第25話「魔王軍にも納期がある」
魔王の名前より、荷札の日付を先に覚えてしまった。
ラグゼオン。
軍の報告書では、その名が1枚目に大きく書かれている。
俺が長く見ていたのは、2枚目の小さな表だった。
「こちらの便は、7日おきですか」
俺が尋ねると、軍の連絡官は首を振った。
「確認できた出荷が、その間隔だったということです。すべての便を見たとは限りません」
俺は表の横へ、確認分、と書いた。
早速、分かったつもりになりかけていた。
砦から基幹路へ戻る途中に、軍の連絡拠点があった。
王都へ全部戻る前に、白石砦の報告と、中央から来た資料を合わせられる場所だ。
イグナスは魔王への道を知りたい。軍も、砦を襲った部隊の行先を調べている。
俺たちは森の荷札の写しと、現物を引き渡した受領票を持ってきた。
ただ拾った板を見せるのではなく、どこで誰が見つけ、誰へ渡したかまで説明できる。
その手順を、森から戻った案内人が教えてくれた。
情報の照合と偵察の準備に、1200ルーンを使った。
地図の写し、現地の案内、公用の連絡。支払った分と、軍が負担する調査を分けている。
残高は、44070。
先の最終討伐の予算は、まだ申請していない。
今ある金でできる調査を決め、分からないまま魔王城へ向かう計画にはしない。
報告書にある魔王の軍は、俺が思っていた物より生活に近かった。
兵が食べる物。傷を治す薬。魔術に使う触媒。武器を直す金属。
城があり、道があり、運ぶ者がいる。
魔王が強いからといって、すべての場所へ自分の手で物を届けられるわけではないらしい。
そのことを、俺は口にした。
「補給が止まれば、進軍を止められるかもしれませんね」
「止まる部隊はあるでしょう。すべてとは言えません」
連絡官は、淡々と答えた。
リシアが地図の北側へ指を置く。
「城に備えがあれば、外の便を止めてもすぐには困らないわ。それに、食料と戦闘用の触媒では、使い切る速さが違う」
俺は2つの欄を作った。
兵を動かすための物。
戦う力を使うための物。
同じ荷車へ載っていても、役割が違う。
金だけを見て、この軍は何日で動けなくなると決めるのは早すぎる。
敵の帳簿を読んだわけではないのだから。
森の荷札には、2つの出荷日があった。
それを軍の記録と合わせると、1つは前衛の部隊へ送られた便と一致する。
もう1つは、北の集積所へ向かう便と、数日の差があった。
転送か、積み直しか。違う荷札を再利用しただけかもしれない。
俺は3つの可能性を、別々に書いた。
書けば答えが出るわけではない。
どこを確かめるかを、選ぶための一覧だった。
「同じ印なら、同じ送り先ですか」
イグナスが尋ねる。
連絡官は、標章の一覧を出した。
黒い輪と、3本の線。魔王軍の補給部門が使う印。
その横に、別の細い印がある。受取先の区分らしい。
同じ部門から、違う場所へ送る便がある。
荷札が似ているから、同じ物を運んでいると決めるわけにはいかない。
「魔王軍にも、書類を見て揉める担当がいるんでしょうか」
俺が言うと、ガルドが紙を覗いた。
「いるだろうな。兵が10人増えたのに、飯が9人分しかなければ揉める」
「相手にも、現場の確認が必要なんですね」
「敵だからといって、飯を食わんわけではないからな」
彼の声は軽かったが、敵を馬鹿にしてはいなかった。
自分たちが苦労したことを、相手なら苦労しないと考える方が不自然だ。
同じように物を必要とするからこそ、動きが読める場所がある。
同じように知恵を使うからこそ、読み違える場所もある。
調査の範囲を相談した。
軍は北へ向かう部隊の位置を追う。
討伐隊は、集積所へつながる街道の情報を集める。
俺が敵の資金を計算しただけで、軍へ作戦命令を出すことはない。
見えた情報を、見える範囲で渡す。判断は、その場の戦闘と軍全体を知る人が合わせる。
イグナスは、まず民間の輸送員へ聞くと決めた。
