第31話 もう一人のアルベルト――封じられた兄の記憶
地下室に現れた少年を見て、私は言葉を失っていた。
銀色の髪。
紫色の瞳。
そして、何より――。
公爵様と同じ顔立ち。
「僕は、君の兄だよ」
少年――アルトは、静かにそう言った。
公爵様は剣を抜いたまま、一歩も動かない。
「……私に兄はいない」
「そう思っているだけだよ」
「何?」
「君は、僕のことを忘れさせられた」
公爵様の表情が険しくなる。
「誰に?」
「母上に」
「……!」
公爵様の手が震えた。
私は思わず口を挟む。
「でも、公爵様のお母様は……」
「そう」
アルトは私を見る。
「僕たちを守るために、記憶を封じた」
「二人を?」
「うん」
アルトは公爵様を見る。
「僕たちは子供の頃、物の記憶を見る力を持っていた」
「私も……」
「そうだね」
アルトが私を見る。
「君も同じ力を持っている」
私は自分の手を見つめた。
フォーク。
スプーン。
壺。
花瓶。
食器。
これまで聞こえてきた、たくさんの声。
全部が一本につながっていく。
「でも、どうして公爵様は記憶を失ったの?」
アルトが答える。
「僕たちの力は、普通のものじゃなかった」
「?」
「二人で同時に力を使うと――」
アルトが言葉を止める。
すると公爵様が呟いた。
「未来が見える」
アルトが頷く。
「そう」
私は息を呑んだ。
「未来まで……?」
「そして、五百年前にも同じ力を持つ双子がいた」
王城の壺が震える。
『あの双子ね……』
公爵家の壺も続ける。
『私たちが最後に見た双子よ』
アルトは頷いた。
「五百年前の双子は、未来に起きる大災厄を見た」
「大災厄?」
「この世界から――」
アルトが私を見る。
「記憶が消える未来」
「……!」
王子が口を開く。
「人々の記憶が消える?」
「違う」
アルトは首を振った。
「もっと恐ろしい」
そして――
「人間だけじゃない」
部屋中の食器を見る。
「物からも、記憶が消える」
私は息を呑んだ。
もしそんなことになれば――
壺も。
花瓶も。
食器も。
誰も何も覚えていられない。
そして――
私が物の声を聞くこともできなくなる。
「それを止めるために、五百年前の双子は『鍵』を作った」
「鍵……?」
アルトが私を見る。
「それが君だよ、ミヤ」
「私が……鍵?」
「正確には――」
アルトは微笑んだ。
「君の魂に宿った記憶が鍵なんだ」
その瞬間。
私の頭の中に、知らない映像が流れ込んできた。
五百年前の礼拝堂。
二人の少年。
そして一人の少女。
その少女は――
「……私?」
映像の少女が振り返る。
顔は、今の私とそっくりだった。
少女は二人の少年に向かって笑う。
『いつか、また会おうね』
「これ……私なの?」
アルトが答える。
「五百年前の君だ」
「そんな……」
黒衣の男が静かに笑った。
「やっと思い出し始めたか」
公爵様が男を睨む。
「お前は何者だ」
黒衣の男は答えない。
ただ、私を見つめる。
「私は、君がこの世界へ来るのをずっと待っていた」
「私を利用するために?」
「違う」
「じゃあ何のため?」
男は少しだけ悲しそうな顔をした。
「――救うためだ」
その言葉に、全員が固まった。
「……救う?」
男は頷く。
「五百年前、私たちは間違えた」
「何を?」
「君を――」
黒衣の男が私を見る。
「一人にしてしまったことだ」
その瞬間。
地下室全体が揺れた。
壁の鏡が次々と割れる。
「何!?」
公爵様が私を庇う。
王子が王女を後ろへ下げる。
そして二つの壺が叫ぶ。
『来るわ!』
『記憶の波が来る!』
「どうすれば!?」
アルトが叫ぶ。
「ミヤ!」
「はい!」
「僕とアルベルトの間に立って!」
「え!?」
「早く!」
私は二人の間に立つ。
公爵様とアルトが、左右から私の手を握る。
その瞬間――
眩しい光が部屋を包んだ。
五百年前。
現在。
日本。
異世界。
すべての記憶が一つにつながる。
そして最後に――
私の耳元で、誰かが囁いた。
『ミヤ――』
「誰?」
『本当の敵は、まだ姿を見せていない』
私は目を見開く。
そして光が消えた。
黒衣の男の姿も――
消えていた。
公爵様が周囲を見回す。
「逃げたか……」
アルトが首を振る。
「違う」
「何?」
「次の場所へ行ったんだ」
「どこへ?」
アルトは答えた。
「王城」
王子が顔色を変える。
「王城だと?」
「そう」
そして王女が突然、真剣な顔になる。
「……王城ですって?」
「何か心当たりが?」
私が聞く。
王女は――
「ありますわ」
そして胸を張った。
「私の部屋には、まだ食べていないドーナツの材料が大量にあります」
「…………」
全員が沈黙した。
「王女様」
「はい?」
「今それですか?」
「大事なことですわ!」
王子が頭を抱える。
「もう好きにしてくれ……」
公爵様が小さく笑った。
しかし、その目は真剣だった。
「行こう」
私たちは王城へ向かう。
五百年続いた秘密。
そして、私がこの世界に呼ばれた本当の理由。
そのすべてが――
次の一手で明らかになろうとしていた。




