第13話「5人部屋の間取り」
5人部屋に、5人が入らなかった。
正確には、身体は入った。荷物と鎧と薬の箱を加えたら、最後の一人が扉を閉められなくなった。
その最後の一人は、俺だった。
「少し、そちらへ寄ってもらえますか」
「寄ると、ベッドの下になる」
ガルドの返事は、冗談ではなかった。
壁際に寄せた寝台が5つ。間に人が立てる場所はあるが、鎧を脱ぐ場所がない。幅を取らないはずの俺の鞄も、通路を塞いでいた。
安い部屋だと聞いて、先に見せてもらった。先に代金を払わなくてよかった。
王都を出て1日。
麦橋町の宿へ着いた時、俺たちの足はよく働いたあとだった。
俺の足だけ、ほかの4人と違う文句を言っている。休むために腰を下ろすと、立ち上がる理由をできるだけ減らしたくなる。
その気分で選んだ部屋が、立つ場所まで減らしていた。
「薬を置く台は、どこ?」
リシアが棚を見る。
小さな棚はある。薬の箱を1つ載せればいっぱいだ。
エレナが窓を開けようとしたが、寝台の頭が引っかかり、片方しか開かなかった。
イグナスは部屋の入口を見ている。
「夜、急に呼ばれても、このままでは出にくいな」
彼が剣を持って扉へ動くと、俺は廊下へ一歩下がった。
5人が同時に出る場合を考えるまでもない。一人ずつ出るのにも、順番が必要だった。
「別の部屋を、見せてもらいましょう」
俺は言って、鞄を持ち直した。
断る理由は、十分にある。
最安の札が貼ってあるからといって、隊に合うとは限らない。
宿の主人は、怒らなかった。
鎧を着たガルドを見て、5人部屋は巡礼の人向けだと説明した。
俺が最初に伝えたのは人数だけ。どんな荷物があるかも、部屋で何をするかも言っていなかった。
相手が間違えたわけではない。
「2室なら、一方へ薬の箱を置く台を入れられます。鎧は広い方で外してください。馬小屋の脇も、空いています」
「荷物を、馬小屋へ置くんですか」
「荷車へ積む予定の物なら。ただし、薬をそこへ置くなら温度の確認が必要でしょう」
リシアが、外の風を確かめる。
薬は部屋へ。天幕と炊事道具は、馬小屋の脇の棚。鞄は各自の寝台の下。
そこまで決めると、5人で使える場所が見えてきた。
寝室は、男女で二つに分ける。
広い方に俺、イグナス、ガルド。台のある方にリシアとエレナ。
「食事も含めて、一晩1500です」
主人が、料金を示した。
今の残高39370から、1500。
安い5人部屋との差はある。だが、床で装備を脱ぎ、薬をぶつけない場所があり、出入口が使える。
「こちらで、お願いします」
俺は先に、使える条件を確認した。
食事は何時までか。朝、出発できる時間。夜警が出入りする時の合図。荷物を置いた場所の鍵。
主人は一つずつ答え、鍵を2本渡した。
俺は1500を払い、品目が宿泊・食事・保管と分かる紙を受け取った。
残高37870。
今日の支出は、寝台の数を買う金ではなかった。
部屋へ荷物を分ける時、ガルドが鎧を外した。
彼の後ろに空いた床へ、俺は袋を置こうとして止まる。
鎧を脱ぐ場所を確保したのに、鞄で埋めてどうする。
寝台の下へ、鞄を押した。
イグナスが、俺の動きを見て頷く。
「今の場所なら、急いでも出られる」
「はい。安い部屋の方では、俺が扉の前を占めていました」
「1人分ずつ場所を決めるだけじゃ、通る場所は残らないからな」
勇者は剣を壁へ立てず、手の届く寝台の横へ置いた。鞘ごと倒れないよう、紐で留める。
俺も紙の袋を、寝台の頭側へ置いた。
取り出しやすいことと、邪魔にならないこと。両方を満たす置き方は、なかなか難しい。
食堂では、温かい煮込みが出た。
豆と野菜、薄い肉。パンは、王都で買った保存用より柔らかい。
俺は最初の一口を食べてから、今日初めて深く息を吐いた。
歩いている時は、疲れていても立ち止まれなかった。宿へ来てからも、部屋と料金の相談で足の具合を忘れていた。
