第一話 私はメイド……だったはず
私には、二つの人生の記憶がある。
一つは、日本で暮らしていた頃の記憶。
そしてもう一つは――異世界でメイドとして働いていた記憶。
「……つまり、私は転生者?」
厨房へ向かう廊下を歩きながら、私は頭を抱えた。
今まで自分は普通のメイドだと思っていた。
ところが今日、大きな壺を運んでいたときだった。
「危ない!」
誰かの声。
振り向いた瞬間――
ゴンッ!
「きゃあっ!」
壺と正面衝突した。
床に倒れ込んだ私は、しばらく動けなかった。
そして目を開けた瞬間。
『痛かったわねえ』
「……え?」
誰かが話しかけている。
しかし、周囲には誰もいない。
『ああ、頭を打ったわね』
『この娘、大丈夫か?』
『誰か医者を呼べ!』
声がする。
しかも――
声の主は、私の目の前に転がっている壺だった。
「…………」
『おい、聞こえているぞ』
「えええええええっ!?」
私は飛び起きた。
すると今度は、棚の食器たちまで一斉に騒ぎ始めた。
『新人だ!』
『この子、私たちの声が聞こえてる!』
『珍しい人間だな!』
『昨日のスープ、塩が多すぎたぞ!』
「最後のはどうでもいい!」
どうやら私は、頭をぶつけたせいで妙な能力を得てしまったらしい。
食器。
壺。
花瓶。
フォーク。
ナイフ。
スプーン。
この屋敷にある、ありとあらゆる物の声が聞こえる。
そして問題は――
ここが私の仕える公爵家だということ。
この屋敷の主は、若き公爵アルベルト様。
金色の髪。
冷たい青い瞳。
誰もが振り返るほどの美貌。
ただし。
ものすごく疑り深い。
なぜなら、これまで何度も毒殺未遂に遭っているからだ。
『また怪しい料理が来たぞ』
食卓に並べられた皿が小声で言った。
『昨日の皿とは違うな』
スプーンが震える。
『俺は見たぞ。厨房で何か入れていた』
「……え?」
私は固まった。
そして、ゆっくり料理を見る。
すると――
「公爵様! その料理、食べないでください!」
「……何?」
アルベルト様が私を見る。
屋敷中の使用人も振り返った。
私は慌てて言い訳をした。
「え、えっと……その……お皿が……」
「皿が?」
「しゃ、しゃべったんです!」
沈黙。
アルベルト様の眉が動いた。
「……君は今、何と言った?」
「何でもありません!」
私は逃げようとした。
その瞬間。
『待て! 本当に毒が入っているぞ!』
皿が叫んだ。
『俺を信じろ!』
私は振り返る。
そして公爵様を見る。
「……本当に、その料理は食べないでください」
アルベルト様はしばらく私を見つめ――
「理由を聞こう」
「……皿がそう言っています」
「…………」
公爵様は頭を抱えた。
その日。
私はこの屋敷で一番怪しいメイドになった。




