第24話「領収書つきの帰還」
勝利報告の1枚目に、俺は失敗を書いた。
白石砦の迎撃成功、とある行の下へ、峠での事故と行程変更を添える。
イグナスは、それを読んで頷いた。
「順番は、このままでいい」
「英雄の報告としては、少し地味かもしれません」
「俺たちがしたことの報告だ。派手なところだけで、旅をしたわけじゃない」
勇者は机へ座り、広くなった署名欄へ名前を書いた。
今回は、右端へ届く前に終わる。
俺はそれを見て、別の失敗は一つ減ったと思った。
砦での迎撃から、連絡便を待った日も含めて6日が経った。
負傷した兵は救護所へ移り、物資の残量が確認された。敵の後続を調べるため、王国軍が谷へ偵察を出している。
俺たちの任務は、砦を守るだけで終わりではない。魔王の城へ進む前に、この先の活動を相談する必要があった。
追加60000のうち、受け取ったのは30000。
残り30000は、砦救援の実績と物資使用の報告を確認してから交付される。
その条件が、今日、紙としてまとまった。
原紙は3種類に分けた。
隊が購入・使用した物。
砦から支給され、砦側で負担した物。
救護や輸送で、別に手配した物。
棚から出した物を全部、俺たちの支出にしない。逆に、隊が払った物を砦の帳面へ勝手に置かない。
境目を確認するために、補給担当者と同じ机で作業した。
「この薬は、隊から受けましたか」
「こちらから渡しました。残った分は、この箱です」
「では、受領と使用は分けてください。受け取った日に、全部使ったことにはしません」
俺の答えに、補給担当者は頷いた。
俺の帳面だけが正しいのではない。同じ物を別の立場から見て、双方の数字が合うようにする。
王都の審査で、ゼフィナが求めた仕事を、ここでもしていた。
臨時支出1800については、薬の受領と搬送の完了を確認した。
隊長の事後承認。現場で先に手配した理由。
治療を待たせないために使ったことを、エレナの記録とつなぐ。
患者の詳しい傷の情報を、費用の紙へ丸ごと写さない。
確認が必要な人へは救護所が対応できるよう、照会先を残した。
俺の机を通らなくても、原記録へたどり着ける形にする。
リシアは、使った石を並べた。
未使用、使用途中、使い切り。
見た目はよく似ているが、残量は違う。
俺は箱の数から新品の数を決めないよう、一つずつ記録と照らした。
「使いかけを、全部捨てる必要はないわ。でも、次に同じ出力を出せるとは思わないで」
「野営用と、戦闘用を分けます」
「それでいい。あと、濡れたメモは、原記録として出さない方がいいわね」
彼女は俺の紙を見た。
乾いてはいるが、字が少し滲んでいる。
俺はそれを報告の根拠にせず、元の見積と使用の記録へ対応させた。
メモを作ったことまで消す必要はない。ただ、何を確かめた根拠かを、取り違えないようにする。
ガルドの装備の報告には、5000の補修を載せた。
砦の迎撃で使った状態も、確認する。
峠の事故で受けた傷を、全部魔獣の攻撃でついたことにはしない。
俺は、その書き方をガルドに見てもらった。
「俺が盾で岩を支えたことは、このままでいい。ただ、鎧が全部壊れたと読めるな。傷んだのは肩帯だ」
俺は表現を直す。
大変だったという説明をしたくて、道具の傷まで大きく書くところだった。
何が起きたかを正確に残せば、必要な費用の説明にもなる。
強い言葉で、足りない事実を補わない。
旅程の失敗には、俺の判断を書いた。
鎖を見送った理由。道が変わった時の相談不足。事故のあとに購入し、使い方を確認したこと。
イグナスはその下へ、隊として行程を変更したことを添えた。
俺一人が全部決めた報告にも、勇者が全部直した報告にもしない。
帰るための計画は、5人の判断を使って変わった。
報告と帰路準備に、1000ルーンを支払った。
現金は15270になる。
交付が来る前に、その金を使い切らない。王都へ戻る場合も、途中で必要な支出がある。
俺は帰路の欄を指で追い、見込む費用が手元の金へ収まることを確認した。
