第15話「勇者にも運賃は出る」
「道が同じなら、守りながら行ける」
イグナスの返事を聞いて、商隊の代表はほっとした顔をした。
俺は、そこで紙を閉じなかった。
守る場所、守る期間、荷物が壊れた時の責任。それを聞くまでは、仕事の範囲が分からない。
「先に、契約を確認させてください」
「勇者様が、助けてくださるという話では?」
代表が、少し戸惑う。
俺は声を柔らかくした。
「助けることを断る話ではありません。何を運び、どこまで一緒に行くかを、皆で同じように分かっておきたいんです」
先ほど、荷物を載せるだけでも、5人と御者で見る場所が違った。
人を守る仕事なら、なおさら確認がいる。
イグナスも俺へ頷き、代表へ尋ねた。
「荷車は、何台だ?」
「2台です。布と食料。峠の手前の宿場へ届けます」
「途中で、別の道へ入る予定はないか」
「ありません。正規の街道を使います」
代表は組合の書類を出した。
当初の護衛の一人が、昨日から高熱を出しているという。代わりを探したが、近くに人がいなかった。
困った人がいる。
それを助けるために、何が必要か分かり始めた。
オルネスが、共通の契約用紙へ条件を書く。
区間は、麦橋町から峠前の宿場まで。
積荷の故障や通常の傷みは、輸送側の責任。魔獣などの襲撃に対する護衛を、討伐隊が引き受ける。
脅威が大きい場合は、荷を捨てて人を退避させる判断を隊長が行う。
依頼代金は、1800ルーン。
到着後、代表が完了を確認して支払う。
「荷物より、人を先に逃がす条件でいいか」
イグナスが確認すると、代表は少し黙った。
布と食料にも、支払った金がある。その迷いまで、俺は否定したくなかった。
やがて、代表が頷いた。
「はい。御者が帰れないよりは、いいです」
俺はその条件を、声に出して読み返した。
同じ紙を、代表とイグナスが確かめる。
署名が済むと、契約の写しが2枚に分かれた。同じ番号があり、役目は違う。1枚が増えたから、仕事が2件になったわけではない。
俺は未受領の欄へ、1800、と書いた。
現金35070には、まだ足さない。
道へ出ると、荷車2台が、俺たちの輸送車の後ろへついた。
御者はどちらも、角のある馬を扱い慣れている。俺が馬を見ていると、ガルドが横へ寄った。
「後ろに立ちすぎるな。角より脚が危ない」
「角が、目立つので」
「目立たんところから、困ることも来る」
彼は荷車の後ろの紐も見ていた。
俺は、まず馬との距離を変えた。
今日の俺の担当は、荷車の順番と、逃げる場所を知ること。敵を見つけたら自分で何とかせず、すぐ声を出すこと。
イグナスからは、走る時に帳面を開くなと言われた。
その予定はなかったが、焦ると手元を確認したくなる癖はある。
午前のうちは、畑の間を進んだ。
風が低い草を揺らし、遠くで木の柵を直す人が見える。俺が思っていた冒険の道より、生活が近い。
その人たちが使う布と食料を、荷車が運んでいる。
魔王を倒す大きな目的と、今日ここへ荷が着く小さな仕事は、同じ道にあった。
昼を少し過ぎた頃、リシアが足を止めた。
「向こう。木の下に、3体」
声が変わった。
俺には枝と影しか見えない。イグナスはすぐに、御者へ合図する。
「止めろ。後ろの2台も、そこで止まれ」
後ろの荷車が傾斜で動きかけた。御者が車止めを差し込む間、俺は渡された縄を引いた。指に食い込むのを感じ、両手で持ち直す。
車輪の音が、順番に消えた。
ガルドが前へ出て、盾を構える。エレナは俺と御者を、道の左へ寄せた。
「この木の後ろへ。呼ばれるまでは、出ないでください」
俺は頷き、荷の一覧を鞄へ押し込んだ。
しまう場所は分かっている。口を閉じてから、言われた場所へ動く。
枝の影から、低い黒いものが出てきた。
狼に似ていたが、顔の前面に硬い板がある。脚は短く、肩は太い。
俺が見た時には、もう走り始めていた。
ガルドが最初の1体を受けた。
