第12話 さらに広がる販路
翌朝。
『生成可能商品:カップヌードル』
『本日の生成可能回数:57/57』
「……五十七か」
昨日の五十二個から、五個増えている。
ここ最近は、毎日のように生成可能数が増えている。以前のように「明日は何個になるだろう」と一個ずつ数えるような感覚ではなくなってきた。
それでも、五十七という数字を見れば多少は驚く。
最初は一個だった。
家族四人で分け合って、それでも足りないと思っていた。
それが今では、家族が食べる分を確保しても、商人にまとまった数を渡せるところまで来ている。
「今日はどうする?」
朝食の席で父に聞かれ、俺は少し考える。
「昨日と同じかな。家族で四個食べて、残りは商会に持っていく」
「五十七個全部か?」
「うん。今日はその予定」
俺がそう答えると、妹のアリアが目を輝かせた。
「じゃあ、今日もいっぱいあるんだ!」
「いっぱいあるな」
「毎日増えてるよね」
「そうだな」
最初の頃は、一個増えるだけでも大騒ぎだった。
今では五個増えたことを見ても、家族の反応はずいぶん落ち着いている。
慣れというものは恐ろしい。
ただ、俺自身はまだ慣れきっていない。
この世界に生まれ変わってから十年。
魔法があることには慣れた。
村で暮らすことにも慣れた。
けれど、前世で当たり前だったカップヌードルが、今では商売の中心になっているという状況には、いまだに妙な感覚があった。
俺が作った商品ではない。
俺が開発したわけでもない。
俺はただ、この【NISSIN】というスキルを使って呼び出しているだけだ。
それでも、この世界では確かに価値のある商品になっている。
「……とりあえず、食べようか」
「うん!」
五十七個のうち、家族で食べるのは四個。
残りは商会へ。
いつものように水を魔法で用意し、火魔法で湯を作る。
「相変わらず見事だな」
「毎日やってるからね」
「それでも簡単にできることじゃないぞ」
父の言葉に笑いながら、四人分のカップヌードルを作る。
「三分」
「もう食べていい?」
「まだ」
「……まだ?」
「まだ」
「三分って長いね」
アリアが恨めしそうにカップを見る。
「いつも同じこと言ってるぞ」
「だって、お腹すいてるんだもの」
そんな会話をしながら三分を待ち、いつものように「いただきます」と声を揃える。
食事を終えたあと、俺は残りの五十三個をまとめて持ち出した。
最近では量が増えたせいで、運ぶことそのものが少し大変になっている。
最初の五個なら両手で十分だった。
十個なら少し大きめの袋で済んだ。
今では五十個を超える。
さすがに一人で抱えて歩くには多い。
そこで最近は、商会へ持っていくための荷車を用意してもらっている。
商売というものは、商品そのものだけを考えていればいいわけではないらしい。
運ぶこと。
保管すること。
売ること。
そして、売った後にまた商品を補充すること。
カップヌードルの数が増えるにつれて、今まで考えなくてもよかったことまで少しずつ増えてきた。
そんなことを考えながら商会へ向かう。
そして店に着くと、昨日と同じように忙しそうな様子が目に入った。
「来たか、モフク」
「おはようございます」
「ちょうどよかった」
店主が俺のところまで歩いてくる。
「昨日の分も、ほとんど売れたぞ」
「全部じゃないんですか?」
「夕方までにはなくなった。今朝、最後の一つが売れた」
「それなら、今日の分も問題なさそうですね」
「ああ」
店主はそう言ってから、少しだけ苦笑した。
「……ただな」
「はい?」
「もう、うちだけで売るのは難しくなってきた」
その言葉には、昨日ハリーから聞いた話と同じ意味が含まれていた。
需要が増えている。
そして、俺が一日に出せる数も増えている。
どちらも、最初の頃とは比べものにならない。
「ベルク商会の話ですね」
「ああ」
店主は頷いた。
「昨日の話、俺も考えた」
「どうでした?」
「ハリーさんの言う通りだと思う」
その答えに、俺は黙って聞く。
「ベルク商会なら、うちより広い範囲に売りに行ける。人もいるし、馬車もある。取引先も多い」
「でも、ここからも売りたい」
「もちろんだ」
店主は即答した。
「俺はこの商品を最初に扱った。それに、今まで売ってきた客との繋がりもある。だから、これからも売りたい」
「だったら……」
俺が言葉を探していると、店主が先に続けた。
「両方に卸せばいい」
「両方?」
「ああ。ベルク商会にも渡す。うちにも渡す。それでいいだろう」
その言葉を聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。
独占。
昨日、ハリーの話を聞いたときに、俺が一番気になっていたのがそれだった。
もしベルク商会に「この商品はうちだけに卸してくれ」と言われていたら、話は変わっていた。
ベルク商会の規模を考えれば、今の俺には魅力的な話だ。
だが、それに頼り切ってしまうのは怖い。
カップヌードルが今後どこまで増えるのかは分からない。
今は五十個程度だが、百個になったら。
二百個になったら。
もっと増えたら。
そのとき、一つの商会だけに任せることができるのだろうか。
俺には、そうは思えなかった。
「じゃあ、今日ハリーさんと話してみます」
「ああ。俺も立ち会う」
◇◇◇
昼前。
店に一台の馬車が止まった。
少しして、昨日会った男が店に入ってくる。