後半30000を受け取れるかどうかは、報告を送っただけでは確定しない。
公用の中継鳥は、砦の塔から出発した。
籠に入れた封書が、あっという間に王都へ飛ぶわけではない。途中の中継所を経る。
返答までの時間を、俺たちは最初から見ていた。
その間に、敵の荷札の照会も進めた。
森で見つけた2つの出荷日と、受取先の印。
現物は軍へ渡した。こちらは写しと、引渡しの受領票を持つ。
敵の箱を持っているつもりで、数を合わせない。
待つ間、イグナスは兵の訓練を手伝った。
リシアは術式の残量を調べ、エレナは治療の引継ぎを終えた。ガルドは盾の扱いを若い兵へ教えていた。
俺は補給担当者と、箱の番号を合わせる。
箱と箱が似ているから、中身も同じとは限らない。
紙の仕事でも、少し触って確かめることが増えた。
返答が来た朝、俺は箱の確認をしていた。
名前を呼ばれ、塔の窓口へ行く。
王国会計監査院の印がある封書だった。
初回のゼフィナの書き方が、すぐ分かった。
短く、具体的で、全部よかったという言葉はない。
砦救援の実績と支出の報告は受理。
追加承認60000のうち、後半30000の交付を実行する。
峠での事故は、再発防止の手順を次の行程へ反映すること。
道具の点検と、行程変更時の相談を続けること。
失敗を報告したから、褒められたわけではない。
直した手順を次にも使うよう、求められた。
「通ったな」
イグナスが俺の肩越しに読んだ。
「はい。後半を受け取れます」
「財布より先に、顔が軽くなったぞ」
「昨日まで、少し考えていました。事故の報告で、次の活動が止まるかもしれないと」
俺が言うと、勇者は少し眉を寄せた。
「隠していたら、次も同じ道を選ぶかもしれない。そっちの方が、隊には困る」
正しい言葉だった。
報告を出す時には、その通りだと思えた。結果を待つ時には、また怖くなる。
俺は、その気分まで帳面へ書く必要はないと思った。
仕事の手順は、怖い時にも使える形へ残せばよい。
交付の窓口で、30000ルーンを受け取った。
金貨30枚。
前回と同じ枚数でも、今度は空の革袋を忘れなかった。
俺とイグナスが数を確かめ、受領書へ署名した。
手元15270に加えて、45270。
未受領の欄から、後半30000を移す。
初回と合わせて追加60000は、すべて受領済みとなった。
部屋へ戻ると、俺は全員へ数字を見せた。
リシアは補充の予定を見て、エレナは神殿への照会中の欄を確かめた。ガルドは、帰る場合の費用を見る。
イグナスは砦の地図を出した。
「先の軍の情報を、中央の報告とも合わせる。ここだけの資料で、城までの道は決めない」
俺は頷いた。
資金が増えたから、分からない道まで進めるわけではない。
軍の調査と、敵の荷札の結果を合わせる。次に必要な活動を、改めて見積もる。
当初の120000だけで魔王討伐まで賄えるか、王国も十分に見積もれていなかった。
それを、勇者の根性だけで埋める計画にはしない。
砦を出る時、救った兵の一人が門の前へ来た。
腕に布が残っているが、自分で歩いていた。
イグナスとガルドに礼を言い、リシアとエレナへ頭を下げる。
俺にも向き直り、少し考えてから言った。
「薬を渡してくれた人ですね」
「箱を開けた人です」
俺が答えると、兵は笑った。
「箱が開かなければ、薬は出ません。ありがとうございました」
俺は礼を受けた。
自分の仕事を小さくする返事を、今日は続けなかった。
強い4人が戦い、治療した。
俺が開けた箱も、その途中にあった。
帰路の最初の休憩で、ガルドが紐を点検した。
俺も隣で、補助帯と鎖を見る。
イグナスが次の道を示し、リシアが薬の箱の封を確かめ、エレナは俺の膝を見た。
5人が同じ方へ歩く前に、5人とも少し立ち止まる。
その時間は、最初の計画より増えていた。
俺は増えた理由を知っているので、遅れという1字だけでは書かなかった。
領収書つきの帰還は、まだ道の途中だった。
けれど、帰る5人の名前には、もう印がついていた。




