第9話 広がる販路
翌朝。
目を覚ました俺は、いつものように【NISSIN】を確認した。
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:19/19』
「……あれ?」
思わず声が漏れた。
昨日と同じ数字だったからだ。
最近は毎日のように増えていた。
十個。
十二個。
十四個。
十六個。
十九個。
そんな調子で増え続けていたため、今日も当然のように増えていると思っていた。
だが、表示されている数字は変わらない。
十九。
昨日と同じだ。
俺は何度か表示を見直したが、やはり変わらない。
「増えてない……?」
少しだけ首を傾げる。
これまでにも増えない日はあった。
だから不思議ではない。
だが、最近の増え方を見ていると違和感があった。
近所へ配ったときは成長速度が上がった。
商会で売り始めたらさらに加速した。
行商人が隣村へ持っていった後は、一日に二個、三個と増えるようになった。
なのに今日は増えていない。
「……成長が鈍ったのか?」
俺は引き出しから記録を取り出した。
数字を追ってみる。
確かに最近は急激だった。
だからこそ、十九で止まっているように見える。
とはいえ、まだ一日だ。
これだけで結論を出すのは早い。
「まあ、様子を見るしかないか」
俺はそう呟き、朝の支度を始めた。
◇◇◇
朝食の席でも、その話題になった。
「今日は増えてなかったのか」
父が言う。
「うん」
俺は頷いた。
「十九のままだった」
「そういう日もあるだろう」
父は落ち着いた様子だった。
母も同じ意見らしい。
「今までが増えすぎだったのかもしれないわね」
「そうかも」
確かにその通りだ。
一個から始まったスキルが、今では十九個。
十分すぎるほど成長している。
焦る必要はない。
だが、俺は少しだけ引っ掛かっていた。
商会へ卸す量は増えている。
行商人も持ち出している。
食べる人数は確実に増えているはずなのだ。
それなのに成長が止まるだろうか。
そんな疑問が頭の片隅に残っていた。
◇◇◇
その日も俺は商会へ向かった。
十九個生成したカップヌードルのうち、家族の分を除いた大半を納品する。
店主は慣れた様子で受け取った。
「助かる」
「売れてますか?」
「売れてるどころじゃない」
店主は苦笑した。
「昨日の昼にはなくなった」
「早いですね」
「俺も驚いてる」
店主は棚を指差した。
本来なら小麦や塩が並ぶ場所だ。
しかし今では、カップヌードル用の場所がかなり広くなっている。
それでも足りないらしい。
「隣村から来た客までいるぞ」
「隣村から?」
「ああ。行商人が話を広めたらしい」
なるほど。
やはりダンの影響は大きいようだ。
村の中だけで売っていた頃とは状況が違う。
もう販路は村の外へ伸び始めている。
◇◇◇
帰宅したあとも、俺は考えていた。
なぜ十九で止まったのか。
商会では売れている。
行商人も運んでいる。
需要は増えている。
それなのに数字が増えない。
紙に簡単な図まで描いてみた。
村人。
商会。
行商人。
隣村。
矢印を書きながら整理する。
そこでふと気付いた。
「あ……」
思わず声が出た。
「まだ食べてないのか」
今までの客は村人だった。
買えばその日のうちに食べる。
だからすぐ成長へ反映された。
しかし行商人は違う。
商品を運ぶ。
店へ置く。
客が買う。
家へ持ち帰る。
そこで初めて食べる。
数日かかってもおかしくない。
「そういうことか」
俺は納得した。
成長が遅くなったわけではない。
食べられるまでの時間が長くなっただけだ。
村の外へ広がった結果、消費までの距離も伸びた。
考えてみれば当然だった。
むしろ今までが近すぎたのだ。
◇◇◇
翌朝。
目を覚ました俺はすぐに【NISSIN】を確認した。
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:23/23』
「増えた!」
思わず声が出た。
十九から二十三。
一気に四個増えている。
やはり予想は正しかった。
遅れて反映されたのだ。
俺は胸の中のもやもやが一気に晴れるのを感じた。
「やっぱり食べられてたんだ」
これで確信できる。
村の外でもカップヌードルは消費されている。
そしてその分だけ【NISSIN】は成長している。
◇◇◇
商会へ行くと、ちょうどダンが戻ってきていた。
「おう、モフク!」
大きな声で手を振る。
機嫌が良さそうだ。
「どうでした?」
俺が尋ねると、ダンは豪快に笑った。
「大当たりだ」
「そんなにですか?」
「ああ」
ダンは頷く。
「隣村じゃ全部売れた」
やはりそうか。
「しかも追加注文まで来てる」
「追加?」
「次に来たら持ってきてくれってな」
ダンは嬉しそうだった。
商人なのだから当然だろう。
売れる商品ほどありがたいものはない。
「それだけじゃない」
「まだあるんですか?」
「もう一つ先の村でも売ってみたい」
俺は少し驚いた。
隣村だけではない。
さらに先だ。
販路がどんどん広がっている。
◇◇◇
それから数日。
生産数は増え続けた。
二十五個。
二十八個。
三十一個。
時には増えない日もあった。
だが、その翌日にまとめて増える。
