第17話 家族会議
商人ギルドを見学し、ベルク商会を後にした俺は、その日のうちに村へ戻った。
帰り道。
頭の中ではずっとハリーの言葉が繰り返されていた。
――小規模な商会なら、すでに設立可能。
最初に聞いたときは冗談かと思った。
だが、ハリーは本気だった。
商会を作る。
倉庫を借りる。
人を雇う。
少し前までの俺なら考えもしなかった話だ。
けれど今は違う。
百二十個を超えたカップヌードル。
増え続ける販路。
そして止まらない【NISSIN】の成長。
いつか必要になるのなら、早めに考えておくべきなのかもしれない。
◇◇◇
村へ着いた頃には、空は少し赤くなり始めていた。
「ただいま」
「お帰りなさい」
母が出迎えてくれる。
その奥からアリアも飛び出してきた。
「お兄ちゃん!」
「ただいま」
「どうだった?」
「色々見てきたよ」
「町?」
「商人ギルド」
「ぎるど?」
「商人が集まる場所」
「ふーん」
よく分からなかったらしい。
アリアはすぐに興味を失った。
◇◇◇
夕食を終えた後。
俺は父と母の前に座った。
アリアも興味津々で隣にいる。
「それで、聞きたいことって何だったんだ?」
父が口を開く。
俺は今日聞いてきた話を順番に説明した。
商人ギルド。
商会登録。
後見人。
倉庫。
人手。
資金。
そして――。
「小規模な商会なら、今でも作れるかもしれないって言われた」
その言葉に。
父と母は顔を見合わせた。
「商会か……」
父が腕を組む。
「そんな話になっているのか」
「俺も驚いたよ」
少し前までは家族で食べていただけだった。
それが今では商会設立の話だ。
前世の俺が聞いたら信じないだろう。
「でも、商会を作るとなると問題もあるんだ」
「問題?」
母が首を傾げる。
「倉庫」
「ああ」
父もすぐに理解した。
「村にはないな」
「うん」
小さな物置程度ならある。
だが商会用の倉庫となると話は別だ。
町に借りるしかない。
「それに、人を雇うなら町の方がいいと思う」
「確かにな」
「荷車もそうだし、取引先もそう」
商人ギルドも町にある。
ベルク商会も町だ。
商品を運ぶにも売るにも町の方が便利だった。
「つまり」
父が言った。
「町へ移る可能性があるってことか」
「そうなる」
部屋が静かになる。
それは当然だった。
今住んでいる家。
畑。
村の人たち。
全部ここにある。
簡単な話ではない。
「俺は通うことも考えた」
実際、それも一つの方法だ。
村から町まで半日もかからない。
毎日ではなくても移動はできる。
「でも、生産量が増え続けるなら厳しくなると思う」
百二十個。
今はまだ何とかなる。
だが二百個。
三百個。
五百個。
そうなれば毎日運ぶだけでも大変だ。
「町がいい!」
沈黙を破ったのはアリアだった。
「早いな」
思わず笑う。
「だって町だよ!」
「理由になってないぞ」
「お店いっぱいあるし!」
まあ、アリアらしい。
母も苦笑している。
「私は……」
母が少し考える。
「安全なら反対はしないわ」
「母さん」
「モフクの仕事が大きくなっているのは分かるもの」
そう言って俺を見る。
「最近は村の人たちも噂しているわ」
「噂?」
「カップヌードルのことよ」
そりゃそうか。
今では村だけでなく町にも広がっている。
隠しようもない。
「父さんは?」
俺が尋ねる。
父はすぐには答えなかった。
腕を組み。
黙ったまま考えている。
「……難しいな」
ようやく口を開く。
「家もある」
「うん」
「畑もある」
「うん」
「村にも世話になった」
その全てが事実だった。
父はこの村で生きてきた。
簡単に捨てられるものではない。
「だから簡単には決められん」
俺も黙って頷く。
無理もない。
俺だって前世で住み慣れた場所を離れろと言われたら悩む。
「ただな」
父が続けた。
「モフク」
「何?」
「お前の才能は本物だと思う」
少し意外だった。
父はあまりそういうことを言わない。
「カップヌードルがどれだけ凄いのか、俺には分からん」
「うん」
「だが、毎日増えているのは見ている」
百二十個。
そして明日も増えるだろう。
「それを村に縛り付けるのが正しいとも思えん」
父は大きく息を吐いた。
「それに」
父は苦笑する。
「正直な話をするとだな」
「うん」
「最近の収入を見ると、畑を続ける意味が薄れてきてる」
それは俺も思っていた。
もちろん食料は大事だ。
だが、カップヌードルの利益はすでに普通の農家の収入を超え始めている。
「畑はどうするの?」
母が聞く。
「貸すか売るかだろうな」
「そんなこともできるんだ」
「できる」
父は頷いた。
「急ぐ必要はないがな」
そして。
しばらく考え込んだあと。
父は決断した。
「……分かった」
大きく息を吐く。
「やろう」
「父さん?」
「ここまで来たんだ」
父が笑う。
「中途半端にする方がもったいない」
その言葉に。
母も微笑んだ。
「私も賛成よ」
「母さんまで」
「だって楽しそうじゃない」
そう言って笑う。
そして。
アリアは椅子から飛び上がった。
「やったー!」
「おいおい」
「町だー!」
完全に旅行気分だった。
俺は思わず苦笑する。
まだ何も決まっていない。
家もない。
倉庫もない。
商会も作っていない。
やることは山ほどある。
それでも。
何かが大きく動き始めた気がした。
「まずは町で家を探さないとな」
父が言う。
「倉庫もだね」
俺が続ける。
「それから商会か」
父が笑った。
「忙しくなるな」
「そうですね」
俺も笑う。
百二十個を超えたカップヌードル。
増え続ける【NISSIN】。
そして、新しい生活。
どうやら本当に、商会設立へ向けて動き出すことになりそうだった。
――次は町での家探しだ。




