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第3話 増えた

 翌朝、俺はいつものように目を覚ますと、まず【NISSIN】を確認した。

 この一週間、毎朝欠かさず確認している。

 今日もどうせ同じだろう。

 そう思いながら、いつものようにスキルを意識した。

 すると――。


『取引実績を確認しました』


『異世界市場における取引量が基準値を突破しました』


『生成可能数量を増加します』


「…………は?」


 思わず声が出た。

 今まで一度も変化したことのなかった【NISSIN】に、突然表示が現れたのだ。

 しかも、書かれている内容が意味不明だった。

 取引実績?

 異世界市場?

 俺はまだ誰かに売ったことなんてない。

 そもそも、この一週間でやったことといえば、毎朝カップヌードルを一個生成して、家族四人で食べていただけだ。

 市場なんてものには、一度も出ていない。

 俺が困惑している間にも、表示は続いた。


『生成可能商品:カップヌードル』


『本日の生成可能回数:2/2』


「…………増えてる」


 昨日までは一だった。

 今日も一だと思っていた。

 それが、二になっている。

 たった一つ増えただけ。

 それでも俺にとっては、とんでもない変化だった。

 なにしろ、この一週間ずっと一個だったのだから。

 俺はしばらく表示を眺めたあと、もう一度確認した。


『本日の生成可能回数:2/2』


 間違いない。


「二個……」


 思わず呟く。

 これまで一日に一個しか出せなかったカップヌードルが、今日は二個出せる。

 もちろん、それでも四人家族全員が一個ずつ食べられるわけではない。

 だが、今まで一個を四人で分けていたことを考えれば、大きな違いだ。

 単純に考えて、食べられる量が倍になる。

 それに何より重要なのは、増えたという事実そのものだった。

 このスキルは、変化する。

 少なくとも、そう考えていい。

 俺は急いでベッドから起き上がった。


「……出てこい」


 そう呟くと、目の前に見慣れたカップが現れた。

 カップヌードル。

 昨日までと何一つ変わらない、いつものカップヌードルだ。

 ただし今日は、もう一つ出せる。

 俺は続けてもう一度スキルを使った。

 ぽんっ。

 もう一個、カップヌードルが現れた。


「……二個」


 机の上に並んだ二つのカップを見ながら、俺はしばらく黙っていた。

 一週間前なら、一個出てくるだけで家族全員が大騒ぎだった。

 それが今では、二個。

 たった一週間で、生成できる数が倍になった。

 そして俺には、一つだけ気になることがあった。

 ――なぜ増えた?

