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第二話 公爵様、見てはいけないところを見てしまう

朝から誰もいない部屋から声が聞こえる。

「あなた、少しくらい身だしなみを整えたほうがいいわ」

私の名前はミヤ。朝からしゃべり狂ってるのは食器たちだ…

 私は鏡の前で、ぼさぼさになった髪を見つめていた。

『そうよ! ミヤはせっかく若いんだから!』

『ミヤは、髪も整えようぜ!』

『ミヤ。顔色も少し悪いぞ!』

 洗面台に並んだスプーンたちが、なぜか私よりやる気満々だった。

「でも、メイドの仕事もありますし……」

『任せて!』

「え?」

 次の瞬間。

 一本のスプーンが、私の頬をころころと転がり始めた。

「ひゃっ!」

『こうやって優しく押すのよ!』

 別のスプーンも加わる。

『右!』

『左!』

『額も!』

『あごも忘れるな!』

「ちょ、ちょっと待って!」

 気がつけば私は、三本のスプーンに顔をマッサージされていた。

 しかも妙に気持ちいい。

「……なんだか、顔がすっきりしてきたような」

『当然よ!』

『俺たちは毎日磨かれてるからな!』

『美しさには自信がある!』

「それは食器としての美しさでは……?」

 思わず笑ってしまう。

 そのときだった。

 ガチャッ。

 扉が開いた。

「――失礼する」

「…………」

「…………」

 入ってきたのは、公爵アルベルト様だった。

 私は固まった。

 アルベルト様も固まった。

 そして彼の視線が、私の頬へ。

 そこにはスプーンが三本。

 一本は右頬。

 一本は左頬。

 そしてもう一本は額を、器用にころころ転がっている。

「…………」

「…………」

『おお! 公爵様だ!』

『ちょうどいいところに来たな!』

『この娘、昨日より顔色がいいだろ?』

 お願いだから黙って。

「……何をしている?」

 アルベルト様の声が低くなる。

「えっと……」

 私は必死に説明を考えた。

「マッサージ……です」

「スプーンで?」

「はい……」

「なぜ?」

「……スプーンたちが、私の顔を少しでも良くしてくれると……」

 アルベルト様が目を閉じた。

 長い沈黙。

 そして。

「私は疲れているのだろうか」

「たぶん違います」

「では、なぜスプーンが動いている?」

「私にも分かりません」

『失礼ね!』

 スプーンが抗議する。

『公爵様、ちゃんと見て!』

『昨日より絶対かわいくなってるぞ!』

『この娘には笑顔が足りない!』

「…………」

 アルベルト様は、私ではなくスプーンをじっと見つめている。

 当然、彼には聞こえていない。

「君は……」

「はい」

「本当に、食器と会話ができるのか?」

「はい……」

 アルベルト様の表情が少しだけ変わった。

 疑っている。

 当然だ。

 毒殺未遂を何度も経験した公爵様なのだから、簡単に人を信じられるはずがない。

 ところが――

『公爵様、顔が怖いぞ』

『もっと笑えばいいのに』

『この人、実は寂しがり屋だと思う』

 私は思わず吹き出した。

「ふふっ……」

「何がおかしい?」

「いえ……」

 笑いをこらえながら首を振る。

 するとアルベルト様が、少し不機嫌そうに言った。

「……私にも聞かせてくれ」

「え?」

「そのスプーンたちが、何と言っているのか」

「…………」

 私はスプーンを見る。

『公爵様、意外と素直ね』

『これは面白くなってきたぞ』

『恋の予感かしら?』

「…………」

 私は絶対に伝えないことにした。

「何でもありません」

「……そうか」

 アルベルト様はそう言った。

 しかし、その耳がほんの少し赤くなっていたことを、私は見逃さなかった。

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