第6話 初めての商売
翌朝。
いつものように目を覚ました俺は、ベッドから起き上がると、まず【NISSIN】を確認した。
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:10/10』
「……十個」
思わず声が出た。
昨日の時点では九個だった。それが一日で十個になっている。
第5話で近所の人たちにカップヌードルを配り、実際に食べてもらった。その結果、これまで二日かかっていた増加が一日で起きた。
やっぱり、食べてもらったことが関係している。
俺はもう、そのことをほとんど確信していた。
十個。
この数字なら、そろそろ次のことを考えてもいいだろう。
家族四人で食べるなら、一日に必要なのは四個くらい。もちろんカップヌードルだけを食べて生活しているわけではないから、実際にはもっと少なくてもいい。
つまり、毎日十個生成できるなら、家族で食べる分を確保しても、何個か余る。
そして余った分を近所の人に配れば、その人たちにも食べてもらえる。
そうすれば【NISSIN】の成長も早くなる。
だが、ここで一つ問題がある。
「……配るだけっていうのもな」
第5話では近所の人たちに無料で配った。
それでスキルが成長することは分かった。
しかし、これをずっと続けるわけにもいかない。
そもそもカップヌードルは、無料で配るために作っているわけではない。
前世の日本でなら、普通に店で売られている商品だ。
俺だって、この世界で食べてもらうなら、できればちゃんと商売にしたい。
とはいえ、俺は十歳の平民だ。
店なんて持っていない。
商売の知識だって、前世で会社員をしていた程度のものしかない。少なくとも、この世界の商売の仕組みなんて詳しく知らない。
「……どうすればいいんだ?」
朝食を食べながら、俺は両親に相談することにした。
「父さん、母さん」
「ん?」
「ちょっと相談したいことがあるんだけど」
父がパンをちぎる手を止めた。
「どうした?」
「カップヌードルなんだけどさ」
そう言ってから、俺は昨日までのことを説明した。
近所の人に配ったら、次の日には生成できる数が増えたこと。
だから、もっとたくさんの人に食べてもらえば、さらに【NISSIN】が成長するかもしれないこと。
そして、そのためにカップヌードルを売ってみたいこと。
話を聞き終えた父は、少し考えてから口を開いた。
「売る、と言ってもな」
「うん」
「俺たちには店がない」
「そうなんだよね」
「それに、十歳のお前が一人で商売をするのは難しいだろう」
やっぱりそこが問題だった。
俺も同じことを考えていた。
前世なら、商品を作って売りたいと思ったら、ネットショップでも何でも作れたかもしれない。
でも、この世界にはそんな便利なものはない。
店を借りる。
商品を並べる。
客を集める。
売った金を管理する。
税金がどうなっているのかも分からない。
そもそも十歳の子供が商売を始められるのかすら知らない。
「……だったら」
母が口を開いた。
「商会にお願いしてみたら?」
「商会?」
「ええ。村にも小さい商会があったでしょう?」
「ああ……」
そういえば、村の中央付近に小さな店があった。
食料や日用品を扱っている店だ。
俺も何度か利用したことがある。
「そこなら、商品を売ってもらえるんじゃない?」
「なるほど……」
言われてみれば簡単な話だった。
自分で店を持つ必要はない。
すでに店を持っている人に、商品を扱ってもらえばいい。
「でも、そんな簡単に扱ってもらえるかな?」
「聞いてみなければ分からないだろう」
父がそう言った。
「駄目なら諦めればいい。まずは話してみたらどうだ?」
「……そうだね」
俺は頷いた。
◇◇◇
その日の昼過ぎ。
俺は父と一緒に村の商会へ向かった。
村にある商会は、王都にあるような大きなものではない。
建物も小さく、店の前には簡素な看板が掛かっているだけだった。
中に入ると、棚には小麦や塩、干し肉、野菜、それから日用品などが並べられていた。
「いらっしゃい」
店の奥から声がする。
四十代くらいの男性が顔を上げた。
この商会の店主だ。
「タスクさんか。今日はどうした?」
「ちょっと相談があってな」
父がそう言うと、店主は俺を見る。
「相談?」
「こいつが作ったものを、ここで売れないかと思ってな」
「……この子が?」
店主の視線が俺に向いた。
「はい」
俺は頷いた。
そして持ってきた袋から、カップヌードルを一個取り出した。
「これです」
「……なんだ、これは?」
店主が首を傾げる。
当然の反応だ。
この世界に、こんな容器に入った麺料理は存在しない。
「食べ物です」
「食べ物……?」
店主は容器を手に取った。
表面に書かれた文字を眺めているが、当然読めない。
この世界の人間には、日本語の文字は意味のある文字として認識できないのだろう。
「中身は?」
「麺です。それと、具材が入っています」
「どうやって食べる?」
「お湯を入れて、三分待つだけです」
「……三分?」
「はい」
店主は怪訝そうな顔をした。
当然だろう。
食べ物というのは、普通なら火を通したり煮込んだり、何かしら調理するものだ。
容器にお湯を入れて三分。
それだけで食べられると言われても、信じられない。
