↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界に転生したら、勇者パーティーの経理担当になった  作者: 雨宮 弦


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/48

第18話「俺が断った鎖」

 1200ルーンの鎖を、俺は買わなかった。

 その判断を後悔した時、1200という数字は頭から消えていた。

 代わりに見えたのは、足の下から遠ざかる地面だった。


 峠の手前の店で、ガルドが鎖を持ち上げたのは2日前だ。

 短い鉄の鎖。両端に大きな留め具がついている。荷を下ろす時や、狭い斜面で補助をするための物だった。


「今ある縄で、同じことはできませんか」


 俺は荷物の欄を見ながら尋ねた。

 縄は点検してあった。長さも控えた。ほつれは目立たず、ガルドも今すぐ捨てる状態ではないと言っていた。

 代わりがある物を増やすより、次の薬代へ残したい。

 理由だけなら、間違っているとは思わなかった。


「縄でできることもある。ただ、岩へ当てて引くなら、鎖の方が持つ」


 ガルドは、鎖のつなぎ目へ指を当てた。


「峠の道が全部、濡れたままとは限らん。必ず使うとは言わないが、あれば選べる場所が増える」


「正規の道を使う予定です。今は、見送ってもいいですか」


 俺は、使わない予定だから不要だとまとめた。

 イグナスは地図と道の情報を見て、危険な斜面へ入らない方針を確認した。ガルドも、それなら今は縄を維持すると答えた。

 誰かが俺の数字だけを信じて、危険を選んだわけではない。

 ただ、俺の見積の中には、道が予定どおりでなかった場合の余裕が足りなかった。


 今日、峠の橋が一部崩れていた。

 荷車は、手前の広い場所で止まる。

 案内人は、歩いて渡れる迂回路を示した。人が先に反対側へ入り、橋の保守担当へ状況を伝える。荷車は安全な補修が済むまで待つ。

 崖を無理に渡る計画にはしない。

 小さな沢の上にある足場は狭いが、案内人が状態を確かめ、4人の装備と俺の歩き方を見て、縄を使うと決めた。


「荷は、いったん分けよう。ナオトは、自分の鞄だけ持って渡る」


 イグナスが先に行き、向こうの木へ縄を留める。

 ガルドがこちらで、俺の腰の補助帯を確かめた。

 リシアは岩の表面を見て、滑りやすい所へ印をつける。

 エレナは、最後に渡る予定だった。

 手順はあった。

 俺も聞いた。

 そこまでしても、足の置き方を間違える時はある。


 沢の中ほどで、小さな石が動いた。

 俺の靴が滑る。

 とっさに縄を掴んだが、身体の向きが外へ回った。鞄の重さに、肩が引かれる。

 イグナスの声がした。


「止まれ! 縄を、離すな!」


 止まりたい。

 身体が、止まり方を知らない。

 足場の端へ踵がかかり、次の瞬間、片方の脚が空へ出た。

 腰の帯が、俺を支える。

 縄は切れなかった。

 ただ、岩の角へ擦れ、引く方向が悪い。自分の手で戻ろうとしても、腕に力が入らない。

 落ちないよう支えている物と、元へ戻すために引ける物は、同じではなかった。


 ガルドが、俺の後ろから腕を伸ばした。

 片方の手が鞄の肩紐を掴む。もう片方の腕で、俺の身体を足場へ寄せた。

 盾が岩へ当たる音がする。

 俺は、謝る言葉を飲み込んだ。

 今、話して腕の力を抜く方が邪魔だ。


「膝を、岩へつけろ。手は、離さんでいい」


 彼の声で、俺はようやく脚を動かした。

 膝が硬い面へ当たる。

 痛いが、空中よりいい。

 リシアが、短い術式を使った。鞄が外へ振れないよう、岩へ押さえられる。

 イグナスは縄の位置を変え、俺を引く。

 誰か一人の力だけで、俺が戻ったわけではなかった。

 俺の膝と、ガルドの腕と、勇者の縄と、魔術師の一瞬が、同じ方へ動いた。


 足場の広い所へ戻った時、俺は立てなかった。

 イグナスが、急がなくていいと手を下ろす。

 エレナが駆け寄り、俺の膝を見た。

 擦り傷と、軽い打撲。動かせる。出血も少ない。

 腰の帯が支えた場所は、赤くなっていた。


「しばらく、座っていてください。息を、ゆっくり」


 俺は、言われた通りにした。

 いつもは、頭の中で数字が続く。

 今は、呼吸を数える方が難しかった。


 ガルドは、岩へ当たった盾の縁を確かめていた。

 傷が増えている。

