第14話 一人での限界
翌朝。
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:111/111』
「……百十一個か」
昨日は百二個だった。
たった一日で九個増えている。
以前なら、この数字を見るたびに驚いていた。十個を超えたときも、三十個を超えたときも、五十個を超えたときもそうだった。けれど、今では数字が増えること自体には、もう慣れてしまっている。
問題は、その増えた商品をどうするかだ。
「今日はまた多いわね」
朝食の準備をしていた母が、俺の手元を覗き込む。
「うん。昨日より九個多い」
「百個を超えてからも、どんどん増えているのね」
妹も興味津々といった様子で近づいてくる。
「今日は何個食べられるの?」
「家族で食べる分は、いつも通りだよ」
「……そう」
少し残念そうな顔をする妹に、思わず笑ってしまう。
昔は一つのカップヌードルを家族四人で分けていた。それを考えれば、今は毎朝、一人一個を食べられるだけでも大きな変化だ。
それでも妹からすれば、百個以上あるのだから、もっと食べてもいいと思うのだろう。
「じゃあ、今日も出すか」
俺は意識を集中させる。
「……出てこい」
ぽんっ。
次々と現れるカップヌードルを、家族が食べる分だけ残していく。
残りは荷車へ。
今日も商会へ運ぶためだ。
「……これだけあると、荷車もかなりいっぱいになるな」
父が並べられたカップヌードルを見ながら言った。
「そうだね」
昨日までは、それほど気にならなかった。
けれど、百個を超えてからは明らかに違う。
カップヌードルそのものは軽い。だが、百個以上ともなれば、それなりの量になる。
しかも、これは毎日増えていく。
今日だけで百十一個。
明日は、もっと増えるかもしれない。
俺は荷車に商品を積みながら、そんなことを考えていた。
◇◇◇
商会へ到着すると、いつものように店主が出迎えてくれた。
「おう、来たか」
「はい。今日は百十一個です」
「百十一……」
店主は一瞬だけ黙り込んだ。
そして、荷車の中身を見る。
「……本当に増えたな」
「俺もそう思います」
「昨日だって百個超えてたのに、もうこんなに増えるのか」
「そうみたいです」
店主は頭を掻きながら、少し困ったような顔をした。
「実はな、モフク。ちょっと相談したいことがある」
「相談?」
「置き場所だ」
「置き場所?」
俺は荷車を見る。
確かに、店の裏にはもうかなりの数のカップヌードルが積まれている。
店頭に並べている分だけではない。
売れるまでの在庫。
それを置いておく場所が必要になる。
「今までは店の裏に置いておけばよかったんだがな」
店主が裏手を指差す。
「もう、かなり狭くなってきた」
言われてみれば、その通りだった。
木箱や袋などが置かれていた場所の一角に、カップヌードルが積まれている。
しかも、これはこの店だけの話ではない。
「ベルク商会は?」
「あっちはまだ余裕があるだろうがなぁ」
「そうですか……」
「昨日も三十個、全部売れたらしい。追加できないかって話も来てる」
「三十個全部?」
「ああ。最近は店に置いてあるのを見て買う客だけじゃなくて、わざわざ探して来る客もいるそうだ」
そこまで聞いて、俺は少し考え込んだ。
売れる。
それ自体は嬉しい。
ベルク商会にも、今の小さな商会にも、ダンにも、それぞれ販売先がある。
だからこそ、【NISSIN】の生成可能数は増えている。
でも。
「売れる量が増えるほど、商品を置いておく場所も必要になる……」
「そういうことだ」
店主が苦笑する。
「売れるなら売りたい。だが、店ってのは何でも置けるわけじゃないからな」
今まで俺は、商品が増えれば売ればいいと思っていた。
売り先についても、商会や行商人に任せればいい。
実際、それで上手くいってきた。
けれど、商品が百個を超えたことで、別の問題が見えてきた。
保管。
輸送。
在庫管理。
そして、人手。
今までは俺一人で荷車に積み、商会へ運べば済んでいた。
だが、二百個になったら?
五百個になったら?
千個になったら?
