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第11話 村に来た大きな商人

 あれから数日が過ぎた。

 カップヌードルは予想以上の勢いで広がっていた。

 村。

 隣村。

 さらにその先の村。

 ダンが行商へ向かうたびに販路は広がり、俺は毎日のように生成と出荷を繰り返していた。

 そして今――。


『本日の生成可能回数:52/52』


「……五十二個か」


 ◇◇◇


 朝食を終え、五十二個のカップヌードルを生成する。

 相変わらず壮観だった。

 家族で食べる分を確保し、残りを荷車へ積み込む。

 父と一緒に商会へ向かうのは、すっかり慣れた日課になっていた。

 村の入口近くまで来たところで、俺は違和感を覚えた。


「……馬車?」


 見慣れない馬車が止まっていた。

 しかも一台ではない。

 二台、いや三台だ。

 村ではほとんど見かけない立派な馬車だった。

 装飾は派手ではないが、作りは明らかに高級品だ。

 御者も商人らしい服装をしている。


「珍しいな」


 父も同じことを思ったらしい。


「行商人じゃないね」


「ああ」


 ダンの荷車とは比べ物にならない。

 もっと大きい。

 もっと本格的だ。

 嫌でも目立つ。


 ◇◇◇


 商会へ近づくと、さらに異変に気付いた。

 店の前に人が集まっている。

 店主が誰かと話していた。

 その相手を見て、俺は少し驚いた。

 高そうな服。

 磨かれた革靴。

 年齢は四十代くらい。

 いかにも成功した商人という雰囲気だった。


「来たか」


 店主が俺に気付いた。

 どこか困ったような顔をしている。


「どうしたんですか?」


 俺が尋ねると、店主は苦笑した。


「紹介したい人がいる」


 そう言って隣の男を見る。


「こちら、ベルク商会の副会頭だ」


 ベルク商会。

 聞いたことがない名前だった。

 だが反応を見る限り、有名らしい。

 父の表情がわずかに変わった。


「ベルク商会……」


「知ってるの?」


「町ではかなり大きな商会だ」


 その言葉に俺は少し驚く。

 町どころではない。

 どうやらかなりの規模らしい。


 ◇◇◇


「君がモフク君かな?」


 男が穏やかに笑った。


「はい」


「初めまして。ベルク商会のハリーという」


 丁寧な口調だった。

 偉そうな雰囲気はない。

 むしろ人当たりが良い。

 だが、それが逆に油断ならない気もした。

 前世の営業職にもこういう人がいた気がする。


「話は聞いているよ」


「話?」


「カップヌードルだ」


 やはりそれか。

 ここまで来た理由は明白だった。


 ◇◇◇


 ハリーは店内へ案内された。

 俺と父も席につく。

 店主はどこか落ち着かない様子だった。

 それも当然だろう。

 村の小商会に、大商会の幹部が来ているのだ。

 俺でも緊張する。


「単刀直入に言おう」


 ハリーが口を開く。


「我々はカップヌードルに興味がある」


 予想通りだった。


「町で話題になっていてね」


「もう町まで?」


「かなり評判だ」


 俺は少し驚く。

 思ったより早い。

 ダンが運び始めてまだそれほど経っていない。


「保存が利く」


「はい」


「調理が簡単」


「はい」


「味も良い」


「らしいですね」


 思わずそう返してしまった。

 ハリーが首を傾げる。


「君は気に入っていないのか?」


「いや、好きですよ」


 慌てて否定する。

 ただ、少し複雑なのだ。

 前世で何度も食べた味だ。

 美味しいことは知っている。

 だが、俺が作ったわけではない。

 褒められるたびに、どこか落ち着かない気持ちになる。


 ◇◇◇


「面白い子だな」


 ハリーは笑った。


「普通なら自慢するところだろうに」


「俺は出してるだけですから」


「出してるだけ?」


「商品自体が凄いんです」


 俺がそう言うと、店主が吹き出した。


「毎回そんなこと言うんだ」


「事実ですし」


 本当にそう思っている。

 カップヌードルが凄いのであって、俺が凄いわけではない。

 もちろん商売の方法は考えた。

 だが商品そのものの価値は別だ。


 ◇◇◇


 ハリーはしばらく考え込んだ。

 そして棚を見る。

 そこには今日納品したカップヌードルが並んでいた。


「一日に何個作れる?」


 その質問に、俺は少し迷った。

 全部を話す必要はない。

 だが隠しすぎても商売にならない。


「数十個くらいです」


 嘘ではない。

 五十二個だ。

 数十個で間違っていない。


「ふむ」


 ハリーは頷いた。

 どうやら納得したらしい。

 正確な数字までは追及してこなかった。


「現在の販売量では足りていない」


 その言葉に店主が深く頷く。


「全く足りん」


「ですよね」


 俺も思わず同意した。

 最近は毎日そんな話ばかりだ。


 ◇◇◇


「そこで提案だ」


 ハリーが言った。


「我々にも卸してほしい」


 ついに来た。

 俺は内心でそう思った。

 いつか来るとは思っていた。

 村の小商会だけで捌ききれなくなる日が。

 その日が予想より少し早かっただけだ。

 店主は複雑そうな顔をしている。

 当然だろう。

 自分が見つけた商品だ。

 だが独占できる規模ではなくなりつつある。

 俺は店主を見た。

 店主も俺を見る。

 そして肩を竦めた。

 店主はしばらく黙っていた。

 棚に並ぶカップヌードルを見る。

 最初に持ち込まれた一個。

 五個だけ置いてみた日。

 飛ぶように売れた日。

 それらを思い出しているようだった。


「正直な」


 店主が苦笑する。


「独り占めしたい」


 ハリーが眉を上げる。


「それほどですか」


「当たり前だ」


 店主は即答した。


「こんな商品、商人なら誰だって手放したくない」


 そして大きく息を吐く。


「だが――」


 棚を見回した。


「俺だけじゃ無理だ」


 苦笑混じりの言葉だった。


 ◇◇◇


 話し合いは長く続いた。

 ただ一つだけ分かったことがある。

 ベルク商会は本気だ。

 町だけではない。

 もっと遠くまで売るつもりでいる。

 もし実現すれば、食べる人数は一気に増える。

 当然【NISSIN】の成長も加速するだろう。

 だが同時に、不安もあった。

 ここまで来ると、もう村の商売ではない。

 本格的な商人の世界だ。

 俺はまだ十歳。

 前世の記憶があっても、この世界では子供に過ぎない。

 それでも。

 机の上に並ぶカップヌードルを見る。

 最初は一個だった。

 それが今では五十二個。

 そして、まだ増えている。

 ここで止まる理由はない。


「少し考えさせてください」


 俺がそう言うと、ハリーは笑顔で頷いた。


「もちろんだ」


 急かすつもりはないらしい。

 だが、その目は確信しているように見えた。

 カップヌードルは、もう村だけの商品ではない。

 そして俺もまた、その変化から逃れられないところまで来ていた。


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