付。
相手は紙を見て、眉を寄せた。
発行した部署の印がある。だが、ここで使う印とは少し違う。
最近、臨時の調達窓口が増えたため、すべての形を今すぐ分かるとは言えないという。
「王都に、登録の照会が必要です」
連絡官の答えを聞き、俺は所要日数を確かめた。
数日。
その間に、支払期限が来る。
請求書には、3日以内と書かれていた。
「期限だけを理由に、支払う必要はありますか」
「内容を照会していることを先に通知してください。公用の担当者にも、説明を求めます」
俺は照会中の通知を作った。
支払を拒否すると決めたわけではない。根拠を確認しているため、確定するまで保留する。
何を尋ねているかも、具体的に書いた。
金額が高いからではない。元の番号と対応する依頼が見つからず、数量と発行元の確認が必要だから。
安い額なら確認しない、という手順にもしたくなかった。
通知へ署名する時、イグナスは紙を読み返した。
「必要な輸送だったと分かったら、払う。今は、それが分からない。そういうことだな」
「はい。最初から誰かを責める文には、しません」
「それでいい。俺も、知らない仕事まで承認したことにはしない」
彼は署名し、俺へ紙を返した。
広い署名欄は、今日も役に立つ。
紙の内容を読まずに勇者の名だけ押す形にしなくて、よかった。
夕方、組合からもう一つ照会が来た。
同じ便の番号を確かめる途中で、当初の活動費に含まれる古い輸送請求も見直しているという。
王都の準備期間に支払った交通・宿泊・食費、合計12580の内訳だ。
俺は初回報告で受理された紙を取り出した。
宿泊と食事が、2980。
輸送が、9600。
数字を足すと、12580になる。
その9600について、組合側の控えと照合したいという。
受理済みの支出なのに、また確認する必要がある。
俺は最初、少し抵抗を覚えた。
ようやく全部を整えた。未精算ゼロにもした。これからは先の話だけをしたかった。
だが、受理されたから新しい事実が出ても変わらない、と考えるのはおかしい。
証明があることと、請求内容に誤りがないことは、同じではない。
俺は古い紙を、今の照会とは別に分けた。
「こちらも、確認します」
言うと、ガルドが椅子を寄せた。
「俺たちも思い出す。古い荷車なら、最初に運んだ物は分かる」
イグナスも、薬の購入前に運んだ時のことを話し始めた。
俺が来る前の仕事だ。
前世の知識だけでは見られない場所を、今いる人に聞く。
俺は質問の順を作り、元の依頼と請求をつなげた。
古い数字を守るために、新しい確認を断らない。
夜、2枚の請求書を、別々の袋へ入れた。
同じ番号だからこそ、混ぜれば見た順を忘れる。
届いた日、こちらが受け取った時刻、照会した相手。
元の紙に余計な印をつけず、別の控えに書く。
あとで誰が見ても、何を変更し、何をそのまま残したか分かるようにする。
リシアが、机の上の2つの袋を見た。
「紙が同じ形だと、思ったより見分けにくいわね」
「薬の瓶も、そうでしたね」
「ええ。だから、札と置き場所を変える」
俺は袋の札を大きくした。
支払済み。
照会中。
4800の紙が、財布を減らしたことにはまだならない。
ただ、その紙がどこから来たのか分かるまで、俺たちの仕事は一つ増えた。
請求書が2枚あるというだけで、誰かの悪意まで2つ見つかったわけではない。
そのことを忘れないよう、俺は照会の期限を予定表へ入れた。
最後に、2枚の数量欄を写した。元の紙では箱が5つ、新しい紙では8つになっている。俺たちが受け取った箱は5つ。残る3つの受取人を、請求元へ尋ねる必要があった。番号が同じという大きな違和感の下に、確かめられる小さな問いを置く。その3つは、誰がどこで受け取ったのか。明日から、そこを調べる。