 俺を見て、彼はすぐに手を下ろした。


「今、そこを気にするな。先に、脚だ」


「俺が、鎖を断ったから」


 ようやく言葉が出た。

 ガルドは首を振り、縄を見せた。


「この縄が切れたわけじゃない。お前が滑った。滑ったあと、引きやすい場所を作るのに、鎖があれば方法を増やせた。そこは分けよう」


「でも、使わない予定だからいらないと、言いました」


「言ったな。俺も、道が変われば見直すと、もっとはっきり言うべきだった」


 誰かが、俺の失敗を全部取り上げてくれるわけではない。

 俺だけが悪いという短い話にも、しない。

 何を見落としたかを、具体的に残す。

 それは、今まで俺が人へ求めていた仕事だった。


「1200を残せば、薬を買えると思いました。必要かもしれないという装備より、必ず使う物を優先したくて」


 俺は膝から手を離す。


「自分が道で動けなくなることを、見積に入れませんでした。帰るための余裕を、使わない物だと思った」


 イグナスが隣へ腰を下ろした。


「1200を使っていても、滑ることはある。金で事故を全部消せるわけじゃない。ただ、準備できる方法を減らすなら、その理由を皆で見よう」


「はい。俺も、金額だけの理由では断りません」


 約束は、大きすぎない方がいい。

 二度と判断を間違えない、とは言えない。

 必要な条件を聞き、道が変わった時にもう一度確かめる。それなら、仕事の手順にできる。


 沢を渡るのは、今日は中止した。

 イグナスと案内人が、安全な側から橋の保守担当へ連絡する。俺たちは荷車へ戻り、待つ場所を確保した。

 敵が来ているわけでも、今すぐ向こうへ行かなければ誰かが死ぬわけでもない。

 予定の遅れを取り戻すために、次の危険を選ばない。

 俺はそれを聞いて、また少し恥ずかしくなった。

 数字を早く戻すことと、遅れを取り戻すことを、同じように考えていたからだ。


 店へ引き返すのは、俺とガルドだった。

 荷車が来た道で、長くはない。膝を確かめながら、ゆっくり歩く。

 イグナスは連絡、リシアは道具の点検、エレナは俺の傷の再確認を帰着後にする予定。

 俺の失敗を、全員が別の仕事で支えていた。


 店の人は、鎖を出した。

 2日前と同じ1200。

 俺は金額を確かめ、代金を払う。

 残高31170。

 その数字は、今日はすぐ頭へ入った。

 使った金が、俺の失敗の罰になったわけではない。これから使う道具を、今買っただけだ。

 そこを混ぜると、次に同じ相談をした人まで責めることになる。


「使い方も、教えてください」


 俺が尋ねると、店の人は留め具を開いた。

 向きと、閉じた時の確認。岩へ直接当てる場所と、帯へつなぐ場所。人体を鎖だけで締めないこと。

 ガルドも横で見た。

 買えば、使い方が自動で分かる物ではない。

 俺は店の台で留め具を動かし、閉じたことを二人に確認してもらった。


 荷車へ戻り、俺は判断の経緯を書いた。

 鎖を見送った日。正規の道を通る予定だったこと。雨による橋の損傷。迂回路で滑り、縄と帯、仲間の介助で戻ったこと。

 鎖があれば必ず事故を防げた、とは書かない。

 備えを見直すべき時に、十分に相談しなかった。

 最後に、その1行を加えた。


「皆にも、確認をお願いします」


 紙を出すと、リシアが読んだ。


「術式は、荷を固定するために使った。あなたを宙へ持ち上げたわけではないわ」


 俺は表現を直した。

 ガルドは縄の状態を、エレナは怪我の程度を確認した。イグナスは行程を変える判断の時点を添える。

 謝罪だけなら、短く済む。

 次の判断に使える報告にするには、皆の仕事を正確に残す必要があった。


 夜、膝の傷が少し痛んだ。

 エレナは腫れを見て、明日は無理をしないようにと言った。

 俺は帳面を閉じ、鎖を袋へ入れる。

 ガルドが隣で、傷の増えた盾を置いた。


「明日、道具を一緒に点検しよう。断ったことを、ずっと考えてるよりいい」


「はい。お願いします」


 俺は膝の布を直した。

 1200を使った日の帳面は、赤字にはならなかった。

 けれど、今日俺が減らしたのは、金だけではない。

 仲間の余力と、予定の時間も使った。

 それを思い出すために、まずは明日、同じ場所へ座って道具を見る。

 謝ったあとにも、できる仕事があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。