第21話「休むための予備費」
水車町を発った翌朝、休養日の予定表を作ると、休む時間がなくなった。
俺は書いた欄を見直し、半分を消した。
武器の点検、薬の確認、伝令、次の行程、食材の仕分け。順番に並べればできると考えたが、順番にすると1日が終わる。
「これでは、普通の作業日ですね」
「そうね。普通の作業日を、宿でやるだけだわ」
リシアが、俺の紙へ目を落とした。
杖の点検は必要だと言った本人だが、それを半日続ける必要はない。水車町で、俺は何もしない時間を残したつもりだった。
夜に気になる仕事を加えたら、朝には余白が減っていた。
予備費の話なら、使っていない金を勝手に全部使わないよう確かめる。予備の時間も、同じはずだった。
水車町から次の宿場までは、半日ほどで着いた。
水車町で膝を診てもらい、無理のない距離へ変えた結果だ。
急げばもう少し進める。それでも、ここで1日休むことを隊で決めた。
イグナスとガルドは、これから砦へ近づけば戦闘が増えると考えている。リシアは杖の保守、エレナは体力の回復。俺は脚の状態。
それぞれに、休む理由があった。
宿泊と食材、道具を洗う場所の使用を合わせて1600ルーン。
残高は22270になる。
働かない日に金を払う、と書けば無駄に見えるかもしれない。
次に働けるようにするための時間と場所だと、俺は報告へ書いた。
まず、どうしても今日必要な仕事を決めた。
リシアの杖は、留め具を締め、魔石の接触を確かめる。
ガルドの盾は、雨のあとの帯と金具を見る。
イグナスの連絡文は、水車町で決めた行程変更と事故の報告を送る。
薬の数は、救護所での使用分だけ確認する。全部の瓶を、もう一度並べ直さない。
俺は、その4つの開始時間を同じ朝へ詰めず、使う道具が重ならないよう少しずらした。
終わった仕事を次の仕事で埋めない。
そこまで書いて、予定表を閉じた。
「伝令のあと、何をする?」
イグナスが尋ねた。
俺は、困った。
仕事なら言える。休むための具体的な行動は、思いつきにくい。
「少し、座っているつもりです」
「それなら、川を見に行くか。宿の裏なら、長く歩かない」
俺は窓の外を見る。
水車町から離れても、川は近い。丸い石の間を水が流れ、岸の草が揺れている。
魔王への道には、予定に書かない景色もあった。
「点検が終わったら、行きます」
「いい。帳面は、部屋へ置いていけ」
先に釘を刺され、俺は少し笑った。
持っていけば、川を見ている間も紙を開いたかもしれない。
午前の作業で、現金の分け方を変えた。
救護にすぐ使える小銭を、通常の財布とは別の袋へ入れる。
金を分けたから支出が増えるわけではない。全体の残高は同じだ。
それでも、誰がどこから使ったか分かるよう、移した額を控えた。
緊急時に薬の運送を頼むための2000ルーン。銀貨と銅貨で持つ。
公費の用途が変わるわけではなく、使った理由はその都度確認する。
俺は袋へ、救護連絡用、と札をつけた。
イグナスと、俺の返事を待てない時の使い方も決めた。緊急の薬と搬送は、一度にこの2000ルーンまで。リシアかエレナが必要だと判断したら手配し、明細は戻ってから俺が受け取る。
「帳面を開くために、治療を待たせるなよ」
イグナスは札の紐を締めた。
「私が持つんですか」
エレナが袋を見た。
「使いやすい人が持つ方がいいと思います。どこにあるか全員に伝え、使った時は俺に知らせてください」
「治療の途中で、私が支払うことは難しいかもしれません」
その返事で、俺は持ち方を考え直した。
治療担当が財布も開く手順にすれば、別袋でも待つ時間ができる。
イグナスが、荷物の配置を指した。
「ナオトが手元へ持ち、誰かを送る時に渡せばいい。エレナは薬を持つ。連絡する人と、治療する人を同じにしなくていい」
「分かりました。俺が持ちます。俺が動けない時に取り出せる場所も、決めておきましょう」
鞄の右側の小さな袋。
薬の袋とは形を変える。口を開ける紐は、掴みやすい長さにした。
リシアが札を読んで、位置を確認する。ガルドは紐がほどけないか確かめた。
持つ人が決まっても、その人だけが扱える物にはしない。
紙の防水袋で覚えた方法を、現金にも使った。
そのあと、服を洗った。
俺の袖には、荷車の泥の名残があった。洗ったつもりでも、縫い目の奥へ少し残っている。
ガルドは袖を水へ入れ、すぐに強く揉まないよう教えた。
「先に、水を含ませる。固い泥を擦ると、布が減る」
