第27話「空箱の方が重い」
空の荷車が、4台戻ってきた。
俺は帳面の端へ、4、と書いた。
その数字を見て、敵の補給が減ったのかもしれないと言おうとした。
ガルドが先に、道の泥を指す。
「行きより、車輪が沈んでるな」
「空なのに、ですか」
「空に見える。そこまでだ」
俺は4の隣へ、外観上、と添えた。
見えた物の数と、中にある物の数は違う。
昨日、運送員に言われたことを、早くも忘れそうになっていた。
民間の荷を迂回させた翌日、俺たちは集積所へつながる道を遠くから見ていた。
軍の偵察担当者が安全な場所を案内し、敵から見えにくい丘の裏へ立つ。
倉庫へ潜入したわけではない。道を通った車と、向きを確かめている。
追加の偵察と記録の照合に、900ルーンを使った。
残高は40770。
俺は財布を確かめてからしまい、今日は道の方を見た。
戻る荷車には、大きな箱が載っている。
蓋は開いていた。遠くからでも中の空間が見える。
御者は、荷を隠すような布を掛けていない。
だから、空なのだと思った。
ガルドは、その底の高さを見ていた。
「元の箱を見たか?」
「森で見つけた物なら、写しの図にあります」
「同じ箱とは限らん。空を見せるために、上へ浅い板を入れることもできる」
俺は目を細めた。
底がある。浅いのか深いのか、ここからは分からない。
もし二重になっていたら、空の箱の下に物を入れられる。
ただ、思いついた可能性を、見つけた事実へ変えるのもよくない。
「二重底かもしれない、と残します」
「そうだ。敵も、見られる場所は分かってるかもしれんからな」
リシアは、荷車が通る順番を見ていた。
4台の間隔が、ほぼ同じ。
行きはもっとばらばらだった。戻る時だけ揃える理由があるのかもしれない。
彼女は杖を手にしなかった。ここで魔法を放てば、道を見ていることが相手へ分かる。
知りたいことのために、先にこちらの場所を教える必要はない。
4台目が、曲がり角を越えた。
そのあとに、歩いて戻る二人がいた。
荷車の御者ではない。荷を積み直す仕事をした人か、護衛か。こちらでは区別できなかった。
イグナスは偵察担当者へ、人の服装を確かめた。
軍の標章がある。
ただし、魔王軍のどの部隊かまでは読めない。
俺は荷車4、人2、と書いた。
同じ数字でも、分かる範囲が違った。
そこで、エレナが別の道を示した。
「民間の車は、まだ来ていませんね」
昨日の聞き取りでは、この時間に食料の車が1台通る予定だった。
来ていないから止められたと決めることはできない。道が悪いか、積み直しが遅れている可能性もある。
だが、先に確認する価値はあった。
イグナスは、俺とエレナを街道の連絡場所へ戻す。
リシアとガルドは偵察担当者と、もう一方の道を見る。
勇者は2つの場所をつなぐ位置へ動き、合流の期限を決めた。
俺たちがその場の思いつきだけで散らばらないよう、戻る順も確認する。
街道で、民間の御者が待っていた。
車の軸へ不具合があり、修理が済むまで止めていたという。
敵に荷を取られたわけではなかった。
俺は、聞いた内容を先に復唱した。
エレナは御者に怪我がないことを確かめる。
人も荷も無事で、到着が遅れる。
受取る村へ、短い連絡を出すことになった。
それも今日の照合の手配に含まれていたので、別の出金として増やさない。
道を戻る時、俺はガルドの歩数を思い出した。
彼は見張る場所へ入る前、岩の位置と歩く時間を確かめていた。
戻る道の長さが分かれば、連絡が遅れた時に何が起きたか考えやすい。
俺はただ、地図の上へ印をつけた。
実際に歩く人は、同じ印に身体の時間を加えている。
紙へ載らない作業が、調査の根拠になっていた。
合流したリシアは、小さな布の袋を見せた。
偵察担当者が、古い空箱の捨てられた場所を見つけたという。
敵の荷車を追いかけて奪った物ではない。廃棄され、周囲に人がいないことを確認して、表面の粉だけ採った。
