第4話 三個のカップヌードル
翌朝。
俺は目を覚ますと、昨日と同じように【NISSIN】を確認した。
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:3/3』
「…………三個」
昨日までは二個だった。
それが、今朝は三個になっている。
表示を何度見直しても、そこに書かれている数字が変わることはない。
どうやら見間違いではないらしい。
「本当に増えてるな……」
俺はベッドの上でしばらく表示を眺めていた。
二個になったときも驚いたが、三個になるまでの期間はもっと短かった。
最初の一個から二個になるまでには一週間ほどかかった。
ところが二個になってから三個になるまでは、それほど時間がかかっていない。
もちろん、まだ二回しか変化を経験していない以上、これだけで成長速度が上がったと判断するのは早い。
たまたまかもしれない。
何か別の条件があるのかもしれない。
けれど、俺には一つだけ思い当たることがあった。
「使ったこと……食べたこと……」
昨日、俺は三個になったら何が変わるのかを考えていた。
そして今朝、本当に三個になった。
毎日スキルを使う。
生成したカップヌードルを家族で食べる。
それを繰り返した結果として、生成できる数が増えているのだとしたら。
もしかすると、このスキルは使い続けることで成長するだけではなく、生成したものを実際に消費することも何らかの実績として記録しているのかもしれない。
しかし、確かめる方法はない。
今のところ俺にできるのは、毎日使って、毎日食べることくらいだ。
「まあ、いいか」
考えても分からないものは、考え続けても仕方がない。
俺はベッドから起き上がると、今日のカップヌードルを生成することにした。
「……出てこい」
ぽんっ。
一つ目。
「もう一個」
ぽんっ。
二つ目。
「最後」
ぽんっ。
三つ目。
机の上に三つのカップヌードルが並んだ。
「三個か……」
一週間前なら、一個出てくるだけで家族全員が驚いていた。
それが今では三個だ。
こうして並べてみると、たった三個でも妙に多く感じる。
もちろん、四人家族の朝食として考えれば、それだけで十分というわけではない。
けれど、今日はいつもと少し違う食べ方ができそうだった。
俺は三つのカップを持って、居間へ向かった。
◇◇◇
「おはよう、モフク」
「おはよう」
居間では、父と母が朝食の準備をしていた。
妹もすでに起きていて、食卓の近くに座っている。
俺が三つのカップを持って入ってくると、妹がすぐに反応した。
「今日は三つ?」
「ああ」
「昨日は二つだったよね?」
「今朝になったら三つになってた」
「また増えたの?」
「そうみたい」
妹は目を輝かせた。
「じゃあ、今日はいっぱい食べられる?」
「昨日よりはね」
俺がそう答えると、妹は嬉しそうに笑った。
父も三つのカップを見ながら頷く。
「二個になったと思ったら、今度は三個か」
「うん」
「増える間隔も短くなっているな」
「父さんもそう思う?」
「ああ。最初に一個だったときは、しばらく変わらなかっただろう?」
「一週間くらい」
「それが二個になって、今度は数日で三個か」
父の言葉に、俺は少し考え込んだ。
やはり、父も同じことを感じているらしい。
「やっぱり、使い続けたからかな」
「そうかもしれないな」
父はそう言った。
けれど、それ以上は何も言わなかった。
母も三つのカップを見ながら、
「それなら、今日から少し食べ方を変えてみてもいいんじゃない?」
と言った。
「食べ方?」
「今までは四人で一つか二つを分けていたでしょう?」
「ああ」
「今日は三つあるんだから、モフクとアリアは一つずつ食べて、私たちは残った一つを分けたらいいんじゃないかしら」
「それでいいと思う」
俺も頷いた。
父も特に反対しなかった。
「じゃあ、今日はそれでいこう」
「やった!」
妹が嬉しそうに声を上げる。
「アリア、そんなに嬉しい?」
「だって一個食べられるんでしょ?」
「そうだな」
俺は笑った。
妹にとって、一人で一個食べられるというのはかなり大きなことらしい。
今までは一つのカップヌードルを四人で分けていた。
それが今日は、自分だけの一個がある。
もちろん、これだけで満腹になるほどの量ではない。
だから母はいつも通りの朝食も用意してくれている。
パンと簡単なおかず。
そこに今日はカップヌードルが加わる。
この世界の食事として考えれば、少し変わった朝食になった。
「じゃあ、お湯を入れるね」
俺はカップの蓋を開ける。
今日は三個。
一度に三個分のお湯を用意する必要がある。
水魔法を使い、必要な量の水を作り出す。
続けて火魔法で温める。
沸騰した湯を三つのカップへ順番に注いでいく。
「便利だな」
父が言う。
「これくらいなら簡単だよ」
「それでも、水を作って、さらに温めるんだからな。魔法を使えない人間からすれば十分便利だ」
父の言葉を聞きながら、俺はふと思った。
確かにそうだ。
この世界では、お湯を用意するだけでも火を起こしたり、水を汲んだりしなければならない。
もちろん普通の家庭ならそれほど難しいことではない。
けれど、俺の場合は魔法だけで済ませられる。
カップヌードルそのものが便利なのもそうだが、俺が魔法を使えることも、このスキルとの相性を良くしている。
「三分待とう」
蓋を閉じる。
妹がじっとカップを見つめる。
