第17話「敵の荷札」
森へ入る人の名前を、俺は紙に書いた。
イグナス、リシア、エレナ、ガルド。
戻ってきたら、4つとも印をつける。
帳面の外で待つ仕事は、思っていたより長かった。
街道の分岐に、捜索の担当者が来ていた。
昨日聞いた2人のうち、一人は夜遅く戻ったという。足を捻り、もう一人と離れてしまった。
救護所で休んでいる人から、最後に見た場所を聞くことができた。
小さな橋を越えた先。荷を積んだ車が動かなくなり、戻る途中で魔獣に遭った。
もう一人が、木の斜面の方へ逃げたという。
「道を知っている人を、一人お願いする」
イグナスが、捜索担当者へ告げた。
4人だけで未確認の森へ入るわけではない。道の状態を知る案内人がつく。
俺は案内人の名前も、別の欄へ書いた。隊の4人と、同行する一人。帰りには、見つけた人が加わるかもしれない。
見つかる前から、救助済みの印はつけない。
「ナオト。連絡が来たら、ここで受けてくれ」
イグナスは俺の立つ場所を確認し、合図を繰り返した。
俺も声に出す。
分からなければ聞き直す。急いでいても、自分の判断で森へ入らない。
ガルドが俺の鞄を見た。
「紙を取り出すのは、知らせを聞いてからだ。顔を上げて待てよ」
「はい。手元に、潜らないようにします」
彼は頷き、4人は森へ入った。
木の間から最後に見えたのは、盾の縁だった。
俺は荷車の御者と、受入れの準備をした。
救助した人をどの車へ乗せるか。荷を少し移して横になる場所を作れるか。街道を引き返し、救護所へ運ぶ場合の手配。
600ルーンで、短区間の搬送と組合への通知を確保した。
費用の支払先は、輸送担当。神殿の治療費を先に払ったわけではない。
昨日の残高32970から、600。
32370。
帳面に書く数字は短かった。
待つ時間の方が、ずっと長い。
森の音を、俺は一つずつ意味づけそうになった。
枝が鳴る。鳥が飛ぶ。遠くで何かが落ちる。
どれが戦いの音か、分からない。
分からないことを、分からないまま聞くのは苦手だった。
御者が、俺へ水を渡す。
「しばらく、ここからは見えません。音だけで走って行かない方がいい」
「走らない約束です」
「それなら、座っても聞けますよ」
俺は石の上へ座った。
焦って立ち続けても、森へ入った人の足が速くなるわけではない。雨の日のお茶で覚えたはずのことが、別の場所になると難しい。
鞄の口を確認しかけて、手を止めた。
閉まっている。今朝、確かめた。
知らせが来たのは、日が高くなる前だった。
案内人が一人、街道へ戻ってきた。
運送員は見つかった。意識があり、脚を傷めている。エレナが応急の治療をし、ガルドが運ぶ準備をしているという。
魔獣は、イグナスとリシアが退けた。
俺は言葉を聞き終えてから、復唱した。
「一人、意識あり。脚の怪我。こちらで車を待機させます」
「そうです。道が狭いので、荷を置く場所を空けてください」
案内人は、それを伝えると再び森へ戻った。
御者と一緒に、車の脇を空ける。
俺は縄を動かした。先日の護衛で引いたのと同じ形の縄だ。赤くなった指へ、少し痛みが戻る。
痛いなら、持ち方を変えればいい。
今日の仕事を止めるほどではない。
やがて、ガルドが森から出てきた。
背に、一人の男を負っている。エレナが横を歩き、包帯の位置を確かめた。
イグナスとリシアは少し後ろ。案内人も、揃って戻った。
俺は紙に、印をつけた。
4人と一人。
救助した人は、別の欄へ一人。
書いてから、紙をすぐに閉じる。車へ移すのを手伝う方が先だった。
「頭を、そちらへ。足の下に、この布をお願いします」
エレナの指示で、畳んだ布を入れる。
ガルドが身体を下ろし、運送員は短く息を吐いた。
水を渡すか迷うと、エレナが少しずつと教えてくれた。
治療の判断は彼女に聞く。俺が先に良かれと思って決めない。