椅子へ座ると、思い出す。
「足は、痛みますか」
エレナが俺を見る。
俺は頷いて、靴の踵を少し浮かせた。
「靴擦れではないです。脚全体が、仕事を変えたことに抗議しています」
「ゆっくり伸ばしてから、休んでください。薬を飲むほどではありませんが、明日も同じ距離を歩けるかは、朝に見ましょう」
俺は、明日の予定を言い直しかけた。
行程表に書いたからといって、身体がその通りになるわけではない。薬を足せば予定どおりという考えも、リシアから止められている。
「朝、相談します」
「そうしてください」
エレナは自分の食事へ戻った。
俺が隊の負担になるのを恐れていることも、たぶん分かっていた。けれど、負担ではないと慰めるだけでなく、相談する時間を決めてくれた。
食事のあと、夜警の順番を相談した。
宿があるから見張りは不要とは限らない。魔石と剣、公費の現金。目につく物は少なくない。
主人の夜警もいるが、隊の荷物をすべて任せる契約ではなかった。
「俺が最初。ガルドが、次。リシアは早朝。エレナとナオトは、今日は休む」
イグナスが言うと、俺は口を開いた。
「俺も、できる分はあります」
「ある。今夜は、その分を休む方へ使ってほしい。明日も道で数字を見てもらう」
ガルドが、椀を片付けながら加えた。
「目を開けてるだけで見張りになるなら、俺も若い時に楽だったぞ。知らない音を聞いた時、誰を呼ぶか分かるか?」
「イグナスか、ガルドです」
「まずそれを覚えればいい。眠らずに全部判断する役は、まだやらんでいい」
俺は頷いた。
働くことで仲間になりたいのに、今夜は眠ることを求められている。
役に立つ形を、俺だけで決めるわけにはいかないのだった。
広い方の部屋へ戻ると、ガルドが寝台を見て立ち止まった。
俺は、またサイズの問題かと身構える。
彼は枕の高さを、手で確かめていた。
「ここ、低いな。首のところへ、布を足していいか」
「宿の布は、そのまま使った方がいいと思います。自分の布なら」
「自分のでいい。鎧を脱いだ首は、支えが変わるんだ」
彼は厚手の布を細く丸め、枕の端へ置いた。
大きな戦士にも、小さな寝床の調整が必要だった。
俺は自分の寝台に座り、靴を脱ぐ。
鞄から帳面を出す前に、足を伸ばした。
エレナに言われた順番を、今夜くらい守ろうと思った。
少し経ってから、イグナスが見回りへ出た。
扉が開き、荷物に当たらず閉まる。
それだけで、部屋を選び直した意味が分かる。
俺は今日の支出を書き、1500の紙を綴じた。37870の残高を確かめ、袋の口を閉める。
もう、壁へ貼る場所はない。
隊の残高を伝える小さな紙を、明日の相談で見せることにした。
眠る前、ガルドが横になったまま尋ねた。
「ナオト。部屋代を上げたこと、まだ気にしてるか」
「少し。もっと早く条件を伝えていれば、最初の部屋を見せてもらう時間は、省けたと思います」
「そこを覚えれば、次は楽になる。今日は、ここで寝られる。それでいいだろ」
彼は枕の布を直し、目を閉じた。
俺も帳面を置いた。
明日の道、次の輸送費、まだ受け取っていない30000。頭に残る数字はいくつかあったが、今夜の寝る場所は決まっている。
やがて、イグナスが見回りを終えて戻った。
俺が半分眠っている間に、ガルドが起き、交代する。扉の音は小さかった。
次に聞こえたのは、勇者の寝言だった。
「右へ……下がれ……」
俺は、横になったまま足を動かしかけた。
旅先の最初の夜に、避難の講習までついていた。
1500の内訳には、載っていない。
寝言へ返事をするべきか迷い、やめた。起こせば、せっかく決めた休む時間が減る。俺は足を伸ばし直し、窓の外の風を聞いた。朝になったら、寝言まで指揮するのかと聞いてみよう。それを覚えておこうとしているうちに、次の数字を考えるより先に眠った。