 昨日までと今日で、何か特別なことをした覚えはない。

 毎日スキルを使った。

 毎日カップヌードルを出した。

 そして、毎日家族で食べた。

 それだけだ。

 俺は二つのカップヌードルを見つめながら、ふと考えた。


「……毎日使ったから?」


 それとも、食べたからだろうか。

 あるいは、両方なのか。

 まだ分からない。

 けれど、確かなことが一つある。

 この【NISSIN】というスキルは、昨日までと同じものではない。

 何かをすれば、変化する。

 そして、その変化は――。

 俺が思っていたよりも、ずっと早く始まった。


 ◇◇◇


 俺は二つのカップヌードルを机の上に並べたまま、しばらく動けずにいた。

 今まで一日に一個。

 それが今日から二個。

 数字だけを見れば、たった一個増えただけだ。けれど、俺にとってはそれ以上の意味がある。

 この一週間、毎日同じことを繰り返しても何も起こらなかったからだ。

 朝になれば一個。

 それを生成して家族で食べる。

 次の日になれば、また一個。

 そんな生活が続いていた。

 だから俺は、【NISSIN】というスキルは一日に一個のカップヌードルを生み出すだけの能力なのかもしれないと、少しずつ考え始めていた。

 ところが、今日になって突然変わった。

 しかも、表示された内容が気になる。


『取引実績を確認しました』


『異世界市場における取引量が基準値を突破しました』


『生成可能数量を増加します』


 俺はもう一度、頭の中でその言葉を思い返した。


「取引実績……」


 俺はまだ商売なんてしていない。

 村の誰かにカップヌードルを売ったこともなければ、交換したこともない。

 もちろん、商人に渡したこともない。

 それなのに、スキルは「取引実績」と言った。

 では、一体何を取引として数えているのだろう。


「……分からないな」


 考えても答えは出てこない。

 ただ、思い当たることがないわけでもなかった。

 俺がこの一週間でやったこと。

 それは毎日カップヌードルを生成したこと。

 そして、それを家族と食べたこと。

 他にはない。


「まさか……食べたことが関係してる?」


 そう呟いたところで、確かめようがない。

 そもそもスキルがどういう仕組みで動いているのかすら分かっていないのだ。

 昨日までの一個が今日二個になった。

 それだけでも今は十分だ。


「まあ、考えるのは後にするか」


 俺は机の上のカップヌードルを二つ持ち上げた。

 せっかく二個出せるようになったのだ。

 まずは家族に見せよう。

 俺が部屋を出て居間へ向かうと、すでに父と母、それから妹が朝食の準備をしていた。


「おはよう」


「おはよう、モフク」


 いつもと変わらない朝。

 それなのに、今日は俺の手にあるものが違う。

 妹がすぐに気づいた。


「……あれ?」


「どうした?」


「それ、二つあるよ?」


「そうなんだ」


 俺は二つのカップを机の上に置いた。


「今日から二個出せるようになった」


「二個?」


 父が振り返った。


「ああ」


「昨日までは一個だっただろう?」


「そう。今朝確認したら二個になってた」


 父は机の上に並んだカップヌードルを見つめた。

 母も驚いた顔をしている。


「増えたのね」


「うん。どうして増えたのかは分からないけど」


 妹は二つのカップを交互に見ている。


「今日はいっぱい食べられる?」


「昨日よりはね」


「やった!」


 妹が嬉しそうに笑った。

 その反応を見て、俺も自然と笑ってしまう。

 たった一個増えただけなのに、こんなに喜んでもらえる。

 昨日までは四人で一つを分けていたのだから当然と言えば当然なのだが、改めて考えると少し申し訳なくなる。


「じゃあ、今日は二つ作ろうか」


「お願い」


 俺は二つのカップヌードルの蓋を開けた。

 中には昨日までと同じように、乾燥した麺と具材が入っている。

 それを見ながら、俺は少しだけ考えた。

 二個あるなら、一個ずつ別々に作ってもいい。

 だが、せっかくなら二つとも同時に作った方が早い。

 俺は水魔法を使った。

 必要な量の水を作り出す。

 続いて火魔法。

 水を温め、沸騰させる。

 魔法の練習は、カップヌードルのこととは関係なく毎日続けている。

 せっかく魔法のある世界に生まれたのだから、使えるものは使えるようになっておきたい。

 そんな単純な理由で始めた練習だったが、今ではすっかり日課になっていた。

 沸騰した湯を二つのカップに注ぐ。

 すると、すぐにあの独特の香りが立ち上った。


「この匂い、好き」


 妹が嬉しそうに言う。


「俺も好きだな」


 父も頷いた。

 母も笑いながら二つのカップを見ている。


