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第十二話 犯人は誰? 証人全員、物でした

 王城の地下から戻った翌日。

 公爵家は、妙な緊張に包まれていた。

 原因は――一枚の黒い手袋。

 昨日、地下通路で見つけたものだ。

 私は執務室の机に置かれた手袋をじっと見つめていた。

「この手袋に触れれば、犯人の記憶が見えるんですよね?」

 公爵様が首を振る。

「無理に触らなくていい」

「でも、犯人を見つけないと……」

 王子も腕を組む。

「問題は、手袋の記憶だけでは犯人を特定できないことだ」

「どうしてですか?」

「顔が映っていないからだ」

「なるほど……」

 私は手袋を見る。

 すると――

『違うわ』

「え?」

 机の上のペンが突然しゃべった。

『その手袋、犯人が最後に触ったのはここじゃない』

「……ペンさん?」

『ペンさんではない。私は王家御用達の高級ペンよ』

「今そこ重要ですか?」

 私は周囲を見回した。

 すると、部屋にある物たちが次々に声を上げ始めた。

『私も見たわ!』

『俺も知ってるぞ!』

『犯人なら昨日、この廊下を通った!』

 公爵様が目を丸くする。

「……ミヤ」

「はい」

「まさか」

「はい」

 私は部屋を見回した。

「この部屋にある物、全員に聞けばいいんです」

 王子が笑った。

「なるほど」

 普通の推理なら、人間の証言を集める。

 でも私は違う。

 ――家具。

 ――食器。

 ――絨毯。

 ――扉。

 ――燭台。

 ――壁。

 全部が証人なのだ。

「では、事件を整理しましょう!」

 私は机の前に立った。

「題して――」

 少し考えてから。

「物証人だけで犯人を当てる推理大会!」

「大会なのか?」

 公爵様が呆れた。

『楽しそう!』

 花瓶が嬉しそうに叫んだ。

『私も参加する!』

「あなたは昨日の庭の花瓶でしょ!」

『王城にも花瓶はいるわよ!』

「そうでした!」

 こうして、前代未聞の推理が始まった。

 まずは床。

「昨日、黒い手袋を持った人を見た?」

『見たぞ』

 床が答える。

『でも、靴音しか分からない』

「男性?」

『いや』

「え?」

『男の靴だったが、途中から靴を脱いだ』

「……どういうこと?」

 次に絨毯。

『私は見たわ』

「何を?」

『犯人は左足を少し引きずっていた』

「なるほど!」

 王子が頷く。

「怪我をしている人物を調べればいい」

 私は首を振った。

「まだです」

「なぜ?」

「絨毯さんは『昨日』と言いました。でも、いつ見たか分かりません」

「確かに」

 今度は時計に聞く。

「あなたは時間を知ってる?」

『もちろん』

「犯人が通った時間は?」

『午後八時十三分』

「正確!」

『私は時計だからな』

「すごい!」

 そして扉。

「犯人がこの扉を開けた?」

『開けてない』

「え?」

『誰かが外から鍵を使った』

 私は眉をひそめる。

「つまり、犯人はこの部屋の中に最初からいた?」

 公爵様が静かに言った。

「その可能性が高い」

 部屋の空気が変わった。

 犯人は外から侵入したのではない。

 最初から公爵家の中にいた。

 私はもう一度、黒い手袋に触れた。

 ――ドクン。

 映像が流れる。

 黒い手袋。

 暗い廊下。

 誰かが歩いている。

 顔は見えない。

 だが――

 手袋を外した。

 そして机の上に置く。

 私は息を呑んだ。

「待って」

「どうした?」

「この手袋……」

 私は手袋を裏返した。

 内側に、小さな刺繍がある。

 ――公爵家の紋章。

「犯人は、この手袋を最初から持っていたわけじゃありません」

 王子が驚く。

「では?」

「公爵家の誰かから借りたんです」

「……!」

 公爵様の表情が険しくなる。

 その瞬間。

『違う!』

 机が叫んだ。

「え?」

『その手袋を置いたのは犯人じゃない!』

「どういうこと?」

『犯人は置いてない!』

 部屋中が静かになった。

「じゃあ、誰が?」

 机は震えるように答えた。

『犯人を隠すために、誰かが置いたんだ』

「……!」

 王子が立ち上がる。

「つまり――」

「犯人が一人とは限らない」

 私が答えた。

 公爵様が低く呟く。

「共犯……」

 しかし、私はさらに違和感を覚えた。

「待ってください」

「まだ何かあるのか?」

「はい」

 私は机の引き出しを開けた。

 中には何もない。

 だが――

『そこじゃない』

 机が言う。

「え?」

『私の裏側だ』

 机を動かす。

 裏側には、小さな傷。

 私はそこに触れた。

 ――ドクン。

 映像が流れた。

 誰かが机の裏に紙を隠している。

 その紙には――

 公爵家の使用人全員の名前。

 そして、一人だけ赤い印がついている。

「……この名前」

 私は読み上げようとした。

 しかし――

 ガシャーン!

 窓ガラスが突然割れた。

「伏せろ!」

 公爵様が私を抱き寄せる。

 王子が剣を抜く。

 机の上に置かれていた紙が、風に飛ばされる。

 私は慌てて紙を掴んだ。

 そこには――

 赤い印。

 名前。

 そして最後に一言。

 『この者は犯人ではない。犯人を知っている』

「…………」

 私は息を呑んだ。

 犯人を知っている人物。

 それは――

 私たちが一番疑っていなかった人物だった。

 公爵様が私の手元を見る。

「ミヤ」

「はい……」

「その名前を言え」

 私は震える声で答えた。

「……料理長です」

 しかし、その瞬間。

 厨房から大声が響いた。

『違うわ!』

 私は振り返る。

 厨房の皿たちが一斉に叫んでいた。

『料理長じゃない!』

『私たちは知ってる!』

『本当の犯人は――』

 皿がそこで言葉を止めた。

「誰!?」

 私は厨房へ走る。

 しかし――

『……もう、いない』

「え?」

『犯人は今、この屋敷から出た』

 私は窓の外を見る。

 雪の上に残された足跡。

 その足跡は――

 途中で消えていた。

 王子が呟く。

「……人間じゃない?」

 私は首を振る。

「違います」

 そして、少し笑った。

「犯人は、人間です」

 公爵様が私を見る。

「なぜ分かる?」

「だって――」

 私は足跡の横に落ちていた小さな金属片を拾った。

「この金属片が、犯人の逃げ方を知っていますから」

 私のチート能力は、物の声を聞くだけじゃない。

 物たちは、犯人が残した「痕跡」そのものなのだ。

 そして私は決めた。

「次は、犯人本人じゃなく――」

 金属片を握る。

「犯人が使った物を全部、尋問します!」

 公爵様と王子が同時に顔を見合わせた。

 史上初。

 物だけを証人にした犯人捜しが、始まった。

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