第21話 新しい味
商会を設立してから二か月。
モフク商会は順調に成長を続けていた。
もっとも、商会と言っても今のところは卸売専門だ。
店を構えて一般客へ直接販売することはしていない。
毎朝俺が【NISSIN】でカップヌードルを生成し、それを倉庫へ運ぶ。そこから各商会や行商人へ商品を卸す。
最初に取引を始めた村の商会。
ベルク商会。
そして行商人のダン。
さらにこの二か月で取引先は少しずつ増えていた。
今では近隣の町へ商品を運ぶ商人も現れ始めている。
もちろん、すべてが順調だったわけではない。
帳簿の付け方を覚えたり、商品の管理方法を考えたり、倉庫の整理をしたりと、慣れないことは山ほどあった。
それでも商会は回っている。
それどころか、予想以上に上手くいっていた。
◇◇◇
「おはようございます、会頭」
朝。
倉庫へ向かうと声がかかった。
振り返ると、大きな木箱を抱えた男が手を上げている。
トムだ。
二十五歳。
モフク商会で最初に雇った従業員の一人である。
短い茶髪に日焼けした肌。
元々は運送業の手伝いをしていたらしく、荷物運びには慣れていた。
「おはよう」
「今日はベルク商会へ行ってきます」
「よろしく」
「任せてください」
頼もしい返事だった。
その奥では、もう一人の従業員が荷車を点検している。
ガルド。
三十一歳。
無口だが真面目な男だ。
こちらも運搬経験があり、仕事は正確だった。
「ガルド」
「はい」
「荷車は大丈夫そう?」
「問題ありません」
それだけ言うと再び車輪を確認し始める。
相変わらず口数は少ない。
だが仕事は丁寧だ。
この二人のおかげで、俺自身が配達に出る必要はほとんどなくなった。
以前は毎日のように荷車を引いて町中を走り回っていた。
今では生成と管理が主な仕事になっている。
人を雇う意味がよく分かった。
全部を一人でやるのは無理なのだ。
◇◇◇
倉庫の扉を開く。
中には大量のカップヌードルが積まれていた。
二か月前なら想像もできなかった量だ。
ただ、それも今では見慣れた光景になっている。
「さて」
俺はスキルを開いた。
毎朝の日課だ。
そして――。
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:1008/1008』
「……千個超えたのか」
思わず声が漏れた。
表示を見直す。
間違いない。
1008個。
ついに四桁だ。
一個しか出せなかった頃から考えれば、とんでもない数字だった。
家族四人で分け合っていたあの日。
一つのカップヌードルを少しずつ食べていた頃。
それを思い出す。
あの頃の俺が見たら卒倒するかもしれない。
「千個か……」
感慨深く呟いた、その時だった。
突然、表示が変化する。
『条件達成』
「ん?」
見慣れない文字。
続いて新しい表示が現れた。
『新商品が解放されました』
『カップヌードル シーフード』
『カップヌードル カレー』
「……え?」
一瞬、理解が追いつかなかった。
新商品。
つまり。
「味が増えた?」
思わず立ち尽くす。
これまではずっと同じカップヌードルだった。
商品名も変わらなかった。
だから増えるとは思っていなかったのだ。
だが表示は確かにそう書いている。
シーフード。
カレー。
どちらも前世で見慣れた名前だった。
「まさかここで増えるとは……」
千個到達が条件だったのだろうか。
理由は分からない。
だが増えたものは増えた。
なら試すしかない。
◇◇◇
昼。
家族全員を呼び集めた。
「新しい味?」
母が首を傾げる。
「本当?」
アリアは目を輝かせた。
「本当」
俺はテーブルに三種類のカップヌードルを並べる。
しょうゆ。
シーフード。
カレー。
見慣れた三種類だった。
「増えたの?」
「増えた」
アリアが大喜びする。
さっそくお湯を入れ、待つこと三分。
まずは試食だ。
「いただきます」
全員で手を合わせる。
そして食べる。
最初に反応したのは父だった。
「……これだな」
「どれ?」
「シーフード」
父は頷いた。
「うまい」
気に入ったらしい。
魚介の旨味が効いたスープは、この世界の人間にも分かりやすい美味しさなのだろう。
「私はこっちかしら」
母はカレーを選んだ。
「香りがいいわね」
確かにカレーの匂いは強い。
食欲を刺激する。
「アリアは?」
「カレー!」
即答だった。
予想通りである。
妹は夢中になって食べていた。
「お兄ちゃん! これ好き!」
「そうか」
「毎日これでもいい!」
「それはやめてくれ」
思わず笑ってしまう。
そして俺自身は。
「やっぱりこれかな」
しょうゆ味を手に取った。
結局、一番慣れている味だ。
もちろんシーフードもカレーも美味しい。
だが一番好きなのは昔から変わらなかった。
◇◇◇
翌日。
さっそく新商品を各取引先へ持ち込んだ。
ベルク商会。
最初の小商会。
その他の取引先。
どこも反応は似たようなものだった。
「新商品ですか?」
ハリーが目を丸くする。
「はい」
俺は三種類を並べる。
「しょうゆ味以外に増えました」
「これは……」
ハリーは興味深そうに見比べる。
そして試食。
数分後。
「売れますね」
即答だった。
「早いですね」
「分かります」
ハリーは断言する。
「同じ商品でも味の選択肢があると客は喜びます」
それは前世でも同じだった。
「特にカレーは人気が出そうですね」
「そう思いますか?」
「ええ」
ハリーは笑った。
「子供も好きそうです」
アリアの顔が浮かんだ。
たしかにその通りかもしれない。
◇◇◇
結果は予想以上だった。
数日後には追加注文が入る。
シーフード。
カレー。
どちらも好評。
もちろん従来のしょうゆ味も売れている。
三種類になったことで、むしろ全体の売上が伸びた。
「また追加ですか」
トムが驚く。
「最近すごいですね」
「本当に」
ガルドまで珍しく同意した。
取引先も増えている。
商品を扱いたいという商人も増えている。
カップヌードルの名前は少しずつ広がり続けていた。
◇◇◇
夜。
仕事を終えた俺は帳簿を閉じた。
そしてスキルを確認する。
『生成可能商品』
『カップヌードル』
『カップヌードル シーフード』
『カップヌードル カレー』
三種類。
少し前まで一種類しかなかった。
それが今では三種類だ。
生産数は千個を超えた。
商会も動いている。
従業員もいる。
取引先も増えている。
「早いな」
思わず呟く。
商会を作ると決めたのが、ずいぶん昔のことのように感じた。
もちろん、まだ終わりではない。
むしろ始まったばかりだ。
取引先は増え続けている。
【NISSIN】も成長を続けている。
そして何より――。
このスキルがどこまで成長するのか、まだ誰にも分からない。
俺は窓の外を見た。
町の灯りが夜の中に浮かんでいる。
カップヌードルは今日も各地へ運ばれていった。
町へ。
村へ。
そして、まだ見ぬ土地へ。
新しい味と共に、その名前は少しずつ広がり続けていた。
【NISSIN】の成長も、まだ止まる気配はなかった。




