第二十三話 ミヤの記憶にいる、知らない老人
庭で拾った銀色の髪飾り。
それを手にした瞬間に見えた、知らない老人。
私はずっとそのことが気になっていた。
「公爵様……」
「何だ?」
「私、日本にいた頃にも……物の声を聞いていたんでしょうか」
公爵様が黙る。
「分からない」
「ですよね」
私は髪飾りを見つめる。
「私の日本での記憶って、ちゃんと全部覚えていると思っていたんです。でも……」
頭を打ってから、異世界の記憶と日本の記憶が混ざった。
それまで気にしていなかった。
けれど――
「もしかしたら、私には最初から何かあったのかも」
その時。
『ミヤ』
公爵家の壺が静かに呼びかけた。
「はい?」
『その髪飾りを、もう一度見せて』
「どうぞ」
壺の前に髪飾りを置く。
すると――
『……間違いない』
「何が?」
『これは五百年前の公爵夫人が持っていた物』
「でも、どうして現在の庭に?」
『それが分からないのよ』
壺が黙り込む。
すると、隣に置いてあった植木鉢が突然叫んだ。
『私、見た!』
「え?」
『昨日の夜、誰かが庭に来たの!』
全員が植木鉢を見る。
「誰が?」
『黒い服を着た人!』
公爵様が険しい顔になる。
「黒衣の男か」
『顔は見えなかったけど、何かを埋めていたわ』
「どこに?」
『あの白い花の近く!』
私は白い花を見る。
「……じゃあ、髪飾りは黒衣の男が?」
『たぶん』
私は考え込む。
「でも、どうしてわざわざここに?」
すると、公爵様が答えた。
「ミヤを誘い出すためかもしれない」
「私を?」
「あの男は君の能力を知っている」
私は髪飾りを握る。
「……罠」
『そうね』
壺が答えた。
『でも、罠だけではないと思う』
「どういうこと?」
『あの髪飾りには、強い記憶が残っている』
「じゃあ……」
私はもう一度触れる。
――ドクン。
真っ白な空間。
今度は、あの老人が目の前にいた。
『また会ったね』
「あなたは誰?」
『私は……』
老人が笑う。
『君の能力を知っている人間だよ』
「私が物の声を聞けることを?」
『そう』
「どうして?」
『君が特別だからだ』
「何が特別なの?」
老人は答えない。
代わりに、一冊の古い本を差し出した。
『これを覚えておいて』
「何の本?」
『物に宿る記憶について書かれた本だ』
私は本を受け取ろうとする。
しかし――
老人の姿が突然、黒い煙に包まれた。
「待って!」
老人が叫ぶ。
『ミヤ! その男を信じてはいけない!』
「誰!?」
『エドガーの名を――』
そこで記憶が途切れた。
「……!」
私は現実に戻った。
目の前には公爵様。
「ミヤ!」
「公爵様……」
「何を見た?」
私は震えながら答える。
「老人がいました」
「どんな老人だ?」
「私に物の記憶について教えていた人です」
王子が聞く。
「五百年前の人物か?」
「分かりません」
私は首を振る。
「でも……」
髪飾りを見る。
「その老人は、私のことを知っていました」
「……」
公爵様が黙り込む。
すると――
バンッ!
突然、屋敷の扉が開いた。
「大変です!」
王城から来た使者だった。
「王城の保管庫から、500年前の記録が一冊盗まれました!」
「何だと?」
王子が立ち上がる。
「どんな記録だ?」
「公爵家と王家の間で交わされた――」
使者が答える。
「双子に関する記録です」
全員が黙った。
私は公爵様を見る。
「黒衣の男……」
「ああ」
公爵様が頷く。
「次に狙うものが分かった」
「何ですか?」
「王城の壺だ」
その瞬間――
『ミヤ!』
公爵家の壺が叫んだ。
「はい!」
『急いで王城へ!』
「どうして?」
『妹から今、声が聞こえたの!』
「王城の壺から?」
『ええ!』
壺が震える。
『「助けて」って――』
私は息を呑んだ。
公爵様が剣を取る。
「王城へ向かう」
「はい!」
だが、出発しようとした瞬間。
私のポケットの中で、銀色の髪飾りが光った。
「……?」
そこから、老人の声が聞こえた。
『ミヤ』
私は立ち止まる。
『王城へ行く前に――』
声が小さくなる。
『自分の記憶を疑いなさい』
「……!」
そして髪飾りは、何事もなかったように沈黙した。
私は胸騒ぎを覚えながら、公爵様たちと王城へ向かった。
しかしその頃――
王城の地下。
誰もいない保管庫で、黒衣の男が一つの壺の前に立っていた。
「やっと会えたな」
王城の壺が震える。
『あなた……誰?』
男は微笑む。
「君が知っている男の記憶を、少し借りているだけさ」
『エドガーではない……』
「正解」
男は壺に手を伸ばした。
「さあ、500年前の最後の記憶を――」
その瞬間。
壺が大声で叫んだ。
『ミヤ! 早く来て!!』
男の笑顔が消えた。
「……もう来るのか」
そして――
王城の奥で、何かが大きく動き始めた。