「こんにちは」
「ハリーさん」
「昨日ぶりですね、モフク君」
ハリーはいつも通り穏やかな笑顔を浮かべていた。
昨日と違うのは、その後ろに二人の男がいることくらいだ。
どちらも商人らしい服装で、俺たちが扱っている商品や店内の様子を注意深く見ている。
「今日は正式な話をしに来ました」
「契約の話ですね」
「ええ」
ハリーは頷く。
「ベルク商会として、カップヌードルを定期的に仕入れたい」
「どれくらいですか?」
「まずは、現在の生産量の中から一定数を」
ハリーは少し考えてから続ける。
「今の五十個前後なら、二十個から三十個ほど」
「結構多いですね」
「売れる見込みがありますから」
その言葉に、俺は少し考えた。
家族が四個。
今の商会に渡している分。
そしてベルク商会。
五十七個程度なら、なんとかなる。
だが、これからさらに増える可能性がある。
「一つ、条件があります」
「なんでしょう?」
「独占にはしないでほしいです」
ハリーが少しだけ目を細めた。
「つまり?」
「ベルク商会に商品を多めに卸すことはできます。でも、ベルク商会だけに売るという契約にはしたくありません」
店主も頷く。
「うちにも今まで通り卸してほしい」
「もちろんです」
ハリーは意外なほどあっさり答えた。
「私も独占契約を求めているわけではありません」
「そうなんですか?」
「ええ。むしろ、独占する必要がないと思っています」
ハリーは店内に積まれているカップヌードルを見る。
「この商品は、まだ売り始めたばかりです。それなのに、すでに村だけでなく、この町まで噂が広がっている」
そして、俺を見る。
「これから生産量が増えるなら、販路も一つでは足りません」
「……」
「なら、最初から複数の商会が扱えるようにしておいたほうがいい」
その言葉には、商人としての現実的な判断があった。
「ただし、ベルク商会には一定量を優先的に卸していただきたい」
「優先?」
「ええ。毎回余った分だけでは困りますからね。一定量を確保していただきたいのです」
それなら話は分かる。
「どれくらいですか?」
「まずは二十個」
俺は少し考えた。
今の生産量なら問題ない。
「分かりました」
「それから、売れ行きを見ながら増やしていきたい」
「生産できる数が増えたら、ですね」
「ええ」
俺は頷いた。
「それでお願いします」
ハリーが笑う。
「では、契約成立ですね」
こうして、俺とベルク商会との取引が始まった。
ベルク商会には毎回一定数を優先して卸す。
これまでの小さな商会にも、これまで通り卸す。
そして、どちらにも独占権は与えない。
今の俺にとっては、それが一番自然な形だった。
◇◇◇
契約を終え、ハリーたちが帰ったあと。
店主が俺に声をかけてきた。
「モフク」
「はい?」
「本当にこれでよかったのか?」
「何がです?」
「ベルク商会はうちよりずっと大きい。もしベルク商会だけに売る契約を結べば、もっと話は簡単だったかもしれないぞ」
「でも、それだと今後困ると思います」
「今後?」
「はい」
俺は店の中を見回した。
棚に並んでいるカップヌードル。
それを買っていく客。
店の外を通る人。
そして、これからベルク商会が運んでいく商品。
「今はまだ五十個くらいですけど、毎日のように増えています」
「ああ」
「だから、一つの商会だけで売り切れる数じゃなくなるかもしれません」
店主が黙る。
「だったら、最初から売る場所は多いほうがいいですよね」
「……なるほどな」
店主は少し笑った。
「十歳の子供とは思えないことを言うな」
「そうですか?」
「普通なら、目の前の大きな商会に全部任せたくなるもんだ」
俺は少しだけ苦笑する。
「俺は商売については、まだ何も分かってないですよ」
これは本当だ。
前世では会社員といってもシステムエンジニアだった。
給料をもらってシステムの構築、運用をしていただけで、自分で商売をしていたわけではない。
それでも、今は一つだけ分かることがある。
カップヌードルは売れる。
そして、食べた人がまた買う。
その繰り返しが続けば、商品を必要とする人は増えていく。
だったら、売る場所も増やしておいたほうがいい。
「それに……」
「それに?」
「俺が作った商品じゃないですから」
思わず口に出す。
店主が首を傾げた。
「どういう意味だ?」
「いえ。なんでもないです」
俺は笑って誤魔化した。
カップヌードルは俺が考えたものではない。
この世界で俺が発明したものでもない。
ただ、俺の【NISSIN】というスキルから出てくるだけだ。
だからこそ、この商品がどこまで広がるのかは俺自身にも分からない。
ただ一つ確かなのは、最初は一個だったものが、今では五十個を超え、複数の商人が扱いたいと言うところまで来ていることだ。
そして今日、販路はさらに一つ増えた。
小さな村の商会。
行商人のダン。
町のベルク商会。
それぞれが違う場所へ商品を運ぶ。
俺自身がすべてを売り歩かなくても、カップヌードルは人から人へ渡っていく。
その先で誰かが食べれば、また【NISSIN】の成長にも繋がる。
「……面白くなってきたな」
思わず呟く。
最初は、家族四人で一つのカップヌードルを分け合っていた。
それが今では、何十人という人の食卓に届こうとしている。
そして、明日の生成数は――。
今日より多くなる。
その確信があった。




