第26話「奪うより先に読む」
敵の倉庫を調べるために、俺たちは茶屋へ入った。
剣を抜く代わりに、水を5杯頼む。
倉庫からは離れている。だからこそ、そこへ荷を運ぶ人が休んでいた。
「まず、話を聞こう。見張りがいる場所へ、いきなり入る必要はない」
イグナスが入口の外で言い、俺たちは普通の客として席を取った。
普通というには、ガルドの鎧と盾が少し大きい。
彼は椅子を見るなり、立ったまま言った。
「俺の水は、外で飲む。椅子は、5人分いらん」
店の人は、ほっとした顔をした。
俺も、椅子の修理を調査費へ入れずに済んでほっとした。
軍の連絡拠点から1日。
俺たちは、北へ運ぶ荷車が集まる街道の分岐へ来ていた。
ここから先には、民間の集落へ向かう道と、魔王軍の集積所へつながる道がある。
運ぶ人の全員が、魔王軍へ協力したくて来ているとは限らない。通行を強いられたり、仕事先を変えられなかったりする人もいる。
敵の荷を見た、という一言だけで、こちらへ縛って連れていくわけにはいかなかった。
案内と現地の偵察準備に、2400ルーンを使った。
担当者に払う分、休む場所の手配、民間の道へ入る際の連絡。
隊が公費で受ける範囲を確かめ、店の水まで何でも調査費にまとめない。
水の代金は、今日の手配に含まれた食事の枠で払う。二重の出金にはしない。
残高は、41670。
数字を確認すると、俺は紙を鞄へしまった。
話を聞く相手の顔より、帳面を先に見ないようにした。
茶屋にいた運送員は、2日前に北へ荷を運んだという。
店主が、軍の公用札を確認して紹介してくれた。こちらが素性を隠して、敵の情報を盗み聞く形ではない。
イグナスは公用の調査だと伝え、答えにくいことは、その理由も含めて聞くと説明した。
運送員は、まず荷車の番号を尋ねた。
「何を見たかより、どの便か分からないと、話が合わないと思います」
俺は思わず頷いた。
同じ道を、同じ形の荷車が何台も通る。
俺の方も、出荷日だけで1つの便だと決めたくなっていた。
森で見つけた札の写しを出す。
運送員は、印を見てから首を振った。
「僕が運んだ便とは、受取先が違います。ただ、この日なら、後ろに似た印の車がいました」
「何を載せていましたか」
俺が尋ねると、相手は肩をすくめた。
「箱です。中を全部見たわけではありません」
分からない物は、箱だった。
俺は、食料か触媒かと先に分類するのをやめた。
外から見た数と、実際に開けた物を分ける。
その確認が、敵の資料でも同じように必要だった。
リシアが、別の質問をした。
「魔力の強い荷には、近づくと熱や匂いが出る場合があるの。あなたの便で、そういう荷はあった?」
「僕の車には、ありません。後ろの車は、途中で止まって、布を掛け直していました。御者は、箱を触るなと言っていました」
彼女は、相手の言葉をそのまま俺へ伝えた。
触媒と断定はしない。
確認する手掛かりとして残す。
エレナは、止まった場所へ人の家があったかを尋ねる。ガルドは外から、車の乗換えができる広場かどうか聞いた。
同じ話を、5人が違う場所から見ていた。
「その道を止めるなら、僕らも止まります」
運送員は、地図の分岐を指した。
「集落へ行く荷も、途中までは同じ道です。食料だけ別の道へ回せと言われても、橋が狭くて車が通れません」
イグナスが地図を引き寄せた。
「荷を降ろして、別の車へ載せる場所はあるか」
「あります。ただ、運ぶ人と、護衛が必要です。村の人が勝手にやれば、荷を取り上げられるかもしれない」
安くする方法ではなく、止めない方法を探している。
俺は移し替えの場所を図へ加えた。距離と、積み直す時間。必要な人。
敵の補給を止めるために、同じ道を使う人の仕事まで止める計画は、ここで直さなければならない。
運送員は、聞かれた範囲を確かめてから、名前を記録することに同意した。
俺は軍へ渡す記録に、証言者として氏名を残す。どの記録を誰へ渡すか、本人にも示した。日付と見た便、あとで確認するための連絡先。暮らしの細かな事情まで書く必要はなかった。
運送員は内容を読み、間違いがないことを確かめた。その仕事を、俺が代わりに済ませたことにはしない。紙を返してもらってから、受領の番号をつけた。
茶屋を出ると、イグナスは2組へ分けると決めた。
