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第四話 五百年前の壺は、自称女神でした

 王城に到着してから、私はずっと落ち着かなかった。

 舞踏会の会場は、公爵家とは比べものにならないほど豪華だった。

 大理石の床。

 巨大なシャンデリア。

 壁には歴代の王族の肖像画。

 そして――

「……あの壺、すごい」

 廊下の隅に置かれていた一つの壺に、私は目を奪われた。

 深い青色の地に、金色の細かな模様。

 見るからに年代物だ。

 近づいた瞬間。

『おや?』

「……え?」

『そこの娘。私声が聞こえるのね?』

 まただ。

 物の声。

 私は周囲を確認してから、小声で答えた。

「……聞こえます」

『まあ! 本当に!?』

 壺が嬉しそうに震えた。

『久しぶりねえ。私の声を聞ける人間なんて』

「あなた、いつからここにいるんですか?」

『五百年ほど前からかしら』

「ご……五百年!?」

『ええ。もっとも、正確な年数なんて数えていないけれど』

 私は壺をまじまじと見た。

「じゃあ、かなりのお年なんですね」

『失礼ね!』

 壺が怒った。

『私は女神よ!』

「……女神?」

『そう。由緒正しき女神の壺なの』

「でも五百歳……」

『女神に年齢は関係ないの!』

「…………」

 私は思った。

 この壺。

 絶対に面倒くさいタイプだ。

『それに私はまだまだ若いわ!』

「五百年前からここにいるんですよね?」

『細かいことを気にする娘ね!』

 しかし、話しているうちに妙に楽しくなってきた。

 壺は王城に長くいるだけあって、王族のことも、城の秘密もよく知っているらしい。

「それで? 昔の王様ってどんな人だったんです?」

『まあ聞きたい?』

「はい」

『では教えてあげましょう』

 壺は嬉しそうに語り始めた。

 私はすっかり夢中になった。

 気がつけば、公爵様から少し離れた場所で壺と世間話をしていた。

『ところで、今の王子だけれど――』

「王子?」

『ええ。第二王子よ』

 壺が声を潜める。

『あの子には秘密があるわ』

「秘密?」

『誰も知らないでしょうね』

「どんな秘密なんです?」

 壺が答えようとした、その時だった。

「――何をしている?」

「ひゃっ!」

 振り返る。

 そこには、一人の青年が立っていた。

 金色の髪。

 整った顔立ち。

 王族らしい気品。

 第二王子殿下だった。

「こんなところで、一人で壺に話しかけているのか?」

「…………」

 しまった。

 見られた。

「い、いえ! これは、その……」

『あら、ちょうどいいわ』

 壺が嬉しそうに言った。

『この子よ。この子が秘密を知りたがっているの』

「ちょっと!」

 もちろん王子には聞こえない。

 王子は私を不思議そうに見つめていた。

「君は公爵家のメイドだな?」

「はい……」

「先ほどから、その壺を見つめていたようだが」

「……壺と少しお話を」

「壺と?」

 王子が首を傾げる。

 すると壺が突然、楽しそうに笑った。

『この王子、実はね――』

「待って!」

 私は思わず壺に駆け寄った。

 しかし遅かった。

『毎晩、誰にも見られないように――』

「それ以上は言わないで!」

 王子が目を丸くする。

「……何か知っているのか?」

「いえ!」

「では、なぜ止めた?」

「それは……」

 私は言葉に詰まった。

 すると壺が小声で続ける。

『王子は毎晩、庭園の古い噴水の前で――』

「……!」

 私は思わず王子を見た。

 王子の表情が変わった。

「……まさか」

 低い声。

「君には、聞こえているのか?」

「…………」

 私は黙った。

 王子はしばらく私を見つめ――

「この壺の声が?」

 私は小さくうなずいた。

「……はい。 王子の秘密を喋ろうとしています。」

 王子は驚くどころか、むしろ興味深そうに目を輝かせた。

「面白い」

「え?」

「その能力について、もっと聞かせてくれ」

『あらあら』

 五百年前の壺が楽しそうに笑う。

『これは面白いことになってきたわね』

「……女神様、楽しんでません?」

『もちろんよ』

 壺は堂々と言った。

『私は女神ですもの』

「絶対ただの噂好きのおばあちゃんでしょう……」

『誰がおばあちゃんよ!』

 王子は、そんな私と壺を交互に見ていた。

 そして――

「ミヤ、と言ったな」

「はい」

「君に、頼みたいことがある」

 舞踏会が始まる前から。

 私はまた、とんでもない秘密に巻き込まれようとしていた。

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