「もう一人は、戻っています。救護所で、待っています」
俺が伝えると、男の顔が変わった。
「よかった……あいつは、橋の方へ……」
「今は、足を休めてください。話は、落ち着いてから聞きます」
エレナが、静かに答えた。
俺も、最後に通った道をすぐ尋ねるのをやめた。
情報は必要だ。だが、質問する側の都合だけで人を急がせなくていい。
荷車が救護所へ向かう準備をしている間、イグナスが小さな板を俺へ渡した。
片端が折れている。荷札だった。
「森に、別の荷車があった。人の車ではない。魔王軍の標章がついていた」
リシアが、板の表を指す。
黒い輪の中へ、3本の線を刻んだ印。見慣れない文字でも、意味の一部は読めた。
出荷日と、受取先。
数字の並びが、2つある。
「箱は、どうしましたか」
「封をして、組合と軍に知らせる。勝手に持ち帰って売る物ではないわ」
俺は頷き、札の文字を写した。
敵の物資なら換金できる、という考えは、一瞬浮かんだ。けれど、何を運んでいたか分かる方が、これからの隊には大事かもしれない。
そもそも、所有が俺たちへ移った証明はない。
戦った人が拾ったから、好きに売ってよいとも限らない。
「2つの日付は、何ですか」
「分からない。別の便があるのか、積み直したのか。箱の中には食料と、空の触媒袋があった」
リシアは、分からない部分を指で避けた。
俺は札を読み切ったつもりにならず、そのまま両方写す。
何が事実で、どこから推測かを、欄で分けた。
軍の連絡窓口へ渡すのは、現物の札と、発見した場所の説明。
俺たちは写しを持つ。
組合へは、民間の荷車が襲われた場所を知らせる。
同じ森から持ち帰った情報でも、届ける相手が違う。
600の通知費に含まれる範囲を確かめ、伝令の出発時刻を聞いた。返答が今日のうちに届くとは思わないことにする。
運送員を載せた車が、街道を戻っていった。
エレナは救護所へ引き継ぐ短い紙を書き、御者に渡した。
俺の費用の紙とは、別の仕事だ。
病状の記録を、経理の帳面へ丸ごと写す必要はない。
受入れの手配が済んだことだけ、こちらに残した。
4人が休む間、俺は水を配った。
ガルドは鎧の帯を緩め、肩を動かす。リシアは使った魔石を点検し、イグナスは剣を拭いた。
戦っているところを見なくても、彼らが何をしてきたかは身体と道具に残っている。
「待つ方も、疲れただろ」
勇者に言われ、俺は頷いた。
「何が起きているか分からなくて、音を全部、危険に聞こうとしていました」
「見えない場所は、合図を頼ってくれ。今日の手順でいい」
俺は、朝書いた4人の名前を見た。
全部に印がある。
そのことを、金額の欄より先に確かめた。
「救助した一人が、増えました」
「そうだな」
イグナスは森の方を見た。
敵の荷札は、まだ答えを出さない。
けれど、帰る車に一人が乗ったことは、もう確認できる。
俺は紙を袋へ入れ、口を閉じた。
次の仕事は、峠へ向かう道へ戻ることだった。
出発前に、組合の担当者が荷札の写しを見た。
「それを、見つけた箱の場所と一緒にください。あとで荷車が動かされると、札だけでは出所が分からなくなります」
俺は案内人に、目印を確認した。折れた橋、斜面の北側、樹皮の白い木。地図へ位置を書き、発見した時刻も添える。
イグナスが確認してから署名した。
「これで、俺が見た物と同じだ」
文字を読めることと、現場を見たことは違う。俺が書いた説明にも、見た人の確認がいる。
原本の受領票をもらい、写しへその番号を入れた。
ガルドは俺の手元を見て、短く言う。
「数字より先に名前を数えたのは、よかったぞ」
「帰ってきたのを、確認したくて」
「それなら、忘れんだろ。荷の方は、俺も見ておく」
俺は頷き、歩き始めた。帳簿へ戻す時にも、最初に確認した順番を残そうと思った。




