第30話 ミヤが呼ばれた本当の理由――そして公爵様の決意
――ビリッ。
黒衣の男が破った写真が、床へ落ちた。
そこには、日本にいた頃の幼い私が写っている。
「……私」
胸がざわつく。
なぜこの写真を、異世界の男が持っているの?
公爵様が私の前に立った。
「ミヤから離れろ」
黒衣の男は笑う。
「まだ分からないのか、アルベルト」
「何をだ」
「ミヤは偶然、この世界へ来たわけではない」
公爵様の表情が険しくなる。
「それは聞いた」
「ならば、なぜ呼ばれたのかも知りたいだろう?」
男が手を広げる。
「五百年前――この世界では、大きな事件が起きた」
二つの壺が震える。
『……記憶の大災厄』
「記憶の大災厄?」
私が尋ねる。
王城の壺が答えた。
『人々の記憶が、物に吸い込まれてしまった事件よ』
『食器も、家具も、武器も……』
公爵家の壺が続ける。
『持ち主の記憶を大量に抱え込んでしまった』
「そんなことが……」
「その結果」
黒衣の男が言った。
「人々は、自分が誰なのか分からなくなった」
王子が眉をひそめる。
「では五百年前の双子は?」
「その災厄を止めようとした」
男は二人の壺を見る。
「二人は、物に残った記憶を読み取る力を使って、世界中の記憶を整理しようとした」
「でも失敗した?」
「違う」
男の声が低くなる。
「成功したんだ」
全員が驚く。
「成功したのに、なぜ?」
私が聞く。
「代償があった」
男は私を見る。
「記憶を整理するには、記憶を受け止める『器』が必要だった」
私は自分を指差す。
「……私?」
「そう」
突然、鏡が現れた。
そこに映ったのは――幼い私。
日本の街。
大きな壺。
そして、あの老人。
『この子なら大丈夫だ』
老人が誰かに話している。
『この子には、異世界とこちらの世界、両方の記憶を受け止める力がある』
「……!」
私は息を呑む。
「私が……器?」
「君は二つの世界の記憶を持てる唯一の存在だった」
黒衣の男が続ける。
「だから、五百年前から君を呼ぶ準備が始まった」
「でも……私は普通に日本で暮らしていた」
「そうだ」
「じゃあ、どうして今?」
「条件が整ったからだ」
男が指を立てる。
「五百年前の二つの壺」
「物の記憶を読む力」
「そして――」
男が私を見る。
「君が大きな壺にぶつかったこと」
「……!」
私は思わず頭に手を当てる。
あの日。
大きな壺にぶつかった瞬間。
日本の記憶と、この世界の記憶が混ざった。
それは偶然じゃなかった。
「壺が……私を呼んだ?」
『そうではないわ』
公爵家の壺が言う。
『壺が君を呼んだのではない』
王城の壺が続ける。
『君がこちらの世界に来る時を、壺が待っていたのよ』
私は言葉を失った。
すると、公爵様が私の前に立つ。
「ミヤ」
「はい……」
「それなら、もう十分だ」
「え?」
「君が何者だろうと関係ない」
公爵様は真っ直ぐ私を見る。
「私は、君を利用させるつもりはない」
「公爵様……」
「君が帰りたいなら、帰る方法を探す」
「……」
「この世界に残りたいなら、それも君自身が決めればいい」
私は胸が熱くなった。
王子も頷く。
「僕も協力する」
王女も勢いよく手を挙げる。
「私も!」
そして――
「ただし!」
王女が私を見る。
「帰る前にドーナツを作ってくださいませ!」
「そこは譲らないんですね……」
「当然ですわ!」
思わず笑ってしまう。
だけど――
黒衣の男は笑っていなかった。
「甘いな」
男が呟く。
「ミヤがこの世界に呼ばれた理由は、それだけではない」
「……?」
「彼女は『器』ではない」
男が私を見る。
「鍵だ」
その瞬間。
二つの壺が同時に叫んだ。
『『まさか……!』』
「何?」
黒衣の男が手を伸ばす。
「ミヤが目覚めれば――」
地下の奥から、
ドン――!!
巨大な音が響いた。
「何!?」
屋敷全体が揺れる。
床に巨大な魔法陣が浮かび上がった。
そして、魔法陣の中央に――
一人の少年が現れた。
銀色の髪。
紫色の瞳。
どこか公爵様に似ている。
「……誰?」
少年はゆっくり顔を上げる。
そして公爵様を見た。
「……アルベルト?」
公爵様の顔から血の気が引いた。
「その顔……」
少年が微笑む。
「久しぶりだね」
「……ありえない」
公爵様が震える。
「お前は――」
少年が答える。
「僕は、君の兄だよ」




