第16話 商人ギルド
ハリーに案内され、俺はベルク商会を後にした。
町の中心部へ向かって歩く。
「商人ギルドは初めてですか?」
「はい」
「では、今日は見るだけでも十分勉強になるでしょう」
ハリーはそう言いながら人混みを進んでいく。
町は相変わらず賑やかだった。
荷車を引く商人。
商品を運ぶ労働者。
露店で客を呼び込む店主。
村とは比べものにならない。
人も物も金も集まっている。
だからこそ商売が成り立つのだろう。
◇◇◇
しばらく歩くと、一際大きな建物が見えてきた。
「ここです」
「これが……」
俺は思わず見上げた。
石造りの三階建て。
ベルク商会も大きかったが、それとはまた違う。
商会が一つの店なら、こちらは多くの商人が集まる施設という印象だった。
入口には商人らしい人々が出入りしている。
荷物を抱えた者。
書類を持った者。
鎧姿の護衛を連れた者までいる。
「思ったより大きいですね」
「この町だけで数百人の商人が登録していますから」
「数百人……」
村の人口より多いかもしれない。
◇◇◇
中へ入る。
受付があり、いくつもの窓口が並んでいた。
依頼をしている者。
契約書らしきものを書いている者。
何かを交渉している者。
予想以上に忙しそうだ。
「ハリー様」
受付の女性が頭を下げた。
「今日は何か御用ですか?」
「いえ。この子に商人ギルドを見せたくて」
女性の視線が俺に向く。
「見学でしたら問題ありません」
「ありがとうございます」
◇◇◇
まず案内されたのは掲示板だった。
壁一面に紙が貼られている。
「これは?」
「商売の情報です」
ハリーが説明する。
「商品の相場、護衛募集、輸送依頼、倉庫の空き状況などですね」
「倉庫も?」
「ええ」
よく見ると、倉庫貸出。
荷車売買。
人員募集。
そんな文字が並んでいる。
前世の求人サイトや掲示板を思い出した。
「便利ですね」
「商人同士を繋ぐ場所ですから」
なるほど。
個人で全部やるのではなく、必要なものを探せる仕組みになっているらしい。
◇◇◇
次に案内されたのは事務窓口だった。
「ここで商人登録を行います」
「登録料は?」
「銀貨五枚ですね」
思ったより高くない。
もちろん村人からすれば大金だが、商売を始める費用としては現実的だ。
「ただし、これは個人商人の場合です」
「商会だと違う?」
「ええ」
ハリーは頷いた。
「商会登録になると、もう少し必要になります」
「どれくらいですか?」
「最低でも金貨数枚は見ておいた方がいいでしょう」
金貨。
まだ簡単に出せる額ではない。
だが不可能な数字でもなさそうだった。
◇◇◇
「それと商会には責任者が必要です」
「後見人の話ですね」
「そうです」
ハリーは感心したように頷く。
「未成年の場合は成人した後見人が必要になります」
「父でも大丈夫ですか?」
「問題ありません」
父なら引き受けてくれるだろう。
たぶん心配はするだろうが。
◇◇◇
さらに奥へ進む。
そこには大量の帳簿が並んでいた。
「これは?」
「取引記録です」
「全部?」
「全部です」
俺は思わず息を呑んだ。
棚いっぱいに並ぶ帳簿。
前世のデータベースを紙で管理しているようなものだ。
「商売って大変ですね」
「大変ですよ」
ハリーが笑う。
「売るだけなら誰でもできます」
「はい」
「ですが、誰に売ったか、いくらで売ったか、何個売ったかを記録しなければ商売にはなりません」
確かにその通りだった。
今の俺は商品を渡して代金を受け取るだけだ。
だが規模が大きくなれば、そうもいかない。
◇◇◇
ひと通り見学を終えた頃。
ハリーが近くの応接室へ案内してくれた。
「どうでしたか?」
「思ったより大規模でした」
「そうでしょうね」
俺は椅子に腰掛ける。
そして素直な感想を口にした。
「商会を作るのって、結構大変そうですね」
「ええ」
ハリーはあっさり認めた。
「倉庫が必要です」
「はい」
「人も必要です」
「はい」
「帳簿も付けなければなりません」
「うわぁ……」
思わず声が漏れる。
前世でも事務作業は嫌いではなかったが、好きでもない。
◇◇◇
「ですが」
ハリーが言った。
「モフク君の場合は話が違います」
「違う?」
「ええ」
彼は指を一本立てた。
「まず、商品があります」
「カップヌードルですね」
「しかも売れています」
断言された。
「さらに、生産量も増え続けています」
「それはそうですね」
「普通の商人が最も苦労する部分を、すでに解決しているんです」
言われてみればそうかもしれない。
普通なら、何を売るか。
どこから仕入れるか。
どうやって売るか。
そこから始まる。
だが俺は最初から商品を持っている。
しかも勝手に増えている。
◇◇◇
「ところで」
ハリーがふと尋ねた。
「現在の売上は把握していますか?」
「売上?」
「ええ」
俺は少し考えた。
最近は父に管理してもらっている部分もある。
正確な数字は覚えていない。
「大体なら」
「それで構いません」
ここ数か月の取引量。
販売価格。
商会への卸価格。
頭の中で計算する。
そして。
「……結構ありますね」
「でしょう?」
ハリーが笑った。
◇◇◇
「実を言うと」
ハリーは机の上で手を組んだ。
「小規模な商会なら、すでに設立可能だと思います」
「え?」
思わず聞き返した。
「本当に?」
「ええ」
冗談を言っている様子はない。
「もちろん大商会は無理です」
「それは分かります」
「ですが、小さな倉庫を借りて、人を一人か二人雇う程度なら十分可能でしょう」
俺は少し黙り込んだ。
まだ先の話だと思っていた。
もっと何年も後。
もっと生産量が増えてから。
そう考えていたのだ。
◇◇◇
「まあ、急ぐ必要はありません」
ハリーは穏やかに言う。
「今のままでも利益は出ています」
「はい」
「ですが、考え始める時期としては悪くありません」
俺は窓の外を見る。
商人たちが行き交っている。
商品を運び。
契約を結び。
金を動かしている。
今まで俺は、その流れの外側にいた。
商品を渡すだけの立場だった。
だが。
「……そうですね」
俺は小さく頷いた。
百二十個。
そして、まだ増え続ける生産量。
いずれ必要になるのなら、早めに準備するのも悪くない。
「父にも相談してみます」
「それが良いでしょう」
ハリーは満足そうに笑った。
こうして俺の初めての商人ギルド見学は終わった。
帰り道の俺の頭の中には、一つの言葉が残り続けていた。
――小規模な商会なら、すでに設立可能。
その言葉は思った以上に重かった。




