第26話 新商品どん兵衛
リックたちが帰還してから数日。
新規契約の処理や配送計画の見直しで、モフク商会は相変わらず慌ただしい日々を送っていた。
東領と西領で獲得した新たな取引先は合わせて九件。
まだ試験販売の段階の商会もあるが、それでも確実に販路は広がっている。
事務員として採用したミーナとロイドもすっかり仕事に慣れ、以前より商会全体の動きはずっとスムーズになっていた。
そんな中でも俺の日課だけは変わらない。
毎朝のスキル確認だ。
◇◇◇
朝。
目を覚ました俺は、いつものようにスキルを開く。
『生成可能商品:カップヌードル』
『生成可能商品:カップヌードル シーフード』
『生成可能商品:カップヌードル カレー』
『本日の生成可能回数:2007/2007』
「二千……」
思わず声が漏れた。
ついに。
ついに二千を超えた。
百個を超えた時も驚いた。
千個を超えた時はもっと驚いた。
だが二千個はまた別だった。
商会を作る前。
まだ村にいた頃。
一日に百個作れるようになっただけで大騒ぎしていたのだ。
それが今では二千個。
感慨にふけっていた、その時だった。
『新商品解放』
「来た」
思わず身を乗り出す。
千個到達でシーフードとカレーが追加された。
ならば二千個で何かが来るとは予想していた。
『生成可能商品:どん兵衛 きつねうどん』
「どん兵衛か!」
思わず立ち上がった。
なるほど。
確かに順当だ。
しかもきつねうどん。
日清商品の中でも定番中の定番である。
◇◇◇
朝食もそこそこに俺は倉庫へ向かった。
誰もいないことを確認し、新商品の生成を試す。
次の瞬間。
目の前に現れた商品を見て、思わず笑った。
「懐かしいなあ」
どん兵衛だ。
間違いない。
大きめの容器。
カップヌードルとは明らかに違う。
さらに中を確認する。
油揚げ。
粉末スープと七味の袋。
太いうどん。
全部揃っていた。
「これは説明が必要だな」
カップヌードルは単純だった。
蓋を開けてお湯を入れるだけ。
しかしどん兵衛は違う。
まず粉末スープを入れる。
お湯を入れる。
五分待つ。
工程が増えている。
間違いなく説明書が必要だった。
◇◇◇
その日の昼。
商会の会議室には主要メンバー全員が集められていた。
父。
母。
アリア。
トム。
ガルド。
リック。
エマ。
ミーナ。
ロイド。
そして俺。
「新商品?」
アリアが目を輝かせる。
「そう」
俺は机の上へ商品を置いた。
「これ」
一同の視線が集中する。
「またカップヌードルですか?」
ミーナが尋ねる。
「似てるけど違う」
「違う?」
ロイドが首を傾げた。
俺は蓋を指差す。
「まずこの袋」
「袋?」
全員が困惑していた。
無理もない。
今までの商品にはなかったものだ。
◇◇◇
「じゃあ実際に作るね」
人数分を並べる。
まず蓋を少し開ける。
「この中の粉末スープを入れる」
「粉末スープ?」
アリアが不思議そうな顔をした。
「お湯にいれるだけでスープになる粉だよ」
「ふーん」
次にお湯を入れる。
「ここまでは同じ」
全員頷く。
しかし俺は続けた。
「ただし三分じゃない」
「違うのか?」
父が聞く。
「五分」
「長いな」
ガルドが言った。
「麺が太いからね」
◇◇◇
五分後。
俺は蓋の上の袋を持ち上げた。
「最後にこれ。入れるかはお好みだけどね」
七味を入れる。
そして軽く混ぜる。
途端に香りが広がった。
「おお……」
トムが思わず声を漏らす。
今までのラーメンとは違う。
優しい出汁の香りだった。
◇◇◇
「いただきます」
全員で試食を始める。
最初に反応したのはアリアだった。
「麺が太い!」
予想通りの反応である。
「今までと違う!」
「うどんだからね」
「うどん?」
「麺の種類」
説明するとアリアは何度も頷いていた。
「これは面白いですね」
エマが言う。
「食感が全然違います」
「確かに」
リックも同意した。
「カップヌードルとは別物ですね」
トムも頷く。
「腹に溜まる感じがします」
「分かる」
俺もそう思う。
うどん独特の満足感だ。
父はしばらく黙って食べていた。
そして。
「好きだな」
ぽつりと言った。
「シーフードより?」
俺が聞く。
「いや」
父は少し考える。
「シーフードも好きだ」
「どっち?」
「選べん」
全員が笑った。
母は油揚げを食べながら言う。
「これ美味しいわね」
「おあげ?」
アリアも頷く。
「甘い!」
「そこが特徴だからね」
異世界に油揚げ文化があるかはともかく、甘辛く味付けされたものは珍しいらしい。
評判は上々だった。
◇◇◇
試食会が終わると、今度は商談に入る。
「問題は生産割合ですね」
ミーナが帳簿を開いた。
確かにその通りだ。
新商品が増えた以上、どのくらい作るか決める必要がある。
「いきなり大量は危険です」
エマが言う。
「売れ行きが読めません」
「同感です」
リックも頷いた。
しばらく議論した結果。
まずは。
しょうゆ四十%。
シーフード二十五%。
カレー二十五%。
どん兵衛十%。
で始めることになった。
「まずは様子見だね」
俺が言う。
「その方が安全でしょう」
ミーナも賛成した。
だが問題は別にあった。
「作り方です」
ロイドが言った。
「確かに」
俺も頷く。
カップヌードルは簡単だった。
お湯を入れるだけ。
しかしどん兵衛は違う。
粉末スープ。
五分待ち。
初めての人は絶対に迷う。
「説明書を付けますか?」
リックが提案する。
「文字だけだと読めない人もいます」
「それなら絵ですね」
エマが言った。
「絵か」
それは良い案だった。
文字が読めなくても理解できる。
その日のうちに全員で案を出し合った。
一枚目。
蓋を開ける絵。
二枚目。
粉末スープを入れる絵。
三枚目。
お湯を注ぐ絵。
四枚目。
五分待つ絵。
六枚目。
七味を入れる絵。
完成。
「分かりやすいな」
父が感心する。
前世では当たり前の説明図だが、この世界ではあまり見かけない。
さらに商会の入口へ貼る宣伝用ポスターも作ることになった。
『新発売』
『どん兵衛 きつねうどん』
大きく書く。
そして完成品の絵。
試食会の案内。
おすすめの食べ方。
できる限り分かりやすくまとめた。
「売れそうだね」
アリアが満足そうに言う。
「だといいけど」
俺は苦笑した。
◇◇◇
数日後。
準備は全て整った。
荷馬車へ新商品が積み込まれていく。
リックとエマも準備万端だった。
「今度はうどんですね」
リックが笑う。
「反応が楽しみです」
エマも頷いた。
カップヌードル。
シーフード。
カレー。
そしてどん兵衛。
モフク商会の商品はまた一つ増えた。
販路も広がっている。
従業員も増えた。
商会も大きくなった。
そして【NISSIN】もまた成長を続けている。
荷馬車がゆっくりと商会の前を出発する。
その背中を見送りながら、俺は小さく笑った。
「さて、次は何が出るんだろうな」
三千個。
あるいはもっと先かもしれない。
だがきっと、また新しい何かが待っている。
そんな確信があった。