「荷車を見ている人の方が、出入りの時間を知っているかもしれない。倉庫へ入る前に、道を確かめよう」
リシアは賛成した。
ガルドも、荷の匂いや車輪の跡から分かることがあると答える。
エレナは地図の村の印を見た。
「同じ道を、市民も使っていますね。全部止めたら、その人たちの食料も止まります」
俺は補給を止めるという言葉を、もう一度書き直した。
敵の戦闘用の物資を止める。
それでも、具体的に分けられるかは調査が必要だ。
短い言葉のまま先へ進むと、助けるはずの人まで困らせる計画になる。
拠点の外では、荷車の列が道へ入っていた。
兵の荷と、商人の荷。表についた印は違うが、同じ橋を渡る。
御者が、水を汲みに車から降りる。係員が通行票を確認する。
俺は窓からその動きを見た。
敵の便を読むなら、まず自分の側の輸送が何をしているか知る必要がある。
箱の数、出発の時刻、途中で止まる理由。
昨日まで経験したことが、資料の読み方を少し変えていた。
軍の担当者は、確認できた情報へ印をつけた。
出荷した日。実際に通った道。到着を目撃した場所。
途中で分からない部分は、線が途切れている。
俺はその切れ目へ、勝手に1本の線を足さないよう気をつけた。
紙の空白を埋めることが、仕事ではない。
空白をどう確かめるか決める方が、次の仕事だった。
「この先の集積所は、いつ補給が来ると考えていますか」
連絡官が、俺へ尋ねた。
俺は資料を見て、返事を選んだ。
「確認された間隔どおりなら、3日後です。ただ、出荷と到着の間に、積み直している可能性があります。到着日まで同じとは言えません」
「その答えを、記録しておきます」
彼は俺の言葉を、そのまま書いた。
断定しなかったことで、弱い情報になったわけではない。どこまで確かめたかが分かる情報になった。
俺も、資料を見せた人へ同じように返したいと思った。
夕方、隊だけで次の行程を相談した。
当面は、連絡拠点の近くで輸送路を調べる。王都へ戻る準備は維持し、調査が長くなるなら費用と日程を見直す。
新しい道へ入る場合は、装備の点検から始める。
1200の鎖は、鞄の奥へしまわない。
ガルドに位置を聞き、補助帯と同じ袋へ入れた。
「前の世界の経理は、こんな調査もするのか?」
イグナスが尋ねる。
「俺は、ここまでの仕事はしていませんでした。資料と実物を合わせることはありましたが、敵の荷車を見に行ったことはありません」
「なら、分からない所は俺たちに聞いてくれ」
「お願いします。俺も、紙の番号と現金の動きは確認します」
俺はガルドへ、明日の道で退く場所も教えてほしいと頼んだ。地図の写しを広げると、彼はまず、荷車が向きを変えられる所へ指を置いた。
食事の時、ガルドが敵の荷札の写しを見た。
「この印は、荷が濡れても読めるよう、深く刻んでるな」
「紙だけでは、ないんですね」
「長い道を通るなら、そうする方がいい。俺たちも、箱の番号は消えない場所へ入れてる」
俺は写しに描かれた、木の札の縁へ目を落とした。
敵も、荷を届けるための工夫をしている。
その工夫を真似して親しくなる話ではない。見落とせば、相手の動きを甘く考えることになる。
魔王軍にも、物を間に合わせる仕事がある。
間に合わなければ困る日がある。
そして、間に合わせるために、俺たちの予想とは別の道を選ぶかもしれない。
夜、俺は見積の表へ、調査で確かめる項目を書いた。
便の間隔。積み直す場所。戦闘用と民間用の荷の区別。見つからなかった場合の帰還日。
最後に、別の1行を足す。
この表だけで、敵が止まると考えない。
リシアがそれを見て、頷いた。
「いいわ。私たちは、相手が動けるつもりで準備する」
俺は帳面を閉じた。
魔王の名前を、もう一度、口の中で確かめる。
ラグゼオン。
俺の帳面に、その名へ向かう道が初めて入った。
まだ、到着日の欄は空いていた。




