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第二十話 似ているだけ――公爵様が失った母君の記憶

 地下礼拝堂から戻ったあとも、私はあの映像が頭から離れなかった。

 五百年前の公爵夫人。

 幼い双子。

 そして、王城へ連れていかれた一人の少年。

 でも――。

「公爵様」

「何だ?」

「さっきの映像に出てきた公爵夫人って……」

「ああ」

 公爵様は少しだけ目を伏せた。

「私の母ではない」

「……やっぱり」

 私はほっとした。

 これでまた時間がおかしくならずに済む。

「公爵様のお母様は、五百年前の人じゃないんですよね?」

「当然だ」

「ですよね!」

 公爵様は少し呆れた顔をした。

「私の母は、私が幼い頃に亡くなった」

「……」

 公爵様の声が少し寂しくなる。

「母の顔は覚えている」

「はい」

「だが……」

 公爵様は目を閉じた。

「幼い頃の記憶だから、ところどころ曖昧なんだ」

「それで……」

「何だ?」

「五百年前の公爵夫人が、公爵様のお母様にすごく似ているから……」

 私は言葉を選ぶ。

「記憶が混ざったのかなって」

「……そうかもしれない」

 公爵様は古い肖像画を見る。

 五百年前の公爵夫人。

 その顔立ちは、確かに現在の公爵様の母君と驚くほどよく似ていた。

 けれど――

 同じ人物ではない。

 あくまで、偶然似ているだけ。

 その事実を確認できただけでも、私は少し安心した。

「ところで、公爵様」

「何だ?」

「お母様との思い出って、どんなものがありますか?」

 公爵様が少し驚いた顔をする。

「なぜそんなことを聞く?」

「五百年前の記憶を見ていたら……」

 私は胸元に手を当てる。

「公爵様にも、ちゃんと大切な記憶があるんだろうなって」

「……」

 公爵様はしばらく黙っていた。

 そして、ぽつりと話し始めた。

「母は花が好きだった」

「花?」

「ああ。特に白い花を好んでいた」

「素敵ですね」

「私が幼い頃、庭で一緒に花を見た記憶がある」

 公爵様は少し笑った。

「だが、そこから先が曖昧だ」

「亡くなられたのは……」

「私がまだ幼い頃だ」

 公爵様はそれ以上言わなかった。

 私は、それ以上聞かないことにした。

 その夜。

 私は一人で廊下を歩いていた。

 すると――

『ミヤ』

「はい?」

 公爵家の壺だった。

『昼間の話、聞いていたわ』

「公爵様のお母様の話?」

『ええ』

「何か知ってるんですか?」

『知らない』

「即答……」

『でも、一つ気になることがある』

「何?」

『あなたが見た五百年前の公爵夫人と、アルベルトの母親が似ていること』

「やっぱり似てますよね」

『ええ。でも――』

 壺が少し間を置く。

『偶然とは限らないかもしれない』

「え?」

『血筋が近いのかもしれない』

「……!」

 私は目を見開いた。

『五百年前の公爵夫人の子孫が、現在の公爵家につながっている』

「だから似ている?」

『そういう可能性はあるわ』

「なるほど……」

 つまり、

 五百年前の女性と公爵様のお母様は同一人物ではない。

 でも――

 同じ血筋だから似ている可能性がある。

 これなら話がつながる。

 その時。

『でも、もっと気になることがある』

「何ですか?」

『アルベルトの記憶よ』

「公爵様の?」

『そう』

 壺の声が少し低くなる。

『幼い頃のアルベルトには、消えている記憶がある』

「……え?」

 私は思わず壺に近づいた。

「消えている?」

『本人が忘れたのか』

『誰かに消されたのか』

『それとも、別の理由なのか――』

 壺にも分からないらしい。

「じゃあ……」

 私は考える。

「公爵様が幼い頃に亡くなったお母様について、記憶が曖昧なのも?」

『関係している可能性はある』

 私はぞくっとした。

 五百年前の双子。

 現在の公爵家。

 幼い頃に母を亡くした公爵様。

 そして――

 本人にも残っていない幼少期の記憶。

「まさか……」

『ミヤ』

「はい」

『あなたなら、その記憶を探せるかもしれない』

「私が?」

『物に触れて記憶を見る力があるでしょう?』

「……」

『アルベルトが幼い頃に使っていた物に触れれば――』

 壺が静かに言った。

『失われた記憶の一部が見えるかもしれない』

 私は廊下の先を見る。

 そこには、公爵様が幼い頃に使っていたという古い部屋がある。

「……行ってみます」

 しかし――

 部屋の扉に手をかけた瞬間。

『待って』

 壺が叫んだ。

「え?」

『その部屋には――』

 壺が震える。

『アルベルト本人も知らない物が一つ残っている』

「……何それ?」

 私はゆっくり扉を開けた。

 部屋の奥。

 古い棚の上に、小さな木箱が置かれていた。

 私はまだ知らなかった。

 その木箱こそ――

 公爵様の幼少期から消えていた記憶につながる、最初の手がかりだった。

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