「実際に作ってみます」
俺は父を見る。
父が頷いた。
「頼む」
俺は水魔法で水を作り、それを火魔法で温めた。
「……おい」
店主が目を見開く。
「魔法まで使えるのか?」
「少しだけです」
父が答えた。
俺が水を容器へ注ぐ。
蓋を閉める。
「三分待ちます」
「……これだけ?」
「これだけです」
店主は半信半疑のまま、カップヌードルを見つめていた。
三分。
蓋を開ける。
湯気とともに、独特の香りが広がった。
店主の表情が変わった。
「……いい匂いだな」
「でしょう?」
俺は笑った。
父も隣で頷いている。
俺はフォークを渡した。
「食べてみてください」
店主は少し迷ってから、麺を口に運んだ。
そして――。
「……うまいな」
その一言が出た。
「本当に?」
「ああ。少なくとも、俺は初めて食べる味だ」
店主はもう一口食べた。
そしてまた一口。
「これは……保存もできるのか?」
「はい」
「調理も簡単?」
「お湯さえあれば」
「なるほど……」
店主はカップヌードルを見つめながら考え込んだ。
俺は黙って待った。
やがて店主が顔を上げる。
「いくらで売るつもりだ?」
「……え?」
そこまで考えていなかった。
「値段ですか?」
「ああ。商売なんだから、そこが決まらないと話にならない」
「……」
俺は父を見る。
父も困ったような顔をしている。
前世の価格をそのまま持ってくるわけにはいかない。
この世界の物価が違うからだ。
すると店主が苦笑した。
「まあ、初めてなら分からんか」
「すみません」
「謝ることじゃない。むしろ、ここからが商売の話だ」
店主は棚に並んでいる商品をいくつか指した。
「小麦がこれくらい。干し肉ならこれくらい。普通の食事ならこの程度が相場だ」
俺は説明を聞きながら考えた。
材料費はほとんどない。
少なくとも、俺が自分で何かを仕入れて作っているわけではない。
ただ【NISSIN】から生成される。
なら、販売価格のほとんどが利益になる。
とはいえ、商会にも利益を出してもらわなければならない。
「……じゃあ、まずは試してみませんか?」
「試す?」
「はい。いきなりたくさん売るんじゃなくて、少しだけ」
店主が俺を見る。
「何個くらいだ?」
今日生成できるのは十個。
家族が食べる分を考えれば、全部渡すことはできない。
だから、最初は数個だけでもいい。
「五個くらいで」
「五個?」
「はい。それを店に置いて、売れるか試してみたいです」
店主はしばらく考えた。
「……まあ、五個なら置いてみてもいい」
「本当ですか?」
「ああ。ただし、売れるかどうかは分からんぞ」
「それで大丈夫です」
売れなくてもいい。
まずは、誰かに食べてもらう。
それが目的なのだから。
「値段については、俺が決めてもいいか?」
「お願いします」
「売れたら、代金から店の取り分を引いて渡す。それでいいな?」
「はい」
こうして、俺は初めて商売の約束をした。
とはいっても、たった五個。
それも、村の小さな商会で試しに置いてもらうだけだ。
まだ商売を始めたというには小さすぎる。
それでも俺にとっては大きな一歩だった。
◇◇◇
その日の夜。
家に戻ってから、俺は【NISSIN】を確認した。
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:0/10』
今日は家族で四個食べた。
そして商会にも五個渡した。
一日に生成できる十個を、ほとんど使い切った。
「……明日はどうなるかな」
これまでなら、四人で食べる。
それだけだった。
でも今日は違う。
自分たち以外の人間が、これを食べることになる。
近所の人だけではない。
商会で買った客が食べる。
その客が気に入れば、また食べるかもしれない。
そうなれば、もっと多くの人が食べることになる。
俺はベッドに横になりながら、明日の朝が少し楽しみになった。
そして翌朝。
目を覚ました俺は、いつものように【NISSIN】を確認した。
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:12/12』
「…………十二?」
思わず、目を疑った。
昨日までは十個だった。
それが、十二個になっている。
「二個も増えた……」
俺は表示を何度も確認した。
間違いない。
昨日、商会に五個渡した。
そのうちいくつ売れたのかは、まだ分からない。
だが――。
「……食べてもらったんだ」
近所に配ったときよりも、明らかに大きな変化だった。
無料で渡した分。
そして商会を通して、誰かが買って食べた分。
それらが【NISSIN】の成長につながった。
「やっぱり……人が食べるほど、増えるんだ」
俺は表示を見つめながら、ゆっくりと笑った。
十個。
それだけでも十分だと思っていた。
でも、十二個になった。
なら、もっと食べてもらえばいい。
もっとたくさんの人に、このカップヌードルを知ってもらえばいい。
そのためには、俺一人で売るよりも、店を持っている商人に任せた方がいい。
今の俺には、それが一番いい方法に思えた。
ただ――。
このときの俺はまだ、商会に渡せる商品が増え続けた先で、今の小さな商会だけではカップヌードルを扱いきれなくなることまでは考えていなかった。