リシアとガルドが、荷を掛け直した広場を遠くから確認する。
イグナスとエレナと俺は、民間の荷の迂回を相談する。
連絡の期限と、戻る場所を決める。どちらかが予定を越えたら、その場で合流を待つだけでなく軍へ知らせる。
俺の仕事は、紙と人を追いかけて動きすぎないことも含まれていた。
村へ行く分岐には、壊れた柵があった。
荷車は広い道を通れても、細い道の入口が使いにくくなっている。誰かが荷を運ぶために外したのか、敵が通れないようにしたのかは分からない。
イグナスは、柵だけで敵の作戦を断定しなかった。
近くの仕事場へ聞き、村の管理する柵であることを確かめる。
外したのは、荷車が通るためだった。
敵の印が近くにあるから、壊れた物が全部敵の仕業になるわけではない。
「ここで積み直すなら、俺たちが短い区間を護衛できる」
イグナスが現地の担当へ告げた。
期間と範囲を、先に決める。
今日の調査に含まれる移送は、必要な1便まで。それ以上を毎日引き受ける約束はしない。
俺は2400の手配の内訳へ、その1便を対応させた。新しい仕事が増えたつもりで、同じ代金を二度払わない。
積み直した荷には、粉と豆があった。
魔石の箱ではない。
エレナは、保存の状態を確認し、濡れた袋を下へ置かないよう頼んだ。
俺は数を読み上げる。
向こうで受け取る人へ、同じ数を伝える。
短い区間でも、受渡しが終わるまでが仕事だった。
途中、道の先で二人の武装した者が待っていた。
魔王軍の監視についている者らしい。
俺は公用札を見せようとして、イグナスに手で止められた。
こちらの王国の札を出しても、相手が同じ条件で通すとは限らない。
話が通る相手か、距離を保ったまま確かめる方が先だった。
「この荷は、村へ届ける食料だ。戦闘物資ではない」
イグナスが言うと、一人が前へ出た。
荷を見せろという声に、脅す響きがある。
勇者は、運ぶ人を俺とエレナの後ろへ下がらせた。
「荷を確認するために、御者へ剣を向ける必要はない」
短い言葉だった。
次に相手が剣を上げた時、イグナスはもう動いていた。
俺が見たのは、刃が横へ逸れ、相手の剣が地面へ落ちるところだ。
もう一人は仲間の肩を掴み、道の先へ退いた。
追いかけることはしなかった。
目的は二人を倒すことではなく、食料と運ぶ人を通すことだった。
御者の手が、震えていた。
エレナが水を渡し、少し座るよう促す。
俺は荷の数を確認した。誰も箱を落としていない。中身を確かめるために開けた物もない。
その事実を、受領する側へ伝える。
怖い目に遭ったから品目を変える必要はないが、今後同じ道を使う危険は記録しなければならなかった。
荷が村の入口へ届くと、受取人が数を合わせた。
受領の印をもらい、俺たちは戻った。
店の水を5杯頼んだ時より、ずっと多くの仕事が終わっていた。
料金は最初に手配した2400の範囲内。
ただ、同じ形の手配をいつまでも続けられるとは考えない。軍と村へ、護衛が必要な場所を知らせる。
今日の成功を、明日の無条件な安全へ変えない。
リシアとガルドは、合流場所へ戻っていた。
広場には空の箱があり、車輪の跡が二方向へ分かれていたという。
荷を積み直している可能性がある。
確定は、まだできない。
リシアは箱の外に残った粉の種類を、魔術の材料と比べたいと話した。
ガルドは、空の車が戻る時刻を見れば、人の動きも分かると言う。
俺は2つの調査を、次の予定へ置いた。
「倉庫へ入らずに、ここまで分かったんですね」
俺が言うと、イグナスは地図の村を指した。
「先に入っていたら、この荷が通れなくなることを知らないまま、道を塞いだかもしれない」
エレナも頷いた。
俺は、敵を困らせるという短い目的の隣へ、守る人の名前を書いた。個々の患者ではなく、村と運ぶ人の仕事として。
奪うための計画を立てる前に、何が動いているか読む。
読んだあとには、実際に道を守る力が必要になる。
今日、イグナスが剣を抜いた理由は、帳面の中の数ではなかった。
帰りの茶屋で、ガルドがまた外へ立った。
店の人が、太い木の腰掛けを持ってくる。
「これなら、座れます」
戦士は、先に鎧の重さを確かめた。
腰掛けは鳴らなかった。
俺は安心して水を飲み、今日の記録へ最後の印を入れた。
椅子の破損、なし。
それは、調査の成果には入れなかった。