同じ方法で続けられるとは思えない。
「……これは、思ったより大きな問題かもしれないな」
「何か言ったか?」
「いえ。ちょっと考え事です」
店主に礼を言い、俺は店の中を見回した。
ここは小さな商会だ。
最初にカップヌードルを置いてくれた、大切な取引先でもある。
でも、この店だけですべてを扱える量ではなくなってきている。
そしてベルク商会も、いずれ同じ問題にぶつかるだろう。
今は三十個。
それが四十個になり、五十個になり、百個になったら。
当然、置き場所が必要になる。
売る人も必要になる。
運ぶ人も必要になる。
金を数え、商品を数え、どこへ何個渡したのかを記録する人も必要になる。
俺はそこで、ふと前世の仕事を思い出した。
前世の俺は、システムエンジニアだった。
会社に雇われて、決められた仕事をして、給料をもらう。
システムを作ったり、運用したりすることはあった。
けれど、自分で商品を仕入れて、自分で売って、自分で利益を管理するなんてことはしたことがない。
だからこそ、今になって分かる。
商売というのは、商品を売るだけでは終わらない。
むしろ、商品が売れるようになってからのほうが、やることは増えていく。
◇◇◇
家に戻った俺は、紙を一枚広げた。
そして、今までの流れを書き出してみる。
【NISSIN】
↓
カップヌードル生成
↓
俺
↓
村の商会
ベルク商会
行商人のダン
↓
各地の店
↓
客
↓
家庭
最初は、こんなものを書く必要すらなかった。
俺がカップヌードルを出す。
家族で食べる。
余ったら誰かにあげる。
それだけだった。
ところが今は違う。
俺が出した商品を、誰かが運ぶ。
店に並べる。
客が買う。
客が家へ持ち帰る。
家族で食べる。
気に入れば、また買う。
その結果として【NISSIN】の生成可能数が増える。
「……これ、もう完全に流れができてるな」
俺は紙を見ながら呟いた。
そして、もう一枚紙を取り出した。
今度は必要になりそうなものを書いていく。
倉庫。
荷車。
人手。
商品の管理。
売上の管理。
取引先との契約。
配送。
「……多いな」
思わず笑ってしまう。
カップヌードルを売り始めた頃には、こんなことを考える日が来るなんて思ってもいなかった。
ただ、家族にもっと食べさせたかっただけなのだ。
それがいつの間にか、町の商会と取引をして、行商人が村から村へ商品を運び、ベルク商会とも契約を結んでいる。
そして今は、その先を考えなければならない。
「自分で商会を作る……か」
その言葉を口にすると、妙に現実味があった。
今までは、既存の商会を使えばよかった。
商品を作るのは俺ではない。
【NISSIN】が商品を生み出してくれる。
俺はそれを必要な場所へ渡しているだけだ。
けれど、これから先も生成数が増え続けるなら、誰かに任せるだけでは限界が来る。
なら、自分で管理する仕組みを作るしかない。
「……商会って、どうやって作るんだ?」
考えてみれば、そこから分からない。
商会を作るために何が必要なのか。
どれくらい金がかかるのか。
どんな手続きをするのか。
そもそも十歳の俺が作れるのか。
「知らないことだらけだな」
前世なら、分からないことがあればインターネットで調べればよかった。
けれど、この世界にはインターネットなんてない。
だったら、知っている人に聞くしかない。
商売のことなら商人。
商会のことなら商会主。
そう考えると、聞く相手はすぐに思い浮かんだ。
「……ハリーさんに聞いてみるか」
ベルク商会の副会頭、ハリー。
すでに一度、取引条件について話をしている。
あの人なら、商会を運営するために必要なことも知っているはずだ。
もちろん、いきなり「自分で商会を作りたい」と言うつもりはない。
まずは話を聞く。
何が必要なのか。
どれくらいの規模から始めるのか。
商人はどうやって商品を集め、どうやって売っているのか。
知らないなら、知ればいい。
分からないなら、聞けばいい。
そうやって少しずつ仕組みを作っていくしかない。
俺は紙に書いた「倉庫」「人手」「輸送」という文字を眺めた。
そして、その横に新しく一つ書き加える。
――商会。
「……まずは、ここからだな」
カップヌードルの生成数は、今日で百十一個。
明日は、また増えるかもしれない。
その増加を止めないためにも、俺には新しい仕組みが必要だった。
商品を売る。
それだけでは足りない。
これからは、商品が増え続けても回る仕組みそのものを作らなければならない。
俺は紙を畳み、明日ベルク商会へ行くことを決めた。




