第8話 行商人
翌朝。
目を覚ました俺は、いつものように真っ先に【NISSIN】を確認した。
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:16/16』
「……十六個」
思わず呟く。
昨日は十四個だった。
それが今日は十六個。
また二個増えている。
最近は数字が増えること自体には慣れてきたが、それでも成長の速さには驚かされる。
俺は机の引き出しから記録用の紙を取り出した。
――一個。約一週間。
――二個。四日。
――三個。二日。
――四個。二日。
――五個。二日。
――六個。二日。
――七個。二日。
――八個。一日。
――九個。一日。
――十個。一日。
――十二個。一日。
――十四個。一日。
――十六個。
「本当に増え方がおかしいな……」
家族だけで食べていた頃とはまるで違う。
近所へ配ったことで成長速度が上がり、商会で売り始めてからさらに加速した。
今では毎日のように数字が増えている。
もちろん悪いことではない。
むしろ喜ぶべきことだ。
だが、このまま増え続けたらどうなるのかは、正直なところ俺にも分からなかった。
「まあ、考えても仕方ないか」
俺は立ち上がる。
今やるべきことは一つ。
たくさんの人に食べてもらうことだ。
◇◇◇
朝食の席では、十六個になったことを家族へ報告した。
「十六個か」
父が感心したように言う。
「二日前まで十二個だったのにね」
母も驚いていた。
アリアは数字よりも別のことが気になるらしい。
「今日は何個お店に持っていくの?」
「たぶん十個以上かな」
「そんなに?」
「今は売れてるみたいだから」
「すごい!」
アリアは素直に目を輝かせた。
その様子を見ていると少し嬉しくなる。
最初は一個しかなかった。
それを四人で分けていた。
それが今では十六個。
家族全員が好きなだけ食べても余るほどになっている。
朝食を終えると、俺は納品用のカップヌードルを抱えて商会へ向かった。
◇◇◇
村の道を歩いていると、途中で顔見知りの村人に呼び止められた。
「ああ、モフク」
「おはようございます」
「商会へ行くのか?」
「はい」
村人の視線は俺の抱えている箱へ向いている。
最近では隠す必要もなくなっていた。
商会へ運んでいるのは村の誰もが知っている。
「あの麺、もう売り切れたらしいな」
「みたいですね」
「うちの息子がまた食べたいって騒いでるぞ」
村人は苦笑していた。
俺も思わず笑う。
「今日も持っていくので、たぶん大丈夫だと思います」
「それなら助かる」
そんな会話をして別れる。
少し進むと、今度は別の女性に声をかけられた。
「あらモフクちゃん」
「おはようございます」
「この前いただいた麺、おいしかったわ」
どうやら近所へ配ったときの人らしい。
「ありがとうございます」
「うちの主人なんて、また食べたいって言ってるのよ」
女性は笑いながらそう言った。
村の中で少しずつ広がっているのが分かる。
前世では当たり前のカップヌードルだが、この世界では珍しい食べ物だ。
そう考えると不思議な気分だった。
◇◇◇
商会へ到着すると、店の様子が以前とは少し変わっていた。
客が多い。
それも明らかに多い。
朝だというのに数人の客が店内で何かを話している。
「もう入荷したか?」
「今日はあるんだろうな?」
そんな声まで聞こえてきた。
「……人気だな」
思わず呟く。
店主も忙しそうに棚を整理していた。
「ああ、来たか!」
俺に気付くと手を振った。
「今日の分だ」
俺は抱えていたカップヌードルを渡す。
店主は満足そうに頷いた。
「助かる」
店の奥を見ると、カップヌードル専用の棚まで作られていた。
ほんの数日前までは存在しなかったものだ。
「そこまで売れてるんですか?」
「予想以上にな」
店主は笑った。
「昨日なんて開店してすぐ三個売れた」
「三個も?」
「しかも全員別の家だ」
口コミが広がっているらしい。
やはり実際に食べた人の評価は強い。
◇◇◇
「そうだ」
店主が思い出したように言った。
「紹介したい奴がいる」
奥から一人の男が出てきた。
日に焼けた肌。
丈夫そうな革の服。
大きな荷物袋。
前回も見た行商人だ。
「ダンだ」
「モフクです」
「よろしくな」
ダンは気さくそうに笑った。
「話は聞いてるぞ」
そう言ってカップヌードルを手に取る。
「これ、本当に面白い商品だな」
「そうですか?」
「保存できる食料ってだけでも価値がある」
なるほど。
俺はそこまで考えていなかった。
前世ではコンビニで買う普通の商品だったからだ。
「旅をしてると食事に困ることがあるんだ」
ダンは続ける。
「干し肉ばかりじゃ飽きるしな」
「確かに」
「その点、これはお湯だけで食える」
ダンは感心したように頷いた。
「旅人や行商人には需要があると思う」
そして少し声を潜める。
「実はな」
「はい」
「隣村へ持っていった分、全部売れた」
「全部?」
思わず聞き返した。
「全部だ」
ダンは笑った。
「最初は誰も信じなかったがな」
それはそうだろう。
容器に入った麺料理など存在しないのだから。
「だが食べた奴が次の日に友人を連れてきた」
どこも同じ反応らしい。
村でもそうだった。
一人が食べる。
気に入る。
周囲へ話す。
そして広がる。
「だから次はもう少し持っていきたい」
ダンは真面目な顔で言った。
「できるか?」
俺は少し考えた。
十六個。
家族分を引いても余裕はある。
「大丈夫です」
「助かる」
ダンは本当に嬉しそうだった。
◇◇◇
話が終わると、店主が小さな袋を差し出した。
「これを忘れるところだった」
「?」
受け取ると中から金属音がした。
袋を開く。
中には銅貨が入っていた。
「売上だ」
「あ……」
そうか。
売れたのだから当然お金になる。
近所へ配ったときにはなかった感覚だった。
俺は銅貨を見つめる。
前世ならカップヌードルは当たり前の商品だった。
だが、この世界では違う。
それが実際にお金になっている。
不思議な気持ちだった。
「少ないがな」
店主が言う。
「まだ試験販売みたいなものだ」
「いえ」
俺は首を振った。
「十分です」
これは俺が初めて得た商売の利益だった。
◇◇◇
家へ帰ると、アリアが真っ先に飛びついてきた。
「どうだった?」
「売れてたよ」
「すごい!」
さらに銅貨を見せると目を丸くした。
「お金だ!」
「売上だな」
父も感心したように言う。
母も笑顔だった。
「本当に商売になってるのね」
夕食の席では自然とその話題になった。
隣村でも売れたこと。
行商人がもっと欲しがっていること。
商会の店主が驚いていたこと。
家族はみんな嬉しそうに話を聞いてくれた。
◇◇◇
その夜。
ベッドへ入った俺は、天井を見上げていた。
商会。行商人。隣村。
少し前まで想像もしなかった話だ。
それでも確実に広がっている。
村の外へ。
もっと遠くへ。
そして、その分だけ【NISSIN】も成長している。
俺は自然と笑みを浮かべた。
明日は何個になるだろう。
そんなことを考えながら眠りにつく。
そして翌朝。
目を覚ました俺は、いつものように【NISSIN】を確認した。
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:19/19』
「……十九個」
昨日は十六個。
それが今日は十九個になっていた。
また増えている。
しかも今度は三個だ。
どうやら村の外で食べられた分まで、しっかり成長に反映されているらしい。
これからの成長がさらに楽しみになった。