「荷車でも、木目を削りそうになりましたね」
「道具が違っても、力を入れすぎると困る場所はある」
戦士が洗濯に詳しいとは、転生した日に想像しなかった。
長く旅をしていれば、自分の服を乾かす仕事も必要なのだろう。
エレナは、乾いた包帯と洗う布を分けた。リシアは薬品の触れた布を、普通の服の桶へ入れない。
俺は、全部の布を一度に洗えば早いとは言わなかった。
早くするために混ぜてはいけない物を、昨日までにもいくつか見ている。
昼前、点検と連絡が終わった。
イグナスと川へ行くと、ガルドも後ろからついてきた。
鎧は部屋へ置いてある。盾も、聖剣もない。ただし、イグナスの腰には予備の剣があった。
休むことと、何も備えないことは同じではない。
川岸の石へ座り、俺は靴を少し緩めた。
膝の痛みは、昨日より小さい。
水の音を聞いていると、何かを書き残さなければという気分が、少しずつ消えていく。
「前の世界では、休む日は何をしていた?」
イグナスが尋ねた。
俺は、思い出すのに時間がかかった。
「買物をして、洗濯をして、あとは……仕事のメールを見ていました」
「めーる、というのは、伝令か?」
「そんな物です。遠くの人の連絡を、その場で読めました」
便利だな、と言われると思った。
勇者は川を見たまま、別のことを言った。
「休んでいても、届くのか」
「届きます。すぐ返さなくても、よかったんですけど」
「でも、見たら返したくなる」
俺は頷いた。
どこへ転生しても、連絡の方法だけで癖は変わらない。
こちらでは伝令に日数がかかる。その時間を不便だと思いながら、待ってよい理由にもしている。
前の世界にも、待ってよい時間はあったはずだった。
「今日は、帳面を持ってこなくてよかったです」
俺が言うと、ガルドが川の向こうを見る。
「休む時に荷を置くのも、練習だな。お前のは軽いが、手から離れにくい」
紙の重さと、仕事の重さは違う。
俺は川の石を1つ持ち上げ、また置いた。
何かを持たない手でも、落ち着いていられる。
その練習なら、今日は少しできそうだった。
宿へ戻ると、昼食を5人で作った。
宿の炊事場を使う分は、今日の1600に含まれている。鍋と蓋は、荷車から一度出していた。
例の蓋が、ちゃんと役に立つ。
ガルドが肉を薄く切り、エレナは豆の柔らかさを確認する。リシアは火を強くしすぎないよう見ていた。
俺は、水の量を計ろうとした。
「煮える間に、少し減りますよね。そこも、計算した方が」
リシアが俺の手へ鍋を寄せた。
「今日は、その減り方を見て。紙へ書くより先に」
俺は鍋の縁を見た。
水は目に見える速さでは減らない。豆は少しずつ形を変え、肉の匂いが濃くなる。
記録を取るのもよいだろう。だが、今は使う物と、変わる様子を見ているだけで分かることがある。
イグナスはパンを切り、ガルドへ渡した。
俺が量を見積もった分だけでなく、誰がどのくらい食べるかを、本人が選ぶ。
煮込みを食べている時、ガルドが静かになった。
川へ行く前から少し眠そうだったが、食事でさらに眠気が来たらしい。
彼は食べ終えると、椅子へ背を預けた。
「昼寝をしても、いいか」
「もちろんです。見張りは、どうしましょう」
俺が尋ねると、イグナスが窓を見た。
「町の宿だ。昼は荷物の場所を施錠して、二人が起きていればいい。俺とリシアで見る。ナオトも、膝を休めてくれ」
仕事を探せば、また見つけられた。
洗った布を干し直す。次の残高をまとめる。砦までの距離を読み返す。
俺はその3つを、今日は急がない物へ戻した。
椅子へ座るだけではなく、寝台へ横になる。
布をかけると、脚の重さが下へ逃げた。
目が覚めた時、夕方の光が窓へ入っていた。
昼寝をするつもりではなかったが、眠っていたらしい。
帳面を見ても、残高は増えていない。
そのことを、今日は当然だと思えた。
増えたのは、動かせる脚の軽さと、誰かへ返す声の余裕だった。
「眠れましたか」
エレナの問いに、俺は頷く。
「はい。予定表から消した時間を、ちゃんと使えました」
「それは、よかったです」
彼女は、それ以上の評価をつけなかった。
休みを成績にする必要もない。
俺は救護用の別袋の位置だけ確かめ、残高の紙を閉じた。
1600ルーンで、1日が何もしない日に変わったわけではない。
仕事を全部詰め込まない日を、5人で作れた。
次の砦へ持っていくのは、薬と装備と現金だけではない。
今日戻った余力も、荷の中へ入った。