場所と採取した人を記録してある。
軍が現物の箱を確保するまで、こちらが勝手に動かさない。
「この粉、触媒に似ているわ。まだ種類は確定できないけれど」
リシアは袋を光へ向けた。
白い粒が、ごく少し入っている。
「箱が空なのは、そこで中身を使ったからですか」
俺が尋ねると、彼女は首を振った。
「使ったのか、別の箱へ移したのか。今の量では、分からない。箱の内側についていた跡の方が、判断に使える」
ガルドが地図を出す。
空箱の捨て場から、別の道へ車輪の跡があった。
そこは俺たちの見ていた曲がり角を通らず、集積所の奥へ続く。
荷を積み直せば、表の道へ空箱を戻し、必要な物だけ裏へ運べる。
可能性の一つが、少し強くなった。
確定ではない。
イグナスは、軍の担当者へ次の確認を頼んだ。
裏の道に、運ぶ車が通ったか。空箱の内側の粉は、戦闘用の触媒か。民間の荷が、その道を使うことはあるか。
すべてを同じ日に確かめられるわけではない。
俺たちは、今分かったことだけを先に渡す。
見る場所を分けたから、空の車と壊れた車を同じ理由へまとめずに済んだ。
拠点へ戻ると、俺は報告の題名を考えた。
敵補給の枯渇、とは書けない。
空箱4台を確認、積替えの可能性、とした。
長く、少し格好が悪い。
リシアはそれを見て、頷いた。
「その方が、次に調べる人が困らないわ」
「敵が困っている、と書く方が分かりやすいんですけどね」
「分かりやすい間違いになるかもしれないもの」
俺は笑って、題名をそのままにした。
数字を減らすことが正しいとは限らないのと同じで、説明を短くすることも、いつも正しいわけではない。
読む人が判断できる長さを残す。
ガルドが、空箱の図を見た。
「この箱、上の縁が厚かった。重量を量れれば、別の見方もできるな」
「空の箱が、思ったより重い場合があるんですね」
「物を隠していなくても、頑丈に作れば重い。だから重さだけでも決めるなよ」
俺が次に考えそうな短い答えを、先に止められた。
重いから中身がある。軽いから空。そんな二択では、道具を読み違える。
鎧と盾でも、同じことを学んだはずだった。
「はい。次は、箱の作りも聞きます」
「誰が見たかも、残してくれ。俺の図は、リシアほど細かくない」
リシアは図へ、箱の縁の形を書き足した。
ガルドは、車輪の沈み方と道の泥を添える。
俺は、確認時刻と向きを合わせた。
違う人が見た同じ物を、無理に同じ言葉へ揃えない。
違いが残っている方が、確かめる場所が増える。
軍の担当者は、箱の側面に残った印について、一つ情報を返してくれた。
ドロメクの補給部隊が使う区分だという。名前だけ知っても、担当者がどこにいるか、どのくらいの物資を持つかまでは分からない。
「同じ印を、全部同じ便として数えないでください。部隊の区分ですから」
担当者の説明を、俺は報告へ添えた。
イグナスはその名を覚え、リシアは採った粉の照合先を確認する。敵の仕事を知る人が増えたわけではない。ただ、次に調べる記録の範囲が、少し狭くなった。
俺は今日の見取図を、軍の図と別に綴じた。こちらが見た線と、向こうが以前から知っている線を、混ぜないためだった。
夕食の前、俺は現金の箱を確認した。
40770。
今日使った900の紙はある。敵の空箱を、資産として足してはいない。採った粉も、勝手に売る品物ではない。
敵の物を見つけた日に、財布が増える話にはならなかった。
それでも、調べるべき道が一つ増えた。
イグナスが食堂から呼んだ。
「ナオト。箱の話は、食べながら聞こう」
「食料の箱まで空にする前に、行きます」
ガルドが先に席へつき、太い腰掛けを確かめた。
俺は空の器を手に取り、煮込みをよそってもらう。
中身が入れば、器は重くなる。
それくらい単純な物が、今夜はありがたかった。