「三分?」
「三分」
「長い」
「いつも言ってるなぁ」
父が笑う。
「だって早く食べたいんだもん」
「もう少しだから我慢して」
母が妹をなだめる。
そんな会話をしているうちに三分が経った。
俺が蓋を開けると、湯気が立ち上る。
香りが広がった。
「いただきます」
俺が言う。
「いただきます」
父と母と妹も続いた。
今日は一人一つ。
正確には父と母だけは一つを二人で分けているので、俺と妹がそれぞれ一個だ。
俺はフォークを使って麺を持ち上げた。
いつもの味。
前世で何度も食べた味。
この世界に生まれてから食べるようになった、家族との食事。
「やっぱりおいしいな」
「うん!」
妹は夢中になって食べている。
母も少しずつ麺を口に運び、父は黙々と食べている。
しばらくして、妹が顔を上げた。
「これ、一個食べてもいいんだよね?」
「アリアの分だからな」
「やった!」
嬉しそうに笑う妹を見て、俺も自然と笑ってしまう。
今までなら一つのカップを四人で分けていた。
それが今日は、俺と妹は一個ずつ。
父と母は一個を二人で分ける。
そして、それとは別にいつもの朝食もある。
少しだけ、食卓が豊かになった気がした。
◇◇◇
朝食を終えたあと、俺は一人で部屋に戻った。
机の上には、食べ終わったカップヌードルの容器が残っている。
しかしこれはしばらくすると消える。
最初はそれも不思議だった。
食べ終わった容器まで残らない。
この世界のゴミとして処理する必要すらない。
改めて考えると、とんでもなく便利なスキルだ。
俺は【NISSIN】を確認した。
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:0/3』
「三個全部使った」
表示を確認したあと、俺は腕を組んだ。
やはり今日も三個まで。
ということは、今のところ一日に生成できる数そのものが増えている。
使った分が残っているわけではない。
明日になれば、また三個使えるようになるのだろう。
そこで俺は、昨日から気になっていたことをもう一度考えた。
「どうして増えたんだろうな」
最初の一個。
それから二個。
そして三個。
何が共通しているのか。
毎日使った。
毎日食べた。
他には特に何もしていない。
魔法の練習は以前からやっているから、今回の変化とは関係なさそうだ。
生活そのものも大きく変わっていない。
そう考えると、やはり【NISSIN】を使ったことが一番怪しい。
ただ、それだけなら一回使えばすぐに増えてもおかしくない。
実際には一個のまま一週間続いた。
ならば、使った回数か。
あるいは、生成した数か。
それとも――食べた数か。
「……やっぱり分からない」
俺は頭を掻いた。
スキルが表示する情報が少なすぎる。
例えば、あと何個食べれば増えるのか。
何回使えば増えるのか。
そもそも、何を基準にしているのか。
今一つ分からない。
ただ、分からないからといって何もしないわけにもいかない。
だったら、今までと同じことを続けるしかない。
毎日使う。
毎日食べる。
そして、変化を記録する。
「……記録くらいはした方がいいか」
俺はそう思った。
今までは毎朝確認して終わりだった。
けれど、これから生成数が増えていくのであれば、いつ増えたのかくらいは覚えておいた方がいい。
一個だった期間。
二個だった期間。
三個になった日。
それを書いておけば、何か分かるかもしれない。
幸い、この世界では読み書きもできる。
前世の記憶がある俺にとって、文字を覚えること自体はそれほど難しくなかった。
俺は簡単な紙を一枚用意すると、今日の日付と一緒に書き始めた。
――一個。
――約一週間。
――二個。
――四日。
――三個。
「こうして見ると……やっぱり早くなってるな」
もちろん、まだ二回しか増えていない。
だから偶然かもしれない。
それでも、これから同じように記録していけば、何か傾向が見えてくるかもしれない。
俺は紙を折りたたんだ。
「しばらくはこれで様子見だな」
個数に余裕が出たら、販売してもいいかもしれない。
今はまだ三個。
家族で食べるだけなら少し余裕が出てきたとはいえ、誰かに売るほどの数ではない。
それに、売ってしまえば家族が食べる分が減る。
だったら、もっと増えるまで待つべきだ。
五個。
十個。
そこまで増えれば、ようやく商売として考えられるかもしれない。
「十個か……」
口に出してみると、少し遠い数字に感じた。
今は三個。
十個になるには、あと七個増えなければならない。
けれど、二個から三個になるまでの時間を考えれば、そこまで遠くないのかもしれない。
「まあ、気長にやるか」
俺は紙を机の引き出しにしまった。
そして、その日の午後もいつも通り魔法の練習をした。
水を作る。
火を起こす。
水を温める。
風を操る。
土を動かす。
幼い頃から続けてきた練習は、今では生活の一部になっている。
【NISSIN】という奇妙なスキルが現れてからも、それは変わらなかった。
ただ、一つだけ変わったことがある。
魔法の練習を終えると、俺は自然と明日の朝のことを考えるようになった。
明日は何個になっているだろう。
まだ三個だろうか。
それとも――。
「また増えてたりしてな」
冗談半分に呟いて、俺は笑った。
その時の俺は、まさかその期待が思っていたより早く現実になるとは思っていなかった。




