第13話 百個の壁
翌朝。
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:64/64』
「……六十四個」
思わず、昨日の数字と見比べる。
昨日は五十七個だった。
たった一日で七個増えた。
これまでだって毎日のように生成可能数は増えていたが、ここ最近は明らかに増え方が違う。
俺は机の引き出しから記録帳を取り出した。
ページを開き、これまで書いてきた数字を眺める。
――一個。約一週間。
――二個。四日。
――三個。二日。
――四個。二日。
――五個。二日。
――六個。二日。
――七個。二日。
――八個。一日。
――九個。一日。
――十個。一日。
――十二個。一日。
――十四個。
――十九個。
――二十三個。
――三十五個。
――五十二個。
――五十七個。
――ベルク商会との取引開始。
――六十四個。
ベルク商会との契約を結んだ翌日に、いきなり七個増えた。
「やっぱり……」
俺は記録帳を閉じた。
これまでにも販路が増えたときには、生成可能数が大きく増えていた。
村で売れるようになったとき。
ダンが隣村へ持っていくようになったとき。
町まで噂が広がったとき。
そして今度はベルク商会だ。
単純に使った回数だけで成長するわけじゃない。
生成しただけでもない。
誰かが食べる。
それが増えれば増えるほど、【NISSIN】の成長も早くなる。
最近になって、俺はそのことをほとんど確信していた。
「六十四個か……」
最初の一個を家族四人で分けた頃を思い出す。
あの頃は、まさかこんな数字を見る日が来るなんて考えてもいなかった。
「とりあえず、今日もやるか」
俺は立ち上がった。
まずは今日の分を生成する。
「……出てこい」
ぽんっ。
最近は出すスピードも上がり、一度に複数個出すことも可能になった。
六十四個のカップヌードルを用意する。
さすがにこれだけ並ぶと壮観だった。
同じ商品がずらりと並んでいる。
最初の頃なら一つあるだけで家族全員が驚いていたのに、今ではこれが毎日の光景になっている。
◇◇◇
「今日もいっぱいあるね」
朝食の席でアリアが言った。
「六十四個だよ」
「六十四……?」
アリアが少し考える。
「いっぱい!」
「まあ、そうだな」
母が笑う。
「アリアにとっては、十個を超えたら全部いっぱいなのかもしれないわね」
「そんなことないよ。二十個くらいなら数えられるもん」
「じゃあ、数えてみる?」
「……やっぱりいい」
そんなやり取りをしながら、いつものように家族分のカップヌードルを用意する。
残りは商会へ持っていく。
最近は荷車を使うようになったので、運ぶこと自体は以前より楽になった。
ただ、商品が増えれば増えるほど、荷車に積み込む作業は大変になる。
「六十四個か……」
俺が呟くと、父が荷車を見る。
「かなり増えたな」
「うん」
「最初は一つだったのにな」
「そうなんだよね」
父と並んで荷物を積みながら、俺はふと思う。
商品が増える。
売れる。
また商品が増える。
その繰り返しだ。
単純なことのように思える。
けれど、数が増えるにつれて、必要になるものも増えてきた。
袋。
荷車。
保管場所。
そして、それを売ってくれる商人。
最初は俺と家族だけで完結していた。
今ではもう、俺たちだけではどうにもならない。
「行ってくるよ」
「ああ。気をつけてな」
「いってらっしゃい」
荷車を引きながら、俺は商会へ向かった。
◇◇◇
店に着くと、店主がすぐに出てきた。
「来たか」
「おはようございます」
「今日は多いな」
「六十四個です」
「六十四……」
店主が荷車を見る。
「昨日より増えてるな」
「七個増えました」
「またか」
店主は苦笑した。
「本当に毎日増えるな」
「俺も驚いてます」
「ベルク商会と話がまとまったから、もっと増えるとは思ってたが……」
店主は荷車から商品を下ろしながら言う。
「これなら、うちだけじゃなくてベルク商会にもかなり渡せそうだな」
「うん。今日から二十個はベルク商会に回す予定です」
「ああ、それならうちも今まで通り売れる」
店主の表情が少し明るくなる。
これまでこの店が扱っていた分を削ってベルク商会に回すのではない。
全体の生産量そのものが増えている。
だから、どちらにも商品を渡せる。
それが今回の契約の一番大きなところだった。
「ところで、昨日のベルク商会の話だがな」
「はい?」
「もう何人か、あっちの店に商品を見に行ったらしいぞ」
「もうですか?」
「ああ。ハリーさんが話を広めたんだろうな」
俺は少し驚いた。
昨日契約したばかりだ。
それなのに、もう動き始めている。
やはり規模の大きい商会は違う。
今までの商会も頑張って売ってくれていた。
ダンも遠くへ運んでくれていた。
でも、ベルク商会にはベルク商会の強みがある。
それぞれが違う場所へ商品を運ぶ。
その分だけ、カップヌードルを食べる人が増える。
そして――。
「……また増えるな」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでもないです」
俺は荷車から商品を下ろしながら笑った。
◇◇◇
それから数日。
俺は毎朝、生成可能数を確認するようになった。
『本日の生成可能回数:70/70』
七十。
その翌日。
『本日の生成可能回数:77/77』
さらに翌日。
『本日の生成可能回数:85/85』
「……やっぱり速くなってる」
俺は記録帳に数字を書き込む。
――五十七個。
――ベルク商会との取引開始。
――六十四個。
――七十個。
――七十七個。
――八十五個。
以前なら、数個増えるだけでも数日かかっていた。