「最初は何なのか全然分からなかったのに、今では朝になるとこれを食べるのが楽しみになってきたわね」


「そうだね」


 俺は三分を待つ。

 最初の頃はこの三分すら長く感じていたが、今では家族と話をしていればすぐに過ぎる。


「そろそろかな」


 妹が身を乗り出す。


「まだ」


「まだ?」


「もう少し」


「三分って長いね」


「昨日も同じこと言ってたぞ」


 父が笑った。


「だってお腹すいてるんだもん」


 そんな会話をしているうちに、時間が経つ。


「よし」


 俺は蓋を開けた。

 湯気と一緒に、香ばしい匂いが広がる。


「いただきます」


 俺がそう言うと、父と母、それから妹も続いた。


「いただきます」


 これも、いつの間にか家族の習慣になっていた。

 俺にとっては前世から続く言葉だが、この世界では特に決まった意味を持つ言葉ではない。

 それでも、食事の前にそう言うことを家族が気に入ってくれたらしく、今では自然と全員が口にするようになっていた。

 今日も四人で二つのカップヌードルを分ける。

 昨日までは一つを四人で分けていたから、それだけでかなり違う。

 妹は昨日より多く食べられることが嬉しいらしく、かなりの勢いで麺を口に運んでいる。


「熱いから気をつけて」


「分かってる」


 そう答えながら、また一口。


「おいしい!」


 その笑顔を見ていると、俺まで嬉しくなった。

 二個になった。

 ただ、それだけのことだ。

 けれど、昨日までより家族の食卓が少しだけ豊かになったような気がする。

 食べ終わったあと、俺はふとスキルを確認した。


『生成可能商品:カップヌードル』


『本日の生成可能回数:0/2』


「……やっぱり二個までか」


 今日二個使った。

 表示もちゃんとゼロになっている。

 ということは、昨日までと同じように、明日になればまた回復するのだろう。

 俺はそのまま表示を眺めた。

 そして、ふと気づいた。


「毎日使う」


 呟く。


 それから、


「毎日食べる」


 今度は少しだけ確信を持って口にした。

 まだ証拠はない。

 だが、今日の変化が偶然ではないとすれば、この二つが何らかの条件になっている可能性は高い。

 少なくとも、一週間ずっと何も変わらなかったあとで、今日突然増えたのだ。

 だったら、これからも同じことを続けてみればいい。

 俺はそう決めた。

 焦って売る必要はない。

 二個になったとはいえ、まだ四人家族で食べるだけでほとんどなくなる。

 これでは商売どころではない。

 もし本当にこのスキルが成長するのであれば、まずはどこまで増えるのか確かめたい。

 五個。

 十個。

 あるいは、それ以上。

 そこまで増えれば話は変わってくる。

 家族全員で一つずつ食べても余るくらいになれば、初めて他の人に食べてもらうことも考えられる。

 そして、もしこの世界でカップヌードルを売ることができれば――。


「……いや」


 俺はそこで考えるのをやめた。

 まだ早い。

 今は二個になったばかりだ。

 まずは、この変化が続くのかを確かめる。

 それが先だ。


◇◇◇


 それから数日。

 俺は今までと変わらない生活を続けた。

 朝になったら【NISSIN】を確認する。

 カップヌードルを生成する。

 家族と食べる。

 そして、魔法の練習をする。

 次の日になれば、また二個生成できるようになっている。

 最初の一個から二個になったときほどの驚きはない。

 けれど、毎朝二個のカップヌードルが表示されるたびに、俺は少しだけ安心した。

 どうやら一日だけの変化ではなかったらしい。

 このスキルは、本当に変わったのだ。

 そして、二個になってから数日が経ったある朝。

 俺はいつものように目を覚ますと、まだ眠気の残る頭で【NISSIN】を確認した。


『生成可能商品:カップヌードル』


『本日の生成可能回数:3/3』


「…………え?」


 俺は目をこすった。

 もう一度確認する。


『本日の生成可能回数:3/3』


「また増えた……」


 二個になってから、まだそれほど経っていない。

 なのに、今度は三個。

 俺はベッドの上でしばらく固まっていた。

 そして、胸の奥からじわじわと湧いてくる期待を感じながら、ゆっくりと笑った。


「これ……もしかして、思ってたより早く増えるんじゃないか?」


 俺はまだ知らなかった。

 生成した商品を家族が食べれば食べるほど、このスキルの成長が早くなっていくことを。

 そして、二個から三個へと増えたこの小さな変化が、やがて一日に生み出せる商品を大きく増やしていくことも。

 またしても、この時の俺はまだそんなことを知る由もなかった。


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