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第五話 王子様、メイドを引き抜こうとする

 私は、五百年前の壺から聞かされた王子の秘密を、どうしたものかと悩んでいた。

『ほら、教えてあげなさいよ』

「簡単に言わないでください!」

『本人に聞かれたら困ることでもないでしょう?』

「私が困るんです!」

 すると、隣にいた第二王子殿下が不思議そうに私を見る。

「……やはり、何か知っているのだな?」

「ええっと……」

 私は覚悟を決めた。

「王子殿下が毎晩、古い噴水のところへ行っていることを、あの壺が知っています」

「…………!」

 王子の顔が、ぎょっとしたように強張った。

「なぜ……それを?」

「壺が教えてくれました」

「まさか……」

 王子は五百年前の壺を見る。

『ふふん。私を誰だと思っているの? 女神よ』

「……絶対、女神じゃないと思います」

『聞こえているわよ!』

 王子はしばらく黙っていた。

 やがて、小さく息を吐く。

「信じよう」

「え?」

「君の力を信じる」

 その言葉に、私は驚いた。

 今まで私が食器の声を聞くと言っても、ほとんどの人は頭を打ったせいだと思っていた。

 けれど、この王子は違った。

「君にしか聞こえない声がある。そして、その声が私しか知らないことを知っている」

 王子は真剣な顔で私を見た。

「ならば、その力は本物だ」

『あら、いい王子じゃない』

「……ありがとうございます」

 なぜか壺に褒められた。

 そして王子は、とんでもないことを言い出した。

「ミヤ」

「はい?」

「王宮で働かないか?」

「……はい?」

「正式に王宮へ迎えたい」

「えええええっ!?」

 私は思わず大声を出した。

『まあ! 王宮勤めですって!』

『出世じゃない!』

『王子様直属ね!』

 壺が大喜びしている。

「待ってください! 私は公爵家のメイドです!」

「だからこそだ」

 王子は真剣だった。

「君の力は、王宮に必要だ。毒や暗殺を警戒する上でも、物の声を聞ける能力は非常に貴重だ」

「でも……」

 私が困っていると――

「――それは困るな」

 背後から低い声が響いた。

「……!」

 振り返る。

 そこには公爵アルベルト様が立っていた。

「公爵様……」

 どうやら、最初から聞いていたらしい。

「ミヤは私のメイドだ」

 アルベルト様は王子に向かって、静かに告げる。

「王宮への引き抜きは、お断りする」

「公爵」

 王子も引かない。

「彼女の能力は王宮に必要だ」

「それは理解しています」

 アルベルト様の青い瞳が鋭くなる。

「ですが、彼女を手放すつもりはありません」

「……随分と大切にしているようだな」

「当然です」

 私は思わず二人を見る。

 すると――

『あらまあ』

『公爵様、ずいぶん必死ね』

『これは面白くなってきたぞ』

 壺が楽しそうに笑っている。

「……女神様、黙ってください」

『誰が女神様よ!』

 アルベルト様が私を見る。

「何か言ったか?」

「いえ……」

 王子は少し考えたあと、苦笑した。

「分かった。今日は諦めよう」

「ありがとうございます」

「ただし――」

 王子は私を見る。

「私は君の力を諦めたわけではない」

「え?」

「また話をさせてもらいたい」

 そう言って王子は去っていった。

 私はほっと胸を撫で下ろす。

 しかし。

「ミヤ」

「はい?」

「王宮で働きたいのか?」

 公爵様が妙に真剣な顔で聞いてくる。

「い、いえ。私は今の仕事で十分です」

「……そうか」

 なぜか公爵様は少し安心したようだった。

『ふふふ』

 五百年前の壺が、意味深に笑う。

『この屋敷、ますます面白くなりそうね』

「私は全然面白くありません……」

 王宮から引き抜かれそうになったり。

 公爵様に引き止められたり。

 五百年前の壺に振り回されたり。

 私はただのメイドなのに。

 どうして毎日、こんなに大騒ぎになるのだろう。

 そして――私はまだ知らなかった。

 この日から、王子と公爵様の間で、私をめぐる妙な争いが始まることを。

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