第14話「荷物の方が偉い」
勇者の剣に、赤い札がついた。
危険品、と書いてあった。
「これは、荷物として先に積みます」
輸送担当のオルネスが言うと、イグナスは少し首を傾げた。
「俺が持って歩くなら、札はいらないか?」
「いりません。ただ、荷車に載せる時は必要です。剣と一緒に乗るつもりでしたか」
「空いていれば、と」
勇者は荷台を見た。
魔石の箱、薬、天幕、炊事道具。余った場所は、足を1本置けるくらいだった。
足1本で旅する契約は、していない。
「5人は、歩くことになりそうですね」
俺が言うと、ガルドが荷台の縁を叩いた。
「薬を足で持つよりはいい。俺は鎧を着ていく」
必要な物を先に積んだら、使う人の場所がなくなった。
輸送費2800ルーン。俺たちの席代ではなく、物を峠の手前まで安全に運ぶ代金だった。
麦橋町には、王都と峠を結ぶ定期輸送の中継所があった。
オルネスは昨日のうちに別の車で移動し、こちらで荷を確認していた。俺たちの出発日に合わせたのではなく、元から巡回の予定があったという。
次に会う時まで、必要な連絡を決めておく方がいい。
俺は帳面の横に、今日の確認用紙を出した。
車の番号。運ぶ先。預ける物。到着時の受取人。
保証金を返した時にもらった、出発前の欄が早速役立つ。
「輸送費は、この重量までが2800です。これ以上なら、次の枠になります」
オルネスは秤を指した。
薬の箱を載せると、重りが動く。
俺は数字を控え、次の箱を載せた。魔石は、見た目より重い。天幕は、大きくても軽い方だった。
高い物が重いわけではないと聞いていたが、実際に比べるとよく分かる。
最後に、炊事用の箱を載せた。
重量の上限に、少しだけ届かない。
俺は安心した。
ガルドが、横から別の包みを持ってくるまでは。
「これも、入るか」
「何ですか」
「鍋の蓋。箱へ入れたのは、鍋だけだった」
俺は炊事用の箱の控えを見た。
鍋、1。
蓋の文字がない。
使う物としてひとまとめに考えて、実物の数を確かめていなかった。
蓋を載せると、上限を少し越えた。
料金の次の枠が、俺を見ているような気がした。
「蓋を、背負いますか」
俺は尋ねながら、その形を見る。
丸くて、背中へつければ小さな盾に見える。防具としての性能は期待できない。
ガルドは笑ったが、すぐに別の物を指した。
「こっちの飾りは、持っていかなくていいだろ」
箱に入っていたのは、隊の紋章を取り付ける金属の飾りだった。
街道の迎撃では、荷車の前へつけていた。避難する人に、王国の隊だと知らせるためだ。
役目はあった。けれど、組合の輸送車へ同じ飾りをつける必要はない。
イグナスが、布の旗を出した。
「隊を示す時は、これがある。金属の方は、王都に残してよかったな」
「町で、保管をお願いできますか」
俺がオルネスへ尋ねると、彼は預りの棚を示した。
戻る時に受け取る物として、保管できる。費用は今日の手配に含まれていた。
俺は新しい品目を増やさず、預りの欄へ飾りの番号を書いた。
飾りを外し、鍋の蓋を載せる。
上限に、収まった。
魔石や薬を減らすより、使う場面のない飾りを残す方がよかった。
「装備を全部減らせと言われるかと思ったわ」
リシアが箱の蓋を閉じた。
「減らす前に、使うか聞くことにしました」
「あなたの帳面は、使う?」
「使います。軽い方の鞄へ、自分で持ちます」
彼女は笑い、薬の箱の封を確かめた。
高級薬は、すぐに取れる場所へ。残りは、温度が上がりにくい内側へ。
箱の置き場所まで、費用表からは決められない。
オルネスは聖剣の箱を指した。
荷車へ載せる間、イグナスは予備の剣を持つ。予定の道には、兵の護衛もつく。危険が高い区間では、主武器を手元へ戻せる契約にした。
預ければずっと開けられない形では、荷が着くまで戦えなくなる。
「鍵を持つのは、御者とイグナスさんです。取り出したら、受取欄へ記録してください」
「戦闘が始まったら、先に抜く。記録はその後でいいか」
「もちろんです。ただ、落ち着いたら確認をお願いします。なくなったのか、持主が取り出したのか、分からなくなるので」
オルネスの説明に、俺も頷いた。
記録のために武器を待たせない。その線引きが、輸送の担当者にも通じた。
イグナスは鍵を受け取り、紐で腰へ留める。
必要になった時に、鞄を探す時間はいらないようにした。
輸送の確認が済むと、オルネスが伝票を2枚に分けた。
1枚は、組合の控え。
1枚は、俺たちの受領用。
右上に同じ番号があった。
王都の市場でも見た複写の番号だ。
「この番号を、到着時にも確認してください。箱の数と、状態も」
「分かりました。2800は、今日払った分ですね」
「はい。到着時に、同じ料金をもう一度請求することはありません。行程変更があれば、変更分を別に相談します」
俺は代金を渡し、支払済みの印を受けた。
残高は、35070。
ここまでに払った輸送費は、その2800だ。
ただ、品物の受渡しは、到着するまで終わらない。
荷車が出る前に、俺はもう一度、一覧と実物を比べた。
薬の箱。魔石の箱。天幕。炊事道具。聖剣。
ガルドが箱を押し、紐の張りを確認する。エレナは、薬の札が見えるか確かめる。リシアは日除けの位置を変え、イグナスは鍵が抜けないことを試した。
全員が違う場所を見た。
俺は、それを一つの確認済みという言葉へまとめる前に、担当を欄へ残した。
確認の最後に、御者が荷の隣へ、薄い板を差し込んだ。
俺はそれが一覧にないと思い、手を止める。
「その板も、こちらの荷物ですか」
「いや、車の道具だ。箱を2段にする時、下の箱へ直接重さをかけないようにする」
御者は板を持ち上げ、薬の箱の上へ当てない形を見せた。
秤に載せた重量だけで、積み方まで安全だと決めるところだった。薄い薬の箱を天幕の下へ入れて、上から固定するのはよくないらしい。
リシアがうなずき、箱を外側へ少し動かす。
「割れ物の印も、見える場所へお願いします」
御者は箱の印をこちらへ向け、隣の箱との間へ布を入れた。
俺は荷物の図を描き直す。数だけではなく、位置も残す。到着した時に変わっていれば、その間に何が起きたか聞けるからだ。
「手配する人、積む人、使う人。それぞれ見る場所が違うんですね」
俺の言葉に、オルネスは荷台を見る。
「違うから、出発前に一緒に見ます。後から、僕は知らなかったと言い合うより早いでしょう」
最後の紐が締まるまで、俺は帳面を閉じなかった。
出発の合図が来た。
御者が手綱を取る。
角のある馬が2頭、ゆっくり前へ動いた。俺が転生した朝に見た動物が、今日は隊の荷物を引いている。
まだ慣れない眺めだ。
ただ、止まって驚く時間は、短くなった。
俺たちも歩き始める。
「ナオト、今の荷物なら、昨日より楽か」
イグナスが、俺の鞄を見る。
「はい。炊事道具がない分、肩は軽いです」
「紙は?」
「紙は、増えています」
ガルドが、後ろから笑った。
俺は否定できない。
荷物を減らすための輸送で、受領書と預り票が増えた。だが、紙の重さは鍋より小さい。それで安全に運べるなら、持つ価値がある。
中継所の出口で、オルネスが俺たちを呼び止めた。
「ひとつ、別の相談があります。この先で、商隊の護衛が1人足りなくなっています。行程が重なるなら、隊として受けられますか」
イグナスが、まず道の先を見た。
魔王討伐と同じ方向なら、守れる人を増やせる。けれど、それだけで即答はしなかった。
「どこまでだ。運ぶ物と、護衛の役目を聞きたい」
俺も帳面を開いた。
契約の代金より先に、何を引き受けるか確かめる。
荷車へ乗る席はなかったが、荷車のための仕事は増えそうだった。
今日一番偉かった鍋の蓋は、しっかり箱に収まっている。
それが着くまで、俺たちの旅も続く。




