第22話 足りないもの
商会を設立してから二か月あまり。
新たに追加されたシーフード味とカレー味は予想以上の人気となっていた。
ベルク商会からは追加注文。
村の商会からも追加注文。
新しく取引を始めた商人たちからも注文が入る。
最初は売れ残りを心配していたというのに、今では逆だった。
もちろん悪いことではない。
だが問題も生まれていた。
◇◇◇
朝。
いつものようにスキルを確認する。
『生成可能商品:カップヌードル』
『生成可能商品:カップヌードル シーフード』
『生成可能商品:カップヌードル カレー』
『本日の生成可能回数:1247/1247』
「千二百四十七個か……」
千個を超えてからも成長は止まらない。
むしろ加速している。
今では一日に数十個ずつ増えることも珍しくなかった。
俺は倉庫へ向かった。
そして扉を開く。
「……やっぱりか」
思わず呟く。
倉庫の中には大量の商品が積まれていた。
もちろん毎日出荷している。
だが生産量の伸びがそれ以上なのだ。
注文は増えている。
取引先も増えている。
それでも増加分を吸収しきれなくなり始めていた。
◇◇◇
「会頭」
トムが近づいてきた。
「どうした?」
「倉庫の奥、もうかなり埋まっています」
「やっぱり?」
「はい」
予想通りだった。
ガルドも頷く。
「このまま増えれば、一か月も持たないかと」
「そんなにかあ」
倉庫を借りたばかりだと思っていた。
だが当時は百個台だったのだ。
今は千個を超えている。
単純に十倍近い。
足りなくなるのも当然だった。
◇◇◇
昼。
俺は帳簿を広げていた。
現在の出荷量。
取引先。
在庫量。
全てを書き出してみる。
「倉庫を増やすべきかな」
そう呟いた時だった。
「増やしても同じだと思いますよ」
声がした。
振り向く。
ハリーだった。
「こんにちは」
「こんにちは」
最近は商会へ顔を出すことも増えている。
ベルク商会は最大の取引先だからだ。
ハリーは帳簿を覗き込んだ。
「在庫ですか」
「はい」
「足りませんか?」
「逆です」
俺は苦笑した。
「余り始めています」
するとハリーも苦笑した。
「やはりですか」
「やはり?」
「予想していました」
そう言って椅子に座る。
「モフク君」
「はい」
「問題は倉庫だけではありません」
「違うんですか?」
「ええ」
ハリーは即答した。
「確かに倉庫は埋まります」
「はい」
「ですが倉庫は借りれば済みます」
それはその通りだった。
金はかかる。
だが解決できる。
「では問題は何か」
ハリーは指を一本立てる。
「販売先です」
「販売先……」
「ええ」
ハリーは頷いた。
「商品を置く場所が足りないのではありません」
「売る場所が足りないのです」
俺は少し考えた。
言われてみればその通りかもしれない。
もし販売先が二倍になれば。
商品は二倍売れる。
倉庫に溜まる量も減る。
「今の取引先だけでは限界が来ます」
「なるほど」
「そして、その限界は思ったより近いでしょう」
しばらく沈黙する。
俺もそのことは薄々感じていた。
町の中で売る。
周辺の村で売る。
近隣の商会へ卸す。
それだけでは千個を超える商品を捌き続けるのは難しい。
ではどうするのか。
答えは単純だった。
「他領ですか」
俺が言う。
ハリーが笑った。
「その通りです」
◇◇◇
「実はですね」
ハリーは面白そうに続けた。
「既に噂は広がっています」
「他領まで?」
「ええ」
俺は少し驚いた。
「そんなにですか」
「ベルク商会を甘く見てはいけません」
ハリーが笑う。
「商人は情報を運ぶ仕事でもあります」
確かにそうだ。
商品と一緒に噂も運ばれる。
「カップヌードルの話は既に他領の商人も知っています」
「じゃあ」
「営業に行けば話は早いでしょう」
そこで一つ問題があった。
「でも俺は動けません」
毎日の生成がある。
一日休めば千個以上の機会を失うことになる。
今のモフク商会は俺が止まれば全て止まる。
だが。
「もちろんです」
ハリーは頷いた。
「会頭が行く必要はありません」
「え?」
「従業員を使うのです」
その言葉に俺は目を瞬かせた。
そうか。
言われてみれば当然だった。
今までの俺は何でも自分でやろうとしていた。
配達もそうだった。
営業もそうだった。
だが商会は一人で動かすものではない。
だから従業員がいる。
「営業担当を雇う」
俺は呟く。
「ええ」
ハリーが頷く。
「他領へ派遣する人材です」
「商談専門か」
「その方が効率的でしょう」
確かに。
俺が何日もかけて回るより、営業担当を雇った方が早い。
◇◇◇
ハリーが帰った後。
俺はゆっくり町を歩いていた。
倉庫が足りないと思っていた。
だが本当の問題は違った。
販売先。
販路。
物流。
商会が大きくなるというのはそういうことなのだろう。
商品があるだけでは駄目だ。
届ける場所が必要だ。
売る場所が必要だ。
そして、そのために働く人も必要になる。
◇◇◇
商会へ戻る。
トムとガルドは荷車の整理をしていた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
俺は倉庫を見上げた。
積み上がったカップヌードル。
しょうゆ。
シーフード。
カレー。
どれも人気商品だ。
そして明日も増える。
明後日も増える。
おそらくその先も。
「……増やすか」
自然と声が出た。
「何をです?」
トムが聞いてくる。
俺は笑った。
「従業員」
「え?」
「もう二人じゃ足りない」
トムとガルドが顔を見合わせる。
そして少し困ったように笑った。
◇◇◇
その夜。
帳簿を閉じながら考える。
次に必要なのは倉庫ではない。
販路だ。
もっと遠くへ。
もっと多くの人へ。
カップヌードルを届けるための道だ。
幸い、噂は既に広がっている。
商品もある。
資金もある。
ならば動くべきだろう。
俺は新しい紙を取り出した。
そこへ一行だけ書く。
――営業担当、配送担当募集。
商会設立から二か月。
モフク商会はまた一つ、新しい段階へ進もうとしていた。




