第二十二話 季節外れの白い花
公爵家の庭。
真夏だというのに、そこだけ空気が違っていた。
庭師が指差した先。
古い石垣の隙間から――
白い花が一輪だけ咲いている。
「……本当に一輪だけ」
私はしゃがみ込む。
花びらは真っ白。
けれど、どこか見覚えがある。
「公爵様のお母様が好きだった花……?」
公爵様が静かに頷いた。
「母が好んでいた花とよく似ている」
その瞬間。
『違うわ』
足元の植木鉢が喋った。
「え?」
『これは普通の花じゃない』
植木鉢が得意げに言う。
『この庭で五十年働いている私が言うんだから間違いないわ』
「植木鉢さん、五十年!?」
『ええ。私はこの家の古株よ』
そこへ公爵家の壺が割り込む。
『あなたは途中から庭に来たでしょう』
『細かいことはいいの!』
「……」
相変わらず、物同士は仲が悪い。
私は白い花に手を伸ばした。
すると――
『待って!』
壺が叫ぶ。
「またですか!?」
『今回は触れていいわ』
「どっち!?」
『でも、気をつけて』
「何に?」
『この花は――記憶を持っている』
「花まで!?」
私は恐る恐る花びらに触れた。
――ドクン。
世界が変わった。
五百年前。
同じ庭。
若い公爵夫人が白い花を植えている。
その隣には、幼い二人の少年。
「母上!」
一人の少年が駆け寄る。
「僕も手伝う!」
「アルベルト、土を掘ってくれる?」
「うん!」
もう一人の少年も笑っている。
「僕は?」
「あなたは水をお願い」
「分かった!」
二人は楽しそうに庭を走り回っていた。
私は思わず笑った。
「仲良しだったんだ……」
ところが――
突然、映像の中の公爵夫人の顔が曇った。
「……?」
彼女は二人の少年を抱き寄せる。
「あなたたちは、ずっと仲良しでいてね」
「もちろん!」
「約束!」
二人が小指を絡める。
その直後。
遠くから馬車の音が聞こえた。
公爵夫人が青ざめる。
「……もう来たのね」
私は息を呑む。
馬車から降りてきたのは、王城の紋章をつけた使者。
その後ろには――
若いエドガー。
五百年前の、本物のエドガーだ。
『奥様』
『……エドガー』
『時間がありません』
公爵夫人は一人の少年を抱きしめる。
『この子をお願いします』
エドガーは頷く。
『必ずお守りします』
そして少年を連れていこうとする。
「嫌だ!」
もう一人の少年が泣きながら追いかける。
「弟をどこへ連れていくの!?」
公爵夫人が叫ぶ。
「アルベルト!」
少年の足が止まる。
「大丈夫」
公爵夫人は涙をこらえて微笑んだ。
「いつか、必ず会えるから」
馬車が動き出す。
一人の少年が王城へ。
一人の少年が公爵家に残された。
そして――
白い花だけが、その光景を見ていた。
「……!」
私は現実に戻った。
その場に座り込む。
「ミヤ!」
公爵様がすぐに支えてくれた。
「大丈夫か?」
「はい……」
私は息を整える。
「見えました」
「何が?」
「五百年前のことです」
私は公爵様にすべてを話した。
公爵様は黙って聞いていた。
「……では、五百年前の双子は本当に存在した」
「はい」
「そして、一人が王城へ連れていかれた」
「はい」
「理由は?」
「それが……」
私は首を振る。
「そこだけ、記憶が消えていました」
すると――
『私なら知ってるわ』
白い花が喋った。
「……え?」
公爵様も固まる。
私は花を見る。
「今、花が……?」
『ええ』
花は小さな声で言った。
『あの日、私の前で公爵夫人が言っていた』
「何を?」
『この子には――』
花が震える。
『特別な力があるから、王城に渡すしかない』
「特別な力……?」
公爵様の顔が変わった。
「どんな力だ?」
『分からない』
「……」
『でも、もう一つ覚えている』
「何?」
花が答える。
『公爵夫人はこう言っていた』
風が吹く。
白い花が揺れる。
『二人が一緒にいると、その力が目覚めてしまう』
「……!」
私は背筋が寒くなった。
二人の双子。
離された理由。
そして「特別な力」。
すべてが一本につながり始める。
その時、公爵様が突然――
「……待て」
「どうしました?」
「今の話……」
公爵様が私を見る。
「二人が一緒にいると力が目覚めるなら――」
「はい」
「黒衣の男が、なぜ双子の記憶を探している?」
「……」
私たちは同時に気づいた。
黒衣の男が欲しいのは、過去そのものではない。
双子が持っていた力。
そして、その秘密を解く鍵が――
現在の公爵家に残されている。
その瞬間。
庭の奥から――
ガシャーン!
「!?」
大きな音がした。
庭師が叫ぶ。
「公爵様! あそこに誰かいます!」
私たちが振り向く。
木の陰から、一人の人物が走り去っていく。
「待て!」
公爵様が追いかける。
「私も!」
私は走り出した。
しかし、その人物が落としていったものを見つける。
小さな銀色の髪飾り。
それは――
五百年前の公爵夫人が身につけていたものと、まったく同じだった。
「……どうして、これが今ここに?」
私は髪飾りを拾う。
すると――
髪飾りが小さく震えた。
『ミヤ……』
「え?」
『私を作った人を……』
髪飾りが囁く。
『あなたは知っているでしょう?』
「……え?」
私は凍りついた。
そして、頭の中に――
日本にいた頃の、まだ思い出せない記憶が一瞬だけ浮かんだ。
見覚えのない老人。
その老人が、私に向かって言っている。
『君は、物の声を聞く子なんだね』
「……!」
私は頭を押さえた。
「今の……何?」
公爵様が戻ってくる。
「ミヤ!」
私は公爵様を見る。
でも――
今度は、自分自身の過去まで謎になってしまった。
五百年前の双子の秘密。
黒衣の男の目的。
そして――
なぜミヤだけが物の声を聞けるのか。
三つの謎が、ついに一本の線でつながり始めていた。