今では一日で七個、八個と増えていく。
もちろん、ベルク商会だけが理由とは限らない。
既存の商会も売っている。
ダンも行商を続けている。
ベルク商会も売っている。
そして、その先で買った人たちが食べている。
つまり、単純に考えれば――。
「食べる人が増えたから、成長も速くなった」
俺の仮説は、今のところこれで説明できる。
ただ、ここで一つ気をつけなければならないこともある。
売れた数と、食べられた数は同じではない。
商品を買った人が、その日のうちに食べるとは限らない。
家に持ち帰って翌日に食べるかもしれない。
誰かに渡すかもしれない。
だから、生成可能数の変化には少し時間差がある。
それでも、全体として食べられる量が増えれば、【NISSIN】は成長する。
そのことは、もうほとんど間違いないと思っていた。
◇◇◇
数日後。
ベルク商会へ商品を届けに行くと、ハリーが店の奥から出てきた。
「モフク君、ちょうどよかった」
「何かありました?」
「昨日の二十個ですが、全部売れました」
「もう?」
「ええ」
俺は思わず聞き返した。
「全部ですか?」
「全部です」
ハリーは笑う。
「昨日の昼過ぎには残りが数個になって、夕方にはなくなりました」
「そんなに……」
「うちでも話題になっていますからね」
ハリーは続ける。
「買っていった客の中には、以前から噂を聞いていた人もいました。試しに一つ買った人が、その日のうちにまた来た例もあります」
「もう一度?」
「家族が気に入ったそうです」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の中で一つのことが繋がった。
商品が売れる。
誰かが買う。
そして家に持ち帰る。
家族で食べる。
美味しいと思えば、また買う。
その繰り返しだ。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ。いい商品をありがとうございます」
「いや、俺が作ったわけじゃないですから」
「またそれですか」
ハリーが苦笑する。
「モフク君は本当に商品そのものを褒めますね」
「だって、本当にそうなんですよ」
「分かりました。では、その商品をうちにももっと回してください」
「生産数が増えたら、ですね」
「ええ」
ハリーは笑った。
「今後は、二十個では足りなくなると思います」
その言葉を聞いて、俺は少しだけ考え込んだ。
二十個で足りない。
つまり、それだけ売れるということだ。
ならば、作れる数が増えれば、さらに多くの人に届けられる。
そして、その人たちが食べれば――。
「……なるほど」
俺は小さく呟いた。
売ることそのものが目的ではない。
もちろん、お金を稼ぐことは重要だ。
家族の生活を良くするためにも必要だ。
けれど、それと同時に、カップヌードルを食べる人が増えるほど【NISSIN】も成長する。
そして【NISSIN】が成長すれば、さらに多くのカップヌードルを出せる。
ならば、もっと売れる場所を増やすことには意味がある。
「……面白いな」
「何がです?」
「いえ、こっちの話です」
俺は笑った。
◇◇◇
それからさらに数日。
生成可能数は、九十を超えた。
九十三。
九十七。
そして――。
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:102/102』
「……百個、超えた」
思わず声が出た。
記録帳を開く。
――五十七個。
――ベルク商会との取引開始。
――六十四個。
――七十個。
――七十七個。
――八十五個。
――九十三個。
――九十七個。
――百二個。
百。
たった三桁の数字だ。
けれど、俺にとっては大きな意味がある。
最初は一個だった。
家族四人で分け合って、それでも足りなかった。
それが今では、一日に百個以上を生成できる。
しかも、その百個すべてを家族で食べるわけではない。
ほとんどが誰かの手に渡り、誰かの食卓へ運ばれていく。
村で。
隣村で。
町で。
そして、これからはさらに遠くへ。
「百個か……」
俺は机の上に記録帳を置いた。
百個なら、今までと同じやり方でも何とかなる。
けれど、二百個なら?
五百個なら?
一日千個になったら?
そのときも、俺が毎朝一人で生成して、荷車に積んで、商会へ持っていくのだろうか。
「……無理だな」
思わず苦笑する。
今だって、家族に手伝ってもらっている。
商人にも売ってもらっている。
ダンにも運んでもらっている。
それでも、これから先を考えるなら、今までと同じ方法では足りなくなる。
人が必要になる。
商品を置いておく場所も必要になる。
運ぶ手段も必要になる。
そして、それをまとめる仕組みも必要だ。
俺は記録帳を閉じた。
最初は、ただカップヌードルを食べたかっただけだった。
家族に食べさせたかった。
そのうち、余った分を誰かに食べてもらうようになった。
売れると分かってからは、商人に渡すようになった。
そして今では、複数の商人がカップヌードルを扱っている。
ここまで来ると、もう「余ったから売る」という段階ではない。
これはもう、商売だ。
「……商売か」
その言葉を口にして、少しだけ笑う。
俺が、自分で物を売ることについて考えている。
前世の自分が聞いたら、きっと信じないだろう。
でも、考えなければならない。
カップヌードルがこれからどこまで増えるのかは分からない。
ただ、【NISSIN】の成長が止まる気配はない。
ならば、俺も変わらなければならない。
百個を超えた今日。
俺は初めて、商品を売ることだけではなく、その先のことを考え始めていた。