もう慌てることはない。
それが消費のタイムラグだと分かっているからだ。
俺は毎日記録を付け続けた。
どれだけ作ったか。
どれだけ出荷したか。
どれだけ売れたか。
数字を残していく。
前世では当たり前だったが、この世界では珍しい習慣らしい。
父には何度も感心された。
「よくそんなに記録するな」
「数字は大事だからね」
俺はそう答える。
記録しておけば変化が分かる。
それは前世でも今世でも変わらない。
◇◇◇
生産数が三十個を超えた頃には、出荷数もかなり増えていた。
家族で食べる分は四個。
残りの大半は商会へ回す。
それでも足りないと言われることもある。
村だけではなくなった影響だ。
行商人が運ぶたびに、食べる人が増えていく。
まるで雪玉が転がるようだった。
最初は小さかった。
しかし転がるほど大きくなる。
今のカップヌードルも同じだ。
◇◇◇
ある日、店主から受け取った袋を持ち上げた俺は思わず目を丸くした。
「重い……」
袋の中で貨幣が触れ合い、じゃらりと音を立てる。
店主が笑った。
「売れたからな」
俺は袋の口を開き、中を覗き込んだ。
銅貨がぎっしり入っている。
その中に銀貨が数枚混じっていた。
最初の頃は数枚だった。
商会へ商品を持ち込んだ日に受け取った報酬など、片手で数えられる程度だったはずだ。
それが今では違う。
袋の中には、目に見えて分かるほどの枚数が入っていた。
俺は銀貨を指でつまむ。
ひんやりとした金属の感触が伝わってくる。
前世でも給料はもらっていた。
だが、あれは毎月決まった日に振り込まれるものだった。
会社で働き、その対価として受け取る金。
もちろん嬉しかったが、自分の商品が売れたという感覚は薄かった。
しかし今は違う。
この銀貨は、自分のスキルで出したカップヌードルが売れた結果だ。
誰かが金を払い。
誰かが食べたいと思い。
その対価として手元に集まった金だ。
そう考えると、不思議な実感が湧いてくる。
「本当に売れてるんだな……」
思わず呟く。
店主が頷いた。
「当たり前だろ」
そして棚の方を指差した。
「見てみろ」
俺は視線を向けた。
ちょうど客が一人、カップヌードルを手に取っているところだった。
「これだよな?」
「ああ」
「この前食ったんだが、子供が気に入ってな」
そう言いながら客は二個を籠へ入れる。
「また買っていくよ」
「毎度」
店主が笑う。
客は代金を払い、そのまま店を出ていった。
俺はしばらくその背中を見送った。
近所へ配っていた頃とは違う。
頼んで食べてもらったわけではない。
金を払って買っている。
しかも二回目だ。
つまり気に入ったから、もう一度買いに来たということになる。
その事実が妙に嬉しかった。
前世で日清の商品を買っていた側だった俺が、今は売る側にいる。
もちろん作っているのは【NISSIN】だ。
俺自身が麺を打っているわけではない。
他人の成果物を盗っているようで気の引ける部分はあったが、それでもこの世界にカップヌードルを広めているのは間違いなく俺だった。
店主が言う。
「正直、ここまで売れるとは思わなかった」
「俺もです」
「最近じゃ来る客の半分はこれを見ていく」
俺は少し驚いた。
「そんなにですか」
「ああ。珍しいしな」
店主は笑った。
「それに一度食べた連中が勝手に宣伝してくれる」
口コミ。
前世でもよく聞いた言葉だ。
広告より強いこともある。
実際、今のカップヌードルはまさにその状態だった。
誰かが食べる。
家族に勧める。
知人に話す。
興味を持った人が買う。
また食べる。
その繰り返しだ。
俺は改めて袋の中の貨幣を見た。
これは単なる金じゃない。
食べた人の数だ。
満足した人の数だ。
そして、自分の商売が少しずつ大きくなっている証拠だった。
その瞬間、俺は初めて実感した。
【NISSIN】はただの便利なスキルではない。
これは、立派な商品なのだと。
◇◇◇
家へ帰ると、アリアが興味津々で覗き込んできた。
「お金?」
「売上だよ」
「すごーい!」
目を輝かせている。
父も袋を見て驚いていた。
「本当に商売になってきたな」
「うん」
母も微笑む。
「少しずつ貯めていきましょう」
その言葉に俺は頷いた。
今すぐ使う必要はない。
だが将来何が必要になるか分からない。
お金はあって困るものではない。
◇◇◇
その夜。
俺は机の上に貨幣を並べていた。
一枚一枚数えていく。
最初はただのスキルだった。
家族で食べるためのものだった。
それが今では商売になり、お金を生み出している。
不思議な気分だった。
窓の外では夜風が吹いている。
静かな村の夜だ。
だが、カップヌードルはもう村の中だけのものではない。
隣村へ。
さらにその先へ。
少しずつ広がっている。
そして翌朝。
俺が【NISSIN】を確認すると、
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:35/35』
という数字が表示されていた。
「……三十五個」
思わず苦笑する。
二十個を超えたと思ったら、もう三十個を超えていた。
どうやら販路の拡大は、俺が思っていた以上の勢いで進んでいるらしい。
そしてその勢いは、まだ止まりそうになかった。