盾へ当たる音は、工房で聞いた音よりずっと大きい。彼の足が地面へ沈む。だが、横へ避けない。
後ろに荷車があるからだ。
イグナスが剣を抜き、盾の横から刃を通す。今は、預けていた聖剣ではなく予備の剣だった。
首の付け根へ、正確に入った。
2体目が横へ回る。
リシアの杖が、そちらを向く。
細い光が地面を走り、足元の土が持ち上がった。敵の身体が傾く。その瞬間を、勇者が逃さなかった。
俺は、3体目を探した。
見えない。
道の向こうへ目を向けると、御者の一人が馬をなだめていた。その背後で、草が動く。
「右の草です!」
声を出した。
イグナスの振り返るより先に、ガルドが御者の前へ入る。盾を下げ、低い位置の突進を受けた。
リシアが短く何かを言い、敵の脚が止まる。
次の刃で、動かなくなった。
終わったと分かるまで、俺は木の後ろから出なかった。
戦う人の確認が、俺の確認より先にいる。
イグナスが剣を収め、こちらへ手を上げた。
「出ていい。足元を見て、ゆっくり」
俺は足を見た。
片方が、根に引っかかっていた。急いで走っていたら、転んだかもしれない。
逃げ方の練習が、もう少し必要だと思った。
エレナが御者の手を診た。
手綱を強く握ったために、指の付け根が擦れている。深い傷ではない。
ガルドの腕には、盾の衝撃が残っていた。鎧を少し緩め、動きを確かめる。
リシアは、使った魔石を別の袋へ入れた。
全員が仕事の続きへ移る中で、俺は荷車の数を確認した。
商隊の2台も、俺たちの輸送車もある。積荷の紐も切れていない。人も全員いる。
俺が数えるのは、今だった。
「ナオト。さっき、声を出したのはよかった」
イグナスが、剣の汚れを拭きながら言った。
「俺には、そこが見えなかった。助かった」
「見つけただけです」
「見つけて、知らせた。そこまでやった」
俺は頷いた。
戦えないから何もしていないと、自分の仕事を消す必要はなかった。
ただし、3体目を俺が倒したわけではない。そこも、報告で混ぜない。
宿場へ着いたのは、夕方だった。
代表が荷車と人数を確かめ、完了の欄へ署名する。
1800ルーンを受け取り、俺は枚数を確認した。
その後、傷んだ紐と保護用の布を替えるため、400を払った。道具の補修として、別の支出を残す。
現金残高は、36470。
未受領の1800は消え、受領済みへ移った。
「助けていただいて、本当にありがとうございました」
代表はイグナスへ頭を下げた。
勇者はその礼を受け、御者たちの手も確認した。
俺が契約の紙をしまうと、代表は俺にも向き直る。
「最初に、荷を捨てる時の話をしてもらってよかった。襲われた時、どうするか迷わずに済みました」
「捨てずに済んで、よかったです」
それ以上の格好のよい返事は、出なかった。
結果がよかったから必要のない条件だった、とは思わない。使わずに済んだ手順が、人の判断を支えることもある。
ガルドが、俺の手を見た。
「縄を引いたところ、赤いぞ」
車止めを入れる間に引いた縄の跡だった。曲げると、指が少し痛む。
エレナへ見せると、洗って休めばいいと言われた。
俺は今日の仕事を帳面へ書き、戦闘の欄をイグナスに確認してもらった。
勇者が剣を使い、魔術師が敵の足を止め、戦士が荷車を守った。神官が怪我を診た。
経理担当は契約を確認し、草の動きを知らせ、人数を数えた。
縄を引いた分は、最後に付け加えた。
その小さな1行で、今夜は指が仕事をしたと納得できた。
リシアが、受領した代金の欄を見た。
「今日は、財布が増えたのね」
「はい。保証金とは違って、引き受けた仕事の代金です。補修に使った400も、別に残しました」
「じゃあ、私が使った石も、使用欄へ入れておくわ。買った物は今日の支出じゃないけれど、残数は減ったもの」
彼女の記録と俺の記録を、同じ活動の番号へつないだ。
俺は指を伸ばしてからペンを置いた。今夜は帳面の外で、温かい食事を選ぶ仕事が残っていた。